第1話

『もしもし』


女性の声だった。


「もしもし。ポスターを見て電話したんですけど」

『はいはい。それでしたら、もし、話を聞きたいのなら、「話してください」と言ってください。聞きたくなかったら、電話を切ってください』


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


「話してください」

『はい。まず、願いを叶えるには、命の危険性があります。それでも挑戦するというのなら、画面の『挑戦する』というボタンをタップしてください。説明は以上です』


それを言い残し、電話は切れてしまった。耳からスマートフォンを離し、画面を見る。そこには説明の通りに、『挑戦する』のボタンが。


説明というにはあまりに不足していたけど、これはガチだ。そう思わせる力が、画面から感じられる。


何を迷う必要があるんだ。妹のためには命だってかけられるさ。それが兄ってもんだろ?


俺は勢いよく、ボタンを押した。



◇◇◇◇◇◇



「どこだよ。ここ⋯⋯」


真白で、だだっ広い部屋だった。しかし、次の瞬間奇妙なことが起こった。なんの変哲もない空間から、人間が出てきた。それが続々と起こる。


「きゃっ、ここって⋯⋯」

「んだよ! これ!」

「転送されたのか⋯⋯?」


皆思い思いの驚嘆を口にして空間から飛び出してくる。呆然と見ていたが、やがて止まった。


それと同時に、一人の女性が現れた。人間離れの美貌をもち、一つのハネっけもない、美しい黒髪を肩にかけている女性だ。


「皆さんごきげんよう」


その一言で、電話の女性だと気づいた。


「私は神です。あなたたちは、私の寛大な心により、願いが叶えられる権利を持った人間です。深く、私に感謝してくださいね」


その美貌からは想像できないほど、傲慢な口ぶりだ。あれが神⋯⋯?

疑問に思っていると、一人の男が神と自称する女性の前に立った。


「おう、テメェ。口を開けば偉そうにヨォ。ここでマワしてもいいんだぞ? あ?」


首に掴みかかりそうな勢いで凄んでいる男。そんな男を前にして、神は笑みを少しも崩さず、男に触れた。その瞬間、男が弾け飛んだ。


「あーあ、また一人補充しなきゃじゃないですか」


面倒くさそうに口を歪めて呟く。こちらの動揺にはお構いなしだ。今の男が消えた原理がさっぱりわからない。身長が190センチ近くあった男が跡形もなく消えた。これが神の力なのか?


一人の少女が追加されたところで、再び神が口を開いた。


「さて、100人になったところで説明いたします。ルールは簡単、あなたたちには殺し合ってもらいます」


そのセリフを聞いた瞬間、周りがザワつく。コロス⋯⋯殺ス⋯⋯殺す。今やっと変換できた。今、あの女は殺すと言ったのか? もしかして、電話で説明された命の危険性ってこの事なのか。


「はいはい静かに静かに、殺しますよ」


その一言で全員が押し黙った。


「あなたたちには異世界に転移してもらい、殺し合ってもらいます。まず、ジョブを選択してください。ジョブというのは、役職のことで、その技や特性を使って殺し合うのに必要です。ジョブには百種類あり、一人一つしか選べず、一つのジョブは一人までです。ジョブを選ぶと、自動的に異世界に転移しますのでご注意ください」


「また、願いを叶えられるのは一人の一つの願いのみです。しかし、例外があります。それは私を殺した時です。私が死亡した時に生存していた人たち全ての願いを叶えます。まあ、無理でしょうがね。これで説明を終わります」


それとともに、目の前にホログラムのようなものでできたウィンドウが出てくる。そこには先ほど百種類あると言っていたジョブの一覧表だった。色々な名前があるが、それが次々と黒くなっていく。誰かに選ばれた証拠だろう。ハズレのジョブしか選べなくなるうちに、適当なジョブを選択した。


瞬間、意識を失った。


「うわっ!」


飛び起きた場所は草原だ。さっきまでいた場所が白い部屋だったことからここが異世界だということが窺える。


それに。


「服装まで変わってる⋯⋯」


学校の制服を着ていたはずが、いつの間にか西洋風の鎧を着ていた。

しげしげと眺めていると、足元にスマートフォンが落ちていることに気づいた。拾ってみると、画面には文字が写っていた。


『唯一の禁止ルール:自分が叶えるつもりの願いを他人に教えないこと』


一体、これはなんのための禁止ルールだ?

むむむ、と考える暇もなく、スマートフォンが振動した。どうやら設定が使えるらしい。

設定のボタンである3本線のマークをタップすると、箇条書きに文章が現れた。



・ジョブ一覧

・ステータス

・マップ表示

・神への通話



この四つだ。まずは上から押してみる。

先ほど、ジョブを選択したウィンドウと同じような画面が出てきた。なぜか、黒く塗りつぶされているジョブ名もあった。あとで確認してみよう。


次にステータスだ。

自分の装備と、ジョブ名、使える魔法、攻撃力、HP、防御力が表示されている。どうやら、俺のジョブは『魔法剣士』らしい。

今装備している装備名は、全部頭に「魔法剣士の〜」とついていた。


マップ表示はまんまだった。


神への通話は押さないでおこう。文字通りこれは神につながる電話だろう。開幕で押して反感を買って死亡はいただけない。


全部確認し終えたところで、再びジョブ一覧に戻る。一覧をみると、四つのジョブが黒く塗りつぶされていた。もしかしてこれは死んだことを表しているのだろうか。

他にも見てみると、いろんなジョブがある。錬金術師にビーストテイマー、果てには勇者や聖女なんていかにも強そうなジョブまである。


見たところ、これは今の装備で殺し合うというより、VRMMOものに近いだろう。ただ、これはゲームの中ではなく、現実で行われているのが大きく違う点だ。


だったら、重要になるものはステータスだろう。

俺はすぐさま、ステータス画面を開いた。その中でも、詳細というところをタップする。


すると、こんな画面が出てきた。



**************************************************************



攻撃力:500 状態異常:無


防御力:300 使える魔法の属性:火、雷


HP:2500 最終奥義:全斬撃(全属性魔法を2.5倍の威力で斬撃として放てる)

クールタイムは3時間


MP200/200 魔法剣士の詳細:マジックソードに魔法を付与して使うと、通常

の攻撃、魔法より、威力が1.25倍になる。


パッシブスキル:『魔力結界』2000HP分の結界を張ることができる。

クールタイムは30分


技:『魔法付与』マジックソードに火属性と雷属性の魔法を付与することができる。


装備品:『魔法剣士の鎧上』『魔法剣士の鎧下』『マジックソード』


マジックソード:魔法を付与して、斬撃として使える特殊な剣


使える魔法

火属性:初級魔法『ファイアボール』前方に火の玉を飛ばす。消費MP10


中級魔法『フレイムカーテン』放射状に炎幕が吹き荒れる。消費MP25


上級魔法『アグニドライブ』半径6メートルの範囲内が灼熱に包まれる。消費MP50


雷属性:初級魔法『ライトニング』前方に雷を飛ばす。消費MP10


中級魔法『エレクトロ』自身が雷となって移動できる。消費MP25


上級魔法『ローリングサンダー』百発の雷が立て続けに落ちる。消費MP50



**************************************************************



攻撃力は素の攻撃力ってことだとしたら、ただ剣で殴ると40ダメージ与えられるということ。


防御力はどうだろうか。試しに上だけ脱いでみると、防御力が150に減った。つまり、片方ずつが150で、素の防御力は0ということになる。


なら魔法はどうだろう。魔法を使うには詠唱が必要なのか、それともただ魔法名を叫べばいいのか。


「⋯⋯……『ファイアボール』」


呟くように、火属性の初級魔法を唱えてみた。すると、説明にあったとおりに火球が目の前に出現し、時速50キロ程の速度でとんでいった。やがて着弾。着弾した箇所は、円形状に草が燃え尽きていた。


思ったより速度はでていない。遠くの敵を狙うには若干の偏差撃ちが必要になるな。


魔法の威力は固定なのだろうか。よくある設定では魔力をつぎ込めばつぎ込むほど威力が増していったが、この世界にその概念があるのかどうかだ。


「……『ファイアボール』」


どうにかして、威力を高めようとしたが、3秒ほど目の前で燃え盛った火球は飛んでいってしまった。少しの間ならホールドできるのか。これなら無駄打ちせずに狙い撃ちすることが出来る。


ただ、威力は高められないようだ。単に俺ができていないだけなのか。はたまた、そういう設定なのか。

そもそも、俺は異世界人だ。魔法なんておとぎ話の世界で生きてきたヤツがいきなり魔法を撃てたんだ。それだけで今は十分。魔力なんて言う曖昧な概念でウンウン悩むより、別のことを試さなければ。


次は、この『魔力結界』なるものだ。多分これは魔力を消費するとは書いていないからノーリスクで使える代物だろう。


「『魔力結界』」


途端に、半透明で空色の六角形のタイルが俺を中心にしてドームを形作った。これは使える!


次は何を試そうか………………。


「アンタ、そこで何してんのさ」


誰かから声を掛けられた。振り返ると、そこにはチャイナドレスを着た女性が立っていた。


「アンタ、異世界人かい?」

「⋯⋯もしそうだとしたら?」

「決まってるじゃない。殺す」


そう言い切った女性の手には、いつの間にかガントレットが装備されていた。近距離戦闘か。なら、離れて戦うのがセオリー。


「あなたのジョブは何ですか?」

「言う必要なんて無いでしょ」


殺されるぐらいなら、俺が殺す。


「あなたのそれ、ハズレジョブですよね」

「そう、どうでもいいわ。むしろ、好都合よ」

「何がですか」

「アタシはこれがハズレだと思って選んだの。縛りプレイをしてみたかったからね」


コイツ、ゲーマーか何かか?


「時間稼ぎなんてしないでよ。もう、アンタの負けは決まってるんだから」


瞬間、距離を詰めてきた女が拳を突き出す。しかし、拳は俺が事前に張っておいた『魔力結界』よって弾かれる。殴られたことにより、『魔力結界』のHPが2000から1100になった。これで女の攻撃力が900だと言うことが分かる。ただ、この結界が俺の防御力を反映しているかもしれないから、直撃は避けた方が良いな。


攻撃直後の隙を狙い抜剣、上から剣を振り下ろす。ただ、すぐに避けられてしまう。


「アンタのそれってバリアなの?」

「言う必要は無いですよね」

「敬語なんてサムい言葉使わなくて良いわ。だって殺し合いをしてるのよ?」

「あっそ」


猛ダッシュして、下から振り上げる。が、すんでのところで避けられてられてしまった。


俺より俊敏性が高い?

ジョブの関係でそうなっているのか?

しかし、ステータスの画面には俊敏性の表記なんて無かった。隠しステータス的なものも存在している?


「攻めないならこっちから行くわよ!」


迎撃の体制をとり、剣の間合いに入ると同時に横なぎを繰り出す。紙一重のところで躱され、二発のパンチを食らったことにより、『魔力結界』が消え去った。


あとは剣で防ぐしかない。

というか、ペースはあっちのものだ。攻めなきゃ負けるんだ。今は、グダグダ考えるより、この女に勝つことだけを考えろ。


向かって来る女に向けてこちらも走り出し、女が跳躍したのに合わせ、こちらも跳躍。女は俺が突っ込んでくることを想定していなかったのか、驚愕の表情に染まった。


殺った!


剣を相手の驚愕の表情に向かって突きを喰らわせ​───────ようとした瞬間、女が消えた。


どこに​───────


「後ろよ」


女の声が聞こえたあと背中に二発の衝撃が走り、ぶっ飛んだ。

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