第2-4話 これって転生ですか?

「零路は――ボクの降下ポッドに巻き込まれて命を落としたんだ。さっきも話した通りね……」


「それは……本当なんだな?」


 サリサはこくりと頷く。

 意識を失う直前の記憶が鮮明に蘇る。

 俺は空から降ってきた何かを避けようとして、雪に足を滑らせた。

 そのまま吹き飛ばされ、木に全身を叩きつけられた。

 頭から血が流れ、骨が砕ける感覚――あの怪我では助からないと、今なら自分にも分かる。


「ごめんね。生体反応は確認したつもりだったんだけど……」


 サリサは申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、こうしてサリサと無事に話せてるし、俺は気にしてないよ。ただ――」


 サリサが不安にならないよう、俺は笑みを浮かべる。


「命を落としたっていうなら、何で俺はまだ生きているんだ?」


 サリサは小さく息を吐き、慎重に言葉を選びながら答えた。


「本来なら生物の肉体は死んだら魂を失う――抜け殻のようになるんだ。でも、零路の肉体にはまだ魂が宿っていたんだ」


 その言葉を聞いて、俺はハッと気付き声を上げる。


「ああ、そうか!」


 サリサはその反応に驚き、目を丸くして俺を見つめる。


「どうしたの?」


「多分、俺が生きていたのは、紋章のおかげだ」


「紋章?それって何?」


「サリサたちでいう、魔力器官のようなものさ。地の民はみんな、身体に宿した紋章で魔法を行使するんだ」


 サリサは興味深そうに身を乗り出して聞き返す。


「それってすごいよ!月には無い技術だよ。あ、じゃあ、地の民はみんな零路みたいに紋章の力で生き返ることができるの?」


「あ、いや、すまない。少し誤解を生む言い方だったな」


 俺は言葉を選びながら続ける。


「紋章にはさ、固有の能力があるんだよ。俺の紋章は『幽体の紋章』。理屈は分からないが、それで生き延びられたんだと思う」


「だとしたら、今はどうなの?その身体でも、紋章の力は使えるのかな」


「さぁな。学園から外では紋章を使うなって言われてるし、そもそも紋章は前の肉体に宿ってたものだし……」


 俺は自分の左手の甲を見つめ、ふと気になったことを口にする。


「そういえば、今の俺の身体って、どうやって用意したんだ?」


 サリサの表情が少し曇る。


「零路の身体は――ボクの兄さんの身体なんだ」


 俺は驚きの表情を浮かべる。


「兄さん?」


「うん。アーク兄さん。月の民だけど、角欠けア・チャイだったんだ」


「角欠け……」


 俺は頭の中で角欠けの概念を想像する。

 即席学習で得た知識によると、角欠けは魔力器官を持たない者に対する蔑称らしい。


「どうやら踏み込んだ質問をしたみたいだな。すまなかった」


 俺が頭を下げると、サリサは首を横に振った。


「零路は謝らなくていいんだよ!こうなったのは全部、ボクに責任があるし…… それに、零路には知る権利がある」


 サリサは苦しげな表情で続ける。


「月は、角欠けにとってとても厳しい社会なんだ。たかが魔法が使えないだけで蔑まれ……家族からも虐げられる……」


 俺はサリサの言葉に酷く胸が締め付けられる。

 サリサの表情は怒りと悲しみに満ちていた。


「アーク兄さんは努力家で、とても優しかったのに……!!兄さんはただそこにいるだけで憎まれた……!!」


 サリサの拳が小さく震える。

 知らない世界の理不尽は、俺が言葉を失うには十分だった。


「ある日、兄さんは政府に連れていかれて――それから二度と目を覚まさなかった。何をされたのかは分からないけど……身体中が酷い傷だらけだった……」


 サリサの目から涙が溢れ出す。


「それでも、ボクは兄さんを見捨てられなかった。だから、兄さんの身体を――ボクが酷い怪我を負ったときの予備の身体としてエヴォルピアに連れてきたんだ」


 サリサの声が途切れ、俯いた。

 涙が静かに零れ落ちる中、俺は言葉を探す。

 何か、サリサの心を軽くする一言を――だが、何も思いつかない。

 俺はただ、そっと彼女の肩を抱き寄せて、彼女の悲しみを受け止めることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る