第2話

 王都ヴェネツィアでは三日後の【夏至祭】に向けての準備が進んでいた。

 ここしばらくは連続殺人事件が起こっている王都の夜警に駆り出されて、教会に来るどころではなかったのだが、ようやく今朝、フェルディナントは駐屯地に引き上げる前に立ち寄ることが出来た。

 警邏隊が続けざまに殺されたので、フェルディナントはまず、城に報告して、一時警邏隊の夜の巡回と活動を停止させた。その代わりに神聖ローマ帝国の竜騎兵団を街の夜警に駆り出したのだ。手は足りなかったが仕方ない。仮面の男は続けざまに警邏隊を襲っていたが、竜騎兵団が街を巡回し始めると、ぴたりと数日襲撃が収まった。今は様子を見ている。

 一日に一回、竜による飛行巡回を行いたいとも要請を出したのだが、これは「民に逆に脅威を与える」として、王妃が許可を出さなかった。民はとっくに連日の襲撃事件で脅威を与えられてるだろ、と舌打ちが出たが、仕方ない。ここではあの忌々しい女が法だ。竜騎兵団は優秀な騎馬部隊でもあるから、巡回に問題はなかった。

 しかし今回は三十騎しか連れてきていないため、連日みんなが寝不足だ。警邏隊、守備隊から、新しく組織する王都守備隊要員を選定はしているが、フェルディナントとトロイが必ず会って選定しているのでなかなか作業が進まない。とにかく、新しい王都守備隊が組織されるまでの辛抱だと竜騎兵団とトロイには話して、頑張ってもらっている。

 警邏隊が街に出なくなってから、仮面の男も現われなくなった。

 まだ数日のことなので何とも言えないが、やはり警邏隊に恨みを持つ者なのかもしれない。フェルディナントはその素性が気になっている。……というのも、フェルディナントが街に駆り出されている時、仮の守備隊本部として王都中央の教会を間借りしているのだが、そこから遠くない距離に例の、仮面の男が放火したという娼館があった。

 全焼したその場所をもう一度見に行った時、一人の女が話しかけて来たのだ。彼女はそこの娼婦で、思いつめた表情をして、話しかけてきた。女は「火をつけたのは仮面の男じゃない。娼婦」と言って来た。

「……娼婦が何故自分の娼館に火をつける?」

 返答に困ったようだが、答えた。

「……彼女は元々、娼婦になるような境遇じゃなかったから。この仕事を嫌ってた。彼女の客に仕事の最中、暴力を振るう警邏の男がいて、彼女は身を守るためにそいつに怪我をさせたの。男は店の主人に苦情を入れて、とんでもない額の金を払わないと営業出来なくさせるって脅して。無理矢理客を取らされてた。火をつけたのはあの子だよ。あの子の部屋から火が出た……」

 女は逃げて、行方は分からないという。

「その警邏の男の人相は分かるか?」

 名前が分かるし特徴がある、と女は言った。

「額に傷がある。あと腕に炎の刺青があった」

 その後起こされた仮面の男の襲撃で殺された警邏隊の中に、その二つの特徴を持つ男の死体があった。

「……何故私に話をした?」

 店の主人も、守衛も、仮面の男が火を放ったと言っていた。

「自分のとこの娼婦が火を放ったって分かると、補償金が出ないから。それであいつら嘘をついたの。それに、闇のルートからも娼婦を仕入れてた。探られたくないのよ。あと……。私はあの日、三階にいて、逃げ遅れた。……助けてくれたの。あの、仮面の男が」

 煙に撒かれて動けなくなっていた所を、どこからともなく入って来た男が抱き上げて、気付いたら外に寝かされていて、助かったのだという。

「知り合いか?」

 慌てて女は首を振る。嘘を言っているようには見えなかった。

「闇のルートと言ったな。そういうところから仕入れられる娼婦は多いのか?」

「あんた、この街のこと何にも知らないんだね」

 女は苦笑するように言った。

「数年前から、急激にそういうのが増えた。前は娼婦にだって逃げ込む場所はあったのに、今じゃ教会にも危なくて近寄れないよ」

「教会?」

 女はそこまで言うと、周囲を気にして足早に去って行った。

 仮面の男はフェルディナントと初めて会った時も、襲われていた娼婦を助けていた。

 警邏隊と、娼婦。

 歓楽街を中心に、その二つに探りは入れていたが、女と話して更に疑惑の方向性が広がってしまった。

(教会……。警邏隊だけじゃなく聖職にも密告者がいるのか?)

 辿り着いた小さな教会を見上げる。

 確かに、平気で他国を虐殺するような国に、信仰だけは清らかにいつまでもあるなどと信じるのは愚かかもしれないけど。

(……考えたくないな)

 人を導き、心の拠り所になるべき聖職者が、人の懺悔や信頼を裏切り、真の敵になるものに密告するなど。

 溜息をつき、教会に入って行くと。

 朝日の差し込む祭壇でネーリが何やら紙を使って、四角や、円柱型や、三角などの形を作っていた。その周りで十人くらいの子供たちが集まって、熱心に真似してたくさん作っている。中には、そのオブジェに絵を描いている子供もいる。

「ネーリ、ネコちゃんが上手く描けないよー」

 少女に呼ばれて、ネーリが立ち上がり、歩いて行く。

「全然じっとしててくれないの」

「大丈夫。上手く描けてるよー。飛び跳ねてる時の足は……こんな感じ!」

「わぁ~っ♡ かわい~っ」

 僕のも見て僕のも見て、と子供たちが口々に自分のオブジェを掲げている。

 ネーリは一人ずつ見て、頭を撫でてやったり、こうすればもっと綺麗になるよと手を加えてやったりしている。


 ……ここはいつ来ても、光が差し込んでいる。


 くす……、と思わず笑ってしまうと、子供たちを見て回っていたネーリが振り返った。

「フレディー」

 自分に気付いたネーリが、光の中で微笑ってくれた。


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