第4話

「生き残ったな」

「そうですね」


言葉を交わしていると、男が落下死した場所からシャボン玉が浮遊してきた。中身はあの男らしく、自身のまわりに全裸の女性を侍らせ、豪奢な椅子にふんぞり返っている姿が見えた。


趣味悪いな。


そう思っていると、ミカが背伸びをし、両手でシャボン玉を挟んで破裂させた。


「こんな下衆な願い、見る価値もありません」


相槌を打ちつつ、スマートフォンを起動させた。画面には残り38人と表示されている。これからどうするか。このまま協力して敵を倒していくか、ここで別れるか。


「どうする」

「どうするとは?」

「このまま協力するか、ここで別れるか」

「リトさんは?」

「出来れば残り二人になるまでは一緒に居たい。協力してきたし、お互いのことを知っちゃったからな」


森を歩きながら話す。俺はスマートフォンでマップを見ながら、ミカは精霊に構いながら歩く。


俺が今まで敵を殺せたのは、敵の素性を知らなかったからだ。俺を殺そうとする、自分の夢を是が非でも叶えようとする、そんな負の面しか見ていないからだ。

もちろん俺も、敵から見たらさぞ醜く見えただろう。


「私は⋯⋯」


そう言って口ごもるミカ。彼女もまた、俺のように迷っているのだろうか。


俺が二人で居たいと言ったのは、情が芽生えたのが理由では無い。確かにそれもある。あるのだが、やはり協力した方が生き残れるという、打算的な考えの方が大きい。俺の目標はリコを救うこと。これだけはブレちゃない。


「私は、二人で居たいです。リトさんを殺すのは、あなたの気持ちを知っている私です。それまで殺されないように、協力しましょう」

「⋯⋯おう。なら、残り二人になるまで協力して、最後に後腐れなく終わらせよう。それで良いな?」

「はい」


当てど無く歩くも、あまり意味が無い。そもそも俺たちは包帯男のせいでろくに休めちゃいない。


「さっきの洞窟に戻って仮眠とるか」



◇◇◇◇◇◇



「先に寝たい?」

「なら、休ませて貰いますね」


そう言って地面に寝転ぶ。しかし、すぐに起きてしまった。


「地面が固すぎます」


そう言うと、壁にもたれて座っている俺のところに駆け寄り、肩に身を預ける。リコに甘えられてるようで悪い気はしない。ミカは安心したのか、すぐに寝息を立て始めた。


いつまでそうしていただろう。ミカがにわかに唸り始めた。眉間に浅いシワを寄せ、険しい表情を浮かべる。


「お兄ちゃん⋯⋯⋯⋯」


ふと漏らした言葉が、寝息につられてウトウトしていた俺の意識を覚醒させた。


今、ミカはお兄ちゃんといったのか? いや、確かにそう言った。俺はそういうことに関しては地獄耳になってしまうのだ。


寝言に出てくるほど、ミカに取って大事な存在なのか。もしかしたら、兄の為にこのデスゲームに参加したのかもしれない。それなら中学生二年生が、命のやり取りをするのもおかしくは無い。


いや、おかしいな⋯⋯。

デスゲームに俺は毒されてるのかも知れない。元からこんな感じだったか? 俺って。


確かに世間から見れば俺はシスコンと呼ばれる存在だ。だが、それで良い。別に不名誉な称号という訳でも無い。むしろ名誉だ。


なんて馬鹿なことを考えていると、ミカが目を覚ました。目を薄く開け、こちらを見る。


「私なんか寝言言ってました?」

「言ってたぞ」

「なんて?」

「お兄ちゃんって」


それを聞いたミカがハッとした表情をする。手櫛で髪を一通りすいてから、口を開いた。


「そういえば、まだ私の願いを言ってませんでしたね」

「言ったらダメだぞ」

「大雑把に言うだけですよ。私には⋯⋯⋯⋯兄がいるらしいんです」

「らしい?」

「会ったことは無いんですが、ふと親が言ったのを聞いて、そのためにここに来たんです」


⋯⋯ミカの願いは見ず知らずの兄に会いたいという願いらしい。やめてくれよ、そういうの。弱いんだよ、血縁関係のこととか言われるの。


つい、殺したくないって思うじゃないか。でも、願いを叶えるというのはこういうことだ。


「良い願いだな。じゃ、俺寝るから」



◇◇◇◇◇◇



「起きてください。リトさん。もう夜ですよ!」

「ふあっ!?」


肩を揺らされ、飛び起きた。ミカの言う通り、日はとっくに落ちていた。


「やべえ、完全に寝てた。起こしてくれても良かったんだぞ」

「いや、実は⋯⋯⋯⋯私も寝ちゃってて」


そう言って目を明後日の方向へそらし、両の人差し指を突き合わせる。


「しょうがない。とりあえずここ出るか」

「はい⋯⋯すみません」

「良いよ良いよ」


洞窟を出て、森林を抜けるために移動する。ここだと近距離を得意とする俺は良いが、遠距離を得意とするミカにとって、魔法の射線を確保しにくい森林エリアは一刻も早く抜け出したいはずだ。


ミカは炎の精霊を呼び出し、燃え盛らせていた。


「何してるんだ?」

「ファルだけが使える特殊能力を使ってました。『生命探知』ってスキルで、文字通り、周りの生命を探知できるみたいです。今は私とリトさんしか反応がありませんね」

「便利だな」


落ち葉と雑草が入り混じる地面を踏み締める。


視覚を頼りにできない夜に索敵ができるというのは大きなアドバンテージだ。先に存在を察知することでできることはいくらでもあるからな。


「リトさん。八時の方向から何かが向かって来てます!」

「わかった」


剣を抜き、ミカを背中に隠し、八時の方向に構えた。何かがこちらに猛スピードで向かってくることが、微かにわかる。地面を駆ける音がこちらに向かって来た。接触する直前、足音が消える。


「ミカ、どこにいるかわかるか!?」

「今探してます!」


背中合わせになって俺は剣を構え、ミカは精霊を全て呼び出す。


「三時の方向で⋯⋯いや、二時⋯⋯六時⋯⋯?」

「どこにいるかはっきりしてくれ!」

「わからないんですよ! 色々な方向に反応が示されて特定できないです!」


『生命探知』に反応が次々に出るということは一人ではないということか?

俺らと同じように協力関係にあるヤツらが狙って来ているのか。もしくは分身か。分身だったら一人だけでもこの芸当はできる。最悪なパターンは分身もできて協力もしていること。圧倒的に不利だ。ここに留まるより抜け出して見晴らしの良いところに行くのが先決か。


「逃げるぞ。ミカ」

「はい!」


直線距離で最も草原エリアに近い方角に駆け出す。すると、横に人影が見えた。ただ、外套を羽織っているため、どれくらいの体格なのかが判別がつかない。手には武器らしきものを持っている。反対側を振り向くと、そちらにも同じ人影が見えた。


やっぱり分身の予想が当たったか?

左手の方に手をかざし、魔法を連発する。すると、ダメージエフェクトを散らさずに人影は消えてしまった。あれは分身。つまり、右側の人影が本体。


「ミカ、右側を攻撃してくれ」

「ファル『フレイムカーテン』」


放射状に炎が展開され、人影を飲み込む。しかし、先ほどと同じようにエフェクトは散らさなかった。


「手応えがないです!」

「俺もだった。多分、両方分身なんだ!」

「⋯⋯リトさん! 上!」


ミカの咄嗟の叫びに反応するよりも早く、誰かが俺を突き刺した。

全身が痺れるような感覚に陥る。目の前にホログラムが現れた。


『状態異常・麻痺:解除まで30秒』


ジョブの特性か。やられた。ステータスには状態異常の欄があった。そこからこの類の攻撃があるということは予測できたはずなのに。


「ミカ、どこにいる。敵は?」

「いません。でも、相変わらず『生命探知』には引っかかってます」


立ち回りからして『殺し屋』とかか。それにしてもタイマンだったら俺は殺されていた。今更になって首筋が寒くなる。


「攻撃に気をつけろ。状態異常になって動けなくなる」


唯一動く首を動かし、周りを見る。地面をよく見てみると、規則的に地面が凹み、落ち葉が舞う。


「敵は透明になってる」


目の前のホログラムが消え、ようやく自由になった。


「リトさん。『魔力結界』を」

「わかった」


言うとおり、結界を発動させた。


「ファル。⋯⋯『アグニドライブ』」


瞬間、ミカを中心に、深紅の線で出来た円が広がっていく。地面が煮えたぎり、灼熱に包まれる。その後、火山の噴火のように火柱が何本も立ち上がり、円の内側を包んだ。


結界の耐久力が一瞬で消し飛び、自分にもダメージが入った。


深紅が視界から消えた後、立っていたのはミカだけだ。


「大丈夫ですか」

「あぁ、ちょっとダメージくらったけど。それより、敵は?」

「傷を負ったのかわかりませんけど、逃げていきました」

「よかったぁ」


立ち上がり、付着した土埃を手で払う。しばらくは追ってこないだろう。その間に迎撃の態勢を整えなければ。


「これからどうします?」

「どうするって」

「逃げるか、応戦するか」

「早くこのゲームを終わらせたいからな。できるなら殺しておきたい」

「わかりました。なら、早く立ってください」

「⋯⋯?」

「もう、『生命探知』に引っかかってるので」

「逃げたんじゃないのか」


剣を手に取り、構える。何らかの方法でHPを回復したとみるべきか。それとも別の敵か。


「また『生命探知』に複数の反応が出てます」

「方角は」

「八時、二時、十時です」

「二時の方角にいる敵を頼む。残りは俺がやる」


待ち構え、近づいてきた人影に一閃。が、ダメージエフェクトは散らずに終わる。すぐさま切り返し、もう一体の腕を斬る。が、こちらも手応えがない。


「私の方は分身でした!」

「こっちもだ!」


分身を生成できるのは三体が上限なのか。もしくは​──────


にわかに背中に熱い感覚が伝わった。手足の感覚がなくなり、地面に倒れ込む。ミカも同様にやられていた。


両方やられた。詰みか⋯⋯⋯⋯。


「手こずらせてくれたな」


顔を覆っていた布を人影がとった。布の下から出て来たのは四十代後半の男だった。


「何だ、おっさんかよ。ゴキブリみたいにちょこまか動くから若いと思ったのに」

「時間稼ぎは無駄だぞ」

「それがどうした。若者をいじめて楽しいか?」

「⋯⋯⋯⋯もう良い、死ね」

「時間稼ぎ完了」

「ソイル『アースフォートレス』、ウィル『ウィンドウスピア』!」


二つの精霊が召喚され、それぞれが魔法をおっさんへと撃ち込んだ。厚い土壁が俺ら二人を包み込み、風の槍が吹き荒れる。ミカは自分が動けなくても口さえ動けば精霊を呼び出せるため、殺し屋には相性が良い。土壁が崩れた時には、おっさんは消えていた。



◇◇◇◇◇◇



「いやー、危なかった」

「ほんとですよ」

「⋯⋯ところで、あのおっさんをどうする」

「死んでませんね」


スマートフォンの画面を見ながら唸るミカ。残りの人数は11人、俺らを除けば9人だ。

ここで殺しておきたい。何とかして殺して、早くこのゲームを終わらせたい。ジョブ一覧で、まだ黒塗りされていないのが、『暗殺者』、『聖女』、『精霊使い』、『ビーストテイマー』、『魔術師』、『魔法剣士』、『槍使い』、『勇者』、『竜使い』、『錬金術師』、『罠師』だ。


この中からだと『暗殺者』が一番近いな。武器も分身が持ってたのは刃渡り10センチのナイフだった。


「暗殺者っぽいですね」

「⋯⋯そうだな」

「ただ、対策が思い浮かびませんね⋯⋯⋯⋯」


そう、ミカの言うとおり、なんの対策も思い浮かばないのだ。


「もう運に賭けるか?」

「それは流石に嫌ですけど、私も作戦は思いつかないですし⋯⋯」


むう、と声を出しながら考えるミカ。あの時と同じように、毛先を指で巻取り、解放して、また巻き取るの繰り返し。何か考え事をする癖なのかもしれない。


「『生命探知』に反応があります!」

「何人だ」

「三人です」

「俺が二人殺す」


剣を抜き、反応がある方向へ駆け出す。初級魔法を連発しながら、斬りかかった。しかし、霧のように霧散していく分身。すぐさまもう一人の方へ。体当たりをかまし、顔面を突き刺した。ダメージエフェクトは咲かずに、モヤが風に吹かれるようにして消えていった。


ミカの方をみると、ミカも精霊を駆使し、倒していた。反応からして、あれも分身だ。


「走るぞ!」

「何ですか!?」

「今が殺すチャンスだ。アイツは今分身を出せないはずだ!」

「何でですか!」

「アイツが襲って来たのは決まって十分後だった。それが分身を三体出すのに必要な時間だったんだと思う!」

「どうして言わなかったんですか!」

「ただの憶測だったからだよ! それが今逃げたことで確信に変わったんだ!」


走りながら説明する。追ってはいるが、『暗殺者』は、デフォルトで隠しステータスである俊敏性が高いようで、みるみる離されていく。


「でも、なんで逃げたんですかね」

「本体のおっさんが近づく前に分身がやられたからじゃないのか。知らんけど」

「知らんけど、って⋯⋯⋯⋯」

「ミカ、この進路のずっと前におっさんがいるはずだから、そこら辺に進路妨害できる魔法を撃ってくれ」

「⋯⋯ソイル『アースフォートレス』」


前方にダムの壁と見紛うほどの壁が地面から競り上がってきた。


「これで良いですか」

「十分。あとは俺に任しとけ!⋯⋯『エレクトロ』」


ミカと周りの景色を置き去りにして、前方へと猛スピードでカッ飛んでいく。一人の男の背中を捉えた。魔法の効果が消え、実体が戻った。剣を両手で握りしめて呟く。


「⋯⋯最終奥義『全斬撃』」

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