第3話
「落ち着いたかい?」
「うん。ありがとう、零路」
サリサが涙をそっと拭う。
目はまだ赤く腫れていたが、その声にはもう穏やかさが戻っていた。
「こちらこそありがとう。兄のことを話してくれて。言葉にするのはきっと簡単じゃなかったと思う。俺は――アークさんの身体を大切に生きるよ」
俺の言葉に、サリサは一瞬驚いたように目を瞬かせた。
その後、少しだけ肩の力が抜けたように柔らかい微笑みを浮かべる。
「零路に兄さんの身体を託して、本当に良かったよ。兄さんもきっと喜んでると思う。誰かの役に立つことが、何よりも好きな人だったから」
サリサの言葉の一つ一つが、俺の胸の奥に深く響く。
彼女の苦しみを完全に理解することはできない。
それでも、少しでもサリサを支えたい、守らなければならない――そんな決意が俺の中に静かに芽生えていく。
この身体を授かった意味――それは、サリサの兄、アークの人生を背負うということなのかもしれない。
*
部屋には静かな時間が流れていた。
俺たちは並んで座りながら、言葉も交わさず、その時間を共有していた。
短い間に色々なことがありすぎて、正直疲れ果てていたのもあるのだろう。
ふと、沈黙を破るように俺は口を開いた。
「サリサ、君はこれからどうするんだ……?」
不意の問いに、彼女は少し首を傾げるような仕草を見せる。
「へ?うーん……そういえば何も決めてなかったなぁ」
「だったらさ、学園に来ないか?」
俺の誘いに、サリサは目を丸くして驚いた様子を見せる。
「学園……?ボクが?」
「そうだ。特にやることがないなら、学園に入っておいた方がいい。学園には色々と特権があって、寮もあるし。それに……俺が月人のことをもっと知りたいから」
本当はサリサのことをもっと知りたいのだが、流石にそれを口にする勇気は俺にはなかった。
彼女は少しの間考え込むような表情を見せた後、ぽつりと言った。
「……零路がそう言うなら、ちょっと考えてみてもいいかもね」
その言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「学園かぁ……ボク、合格できるかなぁ。あ、年齢制限とかはないの?」
サリサが不安そうに眉を下げて尋ねてくる。
その仕草が妙に子供っぽくて、俺は思わず微笑んだ。
「未成年だったら基本問題ないよ。あ、でも筆記試験があるから、そこは叔父さんに頼み込んでみるよ」
「そっか。それならちょっと安心かも……」
サリサは安心したのか、表情がパッと明るくなる。
「そういえば、零路って何歳なの?」
「俺?15歳だよ。サリサは?」
「一つ年上なんだね。ボクは14歳だよ」
「へぇ~、意外と歳近かったんだな」
何気なく言った言葉だったが、サリサの顔が不満そうにぷくっと膨れる。
「意外とってどういうこと!?そんなに子供っぽく見えるの?」
彼女が頬を膨らませて抗議してくる様子があまりに可愛くて、俺は思わず吹き出してしまった。
「いやいや、そういう意味じゃないって!なんていうか、ほら、エルフも見た目は若いのに、実際は何百歳だったりするだろ?月人ってどこか年齢不詳な感じがするからさ」
「ふーん……まぁ、今回は許してあげる」
サリサは少し不満そうに顔を背けるけれど、俺はその仕草がどこかおかしくて、愛おしくて、何だか笑わずにはいられなかった。
紋章のエヴォルピア こいえす @koiesu
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