朱里先生による特訓 其の3~シュート編+おまけ~
「今日は――もうできている部分もあるけど、キックの種類について教えるわ」
朱里はそう言うとボールを持ち、説明を始める。
「まず、一番使うのがインサイドキックね――足の内側で蹴るの。他のキックと比べて威力やスピードは出ないけどコントロールしやすいのが特徴ね。短い距離だったり、正確にパスしたいときに使うわ」
「みんなよく使ってるやつですよね?紅白戦の時は俺も見様見真似でやってみましたけど」
「ええ、見ていたわ。この蹴り方で大事なのはバウンドさせないこと――ボールの中心を押し出すようにして蹴るのが大事ね」
新太は朱里の説明をかみしめ、試しに言われたとおり蹴ってみる。すると、たしかにバウンドの少ないシューっとしたグラウンダーのボールを蹴ることができた。
「さすがね――次はインステップキックね――これは足の甲で蹴るの。一番威力とスピードの出る蹴り方だからシュートや遠くへ蹴りたいときに使うわ」
「……インステップ」
「これのコツはボールに対して足を斜めに入れて足の甲の一番固い部分がボールの中心へ当たるようにすることよ」
「……なるほど」
またしても試してみる。20メートルほど先にいる朱里を目掛けて蹴ったはずが、そのはるか向こうへ飛んで行ってしまった。
「あれ?」
「……パワーがありすぎるのね。一般的には蹴るときに上体を反らせば反らすほど高く飛ぶわ――反対に、上体を被せれば被せるほど低く飛ぶ。君はパワーがありすぎるから低く抑えたいなら、
「……上体を被せて、か」
その後、何度かインステップキックを抑えるように蹴り方を調整しながら試してみたが、どうしてもボールが浮いてしまい目標より飛距離の長いキックとなってしまった。
「――珍しいわね。まっ、こればっかりは反復練習あるのみね」
ここまで輝かしい才能を見せてきた新太であったが、初めて難しさを感じたのであった。
◇
時は少し流れて日曜日、新太は大垣駅の改札前にいた。以前に朱里と約束した、スパイクを買いに行くためだ。
集合時間である10時の5分前になって階段を上ってくる朱里の姿が目に入った。新太は手を振りながら、朱里の方へ歩いていく。
「朱里さーん!こっちっす」
「――ごめん、待たせた?」
「全然っすよ、集合時間前ですし――にしても私服初めて見ましたけどかわいいっすね!髪のシュシュもいつものと感じ違っていいっすね」
朱里は淡いパステルカラーのクロップドトップスにホットパンツというコーディネートで、すらっと長い脚が際立っていた。また、足元のピンク色のスニーカーが映えておりスポーティながらもかわいらしい印象を持たせていた。
「……あ、ありがと――それじゃ行きましょうか。岐阜駅でよかったわよね?」
朱里は新太からのストレートな感想に照れてしまいながらも、それを新太に悟られたくないがために素っ気ない対応となってしまった。
「はい!岐阜駅の近くに大きなサッカーショップがあるらしいんで、そこ行きましょう!」
新太はまったく気にしていない様子でそう返事をすると、2人して岐阜方面の電車に乗り込んだのだった。
◇
サッカーショップに到着すると、2人はウェアやボール、さらには
「前にも話したけど、できれば芝用と土用で2足あったほうがいいんだけど――予算的にどうなの?」
「ばっちりっす!――2足買えるんで、それぞれ選ぶの手伝ってください!」
「――わかったわ」
2人はまず、芝用のスパイクが置いてあるコーナーから良いものがないかどうかを探す。
「なんかおすすめとかないっすか?」
「そうね――」
朱里はいくつかのスパイクを棚から手に取り、新太に渡していく。
「これなんかは結構履いている人が多いモデルよ――あと、こっちもそうね。棚の下にサイズ違いもあるから試し履きしてみて」
新太は自身のサイズの箱を取り出し、朱里が勧めてくれたスパイクを履いてみる。そしてその場で跳んだり、少し踏ん張ってみたりする。
(……なんかしっくりこないんだよなぁ)
朱里おすすめのスパイクは確かにどれも履き心地の良いものだったが、新太の中で何かがしっくり来ていなかった。その後もいくつか朱里のおすすめを履いてみたものの、同じ感想だった。
「……ちなみになんですけど、朱里さんはどれ履いてたんですか?」
「……あたしは――これだけど、ちょっと癖のあるモデルだからあまりお勧めはできないかも」
「――履いてみますね」
新太は朱里が使用していたモデルのスパイクを取り出し、試し履きをしてみる。すると、今までのスパイクでは感じられなかったしっくり感を抱いた。
「――これにします!土用のも、このモデルで」
「――えっ、ちょ、ちょっと!?それはさすがに――」
「これがいちばん良かったっす!」
「……それでうまくプレーできなくても文句言わないでよ」
「うっす!」
朱里は素っ気ない態度ながらも、内心は自身がかつて使っていたのと同じモデルを選んでくれたことに喜びを感じているのであった。
◇
無事にスパイクを購入し終えた2人は、岐阜駅内のカフェで遅めの昼食をとり、せっかく岐阜まで来たのだからと少し駅周辺をぶらついた後に帰宅の途についた。
「今日はありがとうございました!明日からこれ履いてより一層頑張ります!」
大垣駅に戻り、改札を出たところで新太が改めて朱里に礼を述べる。
「こちらこそ――その、楽しかったわ」
朱里も顔に笑みを浮かべてそう返す。そのまま解散の流れになるかと思ったその時、新太が思い出したかのように鞄から小さい紙袋を取り出す。
「あ、そうだ――これ、お礼っす」
「え?」
「さっきスパイク買うときレジ横に売ってたんで、今日のお礼ってことで」
朱里が紙袋を開けると、中にはミサンガが入っていた。
「いらなかったら捨てるか、キャプテンにでも渡してください!」
「――っ!そ、そんなことしないわよ!ありがたく受け取っておくわ!」
「ありがとうございます!それじゃ、また明日部活で!」
「ええ、また――」
そう言って朱里は駅からロータリーへ続く階段を下りていく。ふと、なんとなく後ろを振り返ってみるとそこには新太が笑顔で手を振り続けていた。ばっちりと目が合っていしまい、咄嗟にばっと前に向き直る。朱里はいつもより少し早まった心拍を落ち着けようと深呼吸しながら、ゆっくりと階段を下りて行った。その顔には夕日のせいなのか、薄く朱がさしていたのだった。
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