第2話
殴られた衝撃でぶっ飛んだ俺は、柔らかい芝生の上に落ちた。そのまま数回転し、止まる。
追撃を避けるために後ろに下がりながら飛び起きた。俺の頭上にはHPバーが表示されている。2500あったHPが1200になっていた。殴られたのは二発だから、一つのパンチにつき、ダメージは600、芝生に落ちた時の衝撃で100ダメージ喰らったようだ。これのことから、『魔力結界』は俺の防御力を反映していないことがわかる。
それに、攻撃による副次的効果の落下ダメージや、地面や壁にぶつかった時のダメージはあることがわかる。ダメージ換算が単なる引き算であれば、落下ダメージなどは防御力無視でどれくらいの衝撃が与えられたかで比例すると予測されるな。
「今のはなんだ?」
「⋯⋯そうね。教えてあげるのも縛りプレイの一つになるから教えてあげる。パッシブスキルである『ダブルジャンプ』よ。あなたも持ってるでしょ?」
「確かに、違うヤツなら持ってるな」
これでパッシブスキルは固有のスキルではないとわかるな。他の情報も聞き出せないだろうか。
「あんたの叶えたい願いは?」
「言う訳ないじゃない。アンタ、禁止ルール読んでないの?」
「読んでるよ。で、答えてくれないの?」
「⋯⋯大雑把に言うなら、これに参加することかしら」
「へぇ。なんで?」
「縛りプレイとか言ってるから察してると思うけど、アタシ、ゲーマーなの。そんな人間がこれに参加しないとでも思う?
こんな超高クオリティのVRMMOみたいな世界を体験できると言うのに」
「なんだ。案外しょうもない理由で安心したよ」
「⋯⋯⋯⋯は?」
俺の何気ない一言に青筋を浮かべる女。もう少しか?
「俺の願いの方がよっぽど尊いからな」
「悪いけど、時間稼ぎしてるのはバレてるから。アンタ、時間経過でHPを回復するのを待ってるよね」
⋯⋯バレた!
「なかなか小賢しいわね。これのHP回復の仕組みを解明するのに、アタシを利用するなんて」
「そりゃどうも」
ただ、この時間稼ぎにはもう一つの意味がある。それは。
「『魔力結界』!」
「ッ! やられた!」
結界が完成するより早く攻撃を加えようとする女。だが、それはただの悪あがきにしかならない。間に合わないと判断して飛び込むのを躊躇する。俺はその中途半端な踏み込みを待っていた。
「セリャアアア!」
俺の渾身の横なぎの餌食になった女に、派手なダメージエフェクトが弾け飛び、頭上にHPバーが現れたと思えば、それが減少していく。HPバーは1500/1800を示した。
これで相手の防御力は100だと判明する。
HPは回復させない!
追撃を喰らわせようとしたが、ゲーマーなだけあって自分が不利だと判断し、すぐに逃走した。俺もそれに追従するが、相手の方が若干足が速いため、徐々に距離を離される。
そのまま、女は背の高い木が密集している森エリアに入った。上手く木を利用され、見失いそうになる。俺は何か使える魔法はないかとポケットにあるスマートフォンを取り出し、ステータス画面を表示させた。そのまま、下にスクロールし、『エレクトロ』と言う雷属性の中級魔法を見つけた。
この魔法の効果ならアイツに追いつける。
「『エレクトロ』」
唱えた瞬間、ふわりと体が浮いた。急速に木が後方へ流れる速度がアップする。みるみる相手との距離が縮まっていく。相手の前に回り込んだ直後に効果が消え、実体が戻った。
「なっ⋯⋯」
「『魔法付与・ライトニング』!』
剣身にスパークが迸る。両手でしかと握り、真上から斬りかかった。
バチッ、と雷に打たれたような効果音と共に、先ほど見たダメージエフェクトが現れる。
HPバーがガクンと減少し、900/1800を表した。
女は、パッシブスキルである『ダブルジャンプ』を駆使し、木から木へと、飛び移っていき、どこかへ行ってしまった。
「『エレクトロ』」
再び魔法を発動し、女に追い縋る。だが、すでにこの森のどこかへ消えてしまった。
「クソ、逃したぁ」
初めての殺し合いが終わったことにより、安堵がどっと出てきて、思わずその場に座り込む。HPとMPは一分間に1回復するようで、今はだいぶ回復している。これで、次の戦闘が起こっても、しばらくは大丈夫だ。
◇◇◇◇◇◇
これで全部回復した。スマートフォンを取り出し、戦況を確認する。生存者は俺以外で68人になっていた。意外と早い展開になっている。俺の予想以上だ。誰かが積極的に殺しまわっているか、皆が殺しあっているかのどちらか。もし前者なら、多分『勇者』が殺しまわっている。明らか強そうだし。それに、俺が戦った女も生きている。ジョブ一覧に載っていて、それっぽいのが『武闘家』。これがあの女のジョブだろう。
しかし、できればあそこで殺しておきたかった。これで俺のジョブの名前は分からなくとも、ジョブ一覧からある程度推測できるし、攻撃方法も、どんな立ち回りをするのかも知られてしまった。
考えるのはやめだ。もうすぐ夜になる。安全な場所を確保しておかなければ。
しばらく歩いていると、手頃な洞窟を見つけた。周りを見渡すも、人影はない。ここは安全だろう。
すると、頭上から影が降ってきた。上を見ると、先ほど殺し損ねたチャイナドレスを纏った女だった。
「何!?」
「死ねええええ!」
いや、俺はさっき『魔力結界』を張っておいた。たとえ二発打ち込まれようとも、耐えれるはず。しかし、俺の考えとは裏腹に、結界は最も簡単に二つのパンチによって崩壊した。
背中に悪寒が走り、『エレクトロ』で距離をとった。
なんで。おかしい。コイツの攻撃力は900で、二発食らっても2000HP分ある結界は耐えられるはずなのに。落下しながら攻撃したからダメージが上乗せされたのか?
いや、それもあるかもしれないが、原因はそれじゃない気がする。
なぜなら、あの女のHPが増えていた。回復していたと言うわけではなく、上限までもが増えていた。1800だったのが3600になっていた。
おそらく、なんらかの技の効果だろう。それで攻撃力も増えたと推測するべきだ。
それに、足も速くなっている。
もしかしたら、『最終奥義』を使ったのか?
だとしたら納得がいく。少なくともHPが二倍、敏捷性の上昇、あと攻撃力上昇も加えるべきか。これらのステータスが上昇する最終奥義か。破格の性能だな。
俺が『エレクトロ』を使っているにも関わらず、目視できる距離にいる。
「何逃げてんのよ」
「オメーもさっき逃げただろ!」
『エレクトロ』の効果が切れ、足が地面についた。迎撃のために魔法を唱える。
「『フレイムカーテン』!」
面制圧して、ある程度進路を絞ることができるはず。そこに『魔法付与』した剣で攻撃すれば、ダメージを与えられる。炎の幕が前方に吹き荒れる。しかし、『ダブルジャンプ』を使って回避された。ただ、スキルを使ったら何かしらの条件を達成しなければ、再びスキルを使うことはできない。今、相手は身動きが取れずに、慣性に従って落ちるほかない。
「『魔法付与・ライトニング』」
ビリビリと震え出す剣を突き出し、ライトエフェクトを散らせた。
また、ガクンとHPバーが減り、3000/3600を示した。
「オラァ!」
逃がさないようにチャイナドレスの裾を掴み、地面に引きずり倒す。肩口に剣を突き刺し、地面に縫い止める。通常のダメージと持続ダメージが加算され、みるみるHPが減っていく。ただ、超至近距離のため、女のラッシュが胴体に突き刺さってしまう。たった二発の攻撃を喰らっただけで、2400ものHPが吹き飛んだ。残り100になり、すぐさま『エレクトロ』を発動し、その場から離れた。
元々の攻撃力は600だったはず。それが二発喰らっただけで、2400。単純計算で一発1200。女の『最終奥義』はHPと攻撃力を二倍に、俊敏性を上昇させる能力だったのか。
残りのHPが100になってしまった以上、これ以上攻撃はもらえない。
「もう一度言うけど、逃げないでよね」
「何言ってんだ。あとHPが100しかないんだぞ」
「ふふっ。どう? 自分が死にそうなっている時の気持ちは」
「まぁ、いい気分じゃないな。⋯⋯でも、
「あら、妹想いなのね。もしかしてアンタ、妹のために参加したの?」
「⋯⋯そんなトコだ」
「妹さんに謝らないといけないかもしれないわ。お兄さんを殺してしまってごめんなさい、って」
「抜かせ。アンタもHP無いだろ。俺もオメーの家族に謝らないとないとな」
HPが時間経過により、少しづつ回復していく。
「これで終わらせてあげるから」
相手のHPは1500。対して、俺のHPは100。圧倒的に俺が不利だ。7回攻撃をヒットさせないと殺せない。女もそれを分かっているため、攻撃力される前提で突っ込んで来た。
俺は『魔法付与』では初級魔法しか付与していない。MPの枯渇を防ぐためだ。これが勝負の大一番。俺は初級魔法をしつこく使って剣で攻撃してきた。女にはそれが刷り込まれているはずだ。俺のジョブ『魔法剣士』は自分が使える魔法ならなんでも付与できる。女はそれを知らない。
「死んでちょうだいね」
「死ぬのはそっちだ、バカ女。『魔法付与・ローリングサンダー』!」
唱えると同時、これまでの『魔法付与』とは比べものにならない程の威力が、剣に内包されていることが柄を握る手から伝わってくる。威力が剣の裡から溢れ出てきて、スパークとして具現化し、空気を焼き焦がす。手を伸ばすように地面の芝生や木をスパークが舐めていく。
「⋯⋯ウガアアアッ!」
左足で地面が割れんばかりに踏み込み、大地を両断する勢いで大上段から振り下ろした。
女に剣が当たった瞬間、電撃が女を包む。電撃が女を刺激する度に、ライトエフェクトを散らす。まるで花火大会のフィナーレの時に何度も打ち上げられまくる花火のように。
女は絶叫しながら消し飛んだ。
消し飛んだ女の残滓が空に集まり、シャボン玉を作った。しかし、ただのシャボン玉では無い。中にはあの女が映っていた。
女はシャボン玉の中で戦っている。もしかして、コイツの願いがコレなのか?
このデスゲームを生き残って、もう一回戦うのがコイツの願いだったのか。
俺はコイツの願いを潰した。でも、罪悪感は無い。俺の願いを叶えることは、誰かの願いを潰すってことだ。これは当然のことだ。
日が落ちかけていた。
俺は振り返らず、夜になる前に先ほど見つけた洞窟へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
おかしい。草原エリアには動物一匹すらいなかったのに、森エリアにはなぜかボロボロの鎧を纏ったガイコツが大量発生していた。HPは少しずつ回復していっているため、大丈夫だが、洞窟に着くまで気が抜けない。森エリアは夜にモンスターが湧くようになっているのか、別のプレイヤーの攻撃か。
ガイコツの一体自体はそこまで強く無いが、量が多くなるとキツイな。バサバサと斬り捨てながら洞窟へと向かう。途中、一人の男が立っていた。包帯でグルグル巻きになっていて、申し訳程度のボロボロのズボンを穿いていた。俯いて、地面に向けて手をかざしている。すると、地面が盛り上がり、骨で出来た手が伸びてきた。それが地面に手をついて、頭、胴体、足の順に出てくる。
間違いなくアイツの仕業だ。⋯⋯今なら油断しているアイツを殺れるか?
アイツは俺に気づいていない。
鞘に収まっている剣の柄に手を掛ける。
「『魔法付与・ファイアボール』」
静かに呟き、剣に熱を帯びさせる。飛び出し、男に向かって突きを喰らわせる。
が、上から降ってきた骸骨にのしかかられ、地面に倒れた。
「くはは⋯⋯バカが、オレが気づいて無いとでも思ったか?」
見上げると、眼前に男が立っていた。
「あぁ、思ったよ。だから攻撃しようとしたんだ」
「生意気言ってんじゃねえ。つーかテメエ、男かよ。女だったらブチ犯してやろうと思ったのに。はーあ、ついてねえなあ」
残念そうに呟きながら、新しいガイコツを作る男。
「で、俺をどうするんだ?」
「男はいらねーから殺す」
すると、上に乗っているガイコツが持っていた剣を逆手に持った。
「『エレクトロ』」
日は完全に落ちていた。
俺は一瞬で逃げた。
視界の端で男が呟いた。
「『最終奥義・インフィニティネクロマンス』」
途端に、男の周りからガイコツが湧き出してくる。手を地面にかざしていないのに。あれが男の最終奥義。名前からして、無限にガイコツの兵隊を生み出すのだろう。
コイツは厄介⋯⋯。ジョブ一覧を表示する。残り38人。アイツのジョブは『ネクロマンサー』だろう。これも破格の技だ。これほど強い能力だ、何かしらの制限があるはず。
それを解明すれば俺が勝てる。今は逃げて考える時間を稼ぐしか無い。
効果が切れた。MPを温存するためにこれからは自分の足で逃げる。日が落ちる前とは比べものにならない程の、ガイコツが増えていた。
これもアイツの能力か? いや、ガイコツはアイツの周り限定で湧いていた。夜になったから活発になった? 昼から作っていたのか。
魔法で蹴散らしながら進んでいく。ようやく洞窟に着いた。洞窟にはガイコツは入っていないようだ。 辺りを見渡しながら進んでいく。最奥まで行くと、人がいる気配がした。
剣を抜いて叫んだ。
「そこに誰かいるのか! 武器を持たずに出て来い!」
「私は敵対するつもりは無いです。なので、攻撃しないでくださいね!」
出てきたのは少女だった。どこかで見たことあるな⋯⋯。
「君、最後に転送されてきた女の子か!」
「最後?」
「あ、いや。なんでも無い」
男が殺された直後に転送されたことを知ったらショックを受けるかも知れないからな。
「あなたも逃げてきたんですか」
「あぁ。昼のうちに見つけてたんだ。さっき、このガイコツの元凶とも会ったよ」
「どうでした?」
「ヤバいやつだったな。女なら犯すとか言ってたから君は危ないかもしれない」
「危険なことは百も承知です。願いを叶えるために参加したん《ルビを入力…》ですから」
「あー、ところで、一つ提案があるんだけど」
「私も提案しようと思ってたところです」
俺と少女は異口同音に口を開いた。
「「協力しよう」」
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