紅白戦 後半パート1

 5分のハーフタイムはあっという間に終わり、両チームの選手たちがそれぞれピッチへと入っていった。

 1年生チームは2人の選手交代が行われたが、上級生チームはメンバーの交代はなく前半と同様の顔ぶれだった。

 

 後半開始のホイッスルが響き渡る。後半は上級生チームボールで開始する。キックオフで斉藤から最終ラインの康太まで戻されたボールに対して1年生チームは遥を含む前線から一気にプレスをかけていく。所謂いわゆる、ハイプレスというやつだ。前半はセーフティな意識から引いて守る、リトリートと呼ばれる守り方をしていたが負けている状況なら守りでも攻め気でいくしかないという遥の理論に皆が賛同した結果、ハイプレスが採用された。

 前半とは異なる守り方に少し面を食らったものの、康太は落ち着いてボールをサイドに散らし、チームメイトにプレスを掻い潜るようコーチングをしていく。


(――よし、まずは最初の関門は突破した)


 遥はピッチを見渡しながらほくそ笑む。このハイプレスの本当の目的は後半早々にマンマークと悟られることなく、新太を長谷川のマークに付けることだった。リトリートだと新太のマンマークがあからさまになってしまうため、長谷川に警戒されてしまうが、ハイプレスの場合は選手が全体的に高い位置となり、中盤の長谷川に対して同じく中盤の新太がマークにつくことは自然に思われる。


 そしてその時は訪れる。上級生チームがハイプレスを掻い潜り、前半と同様に新入生のディフェンスを崩そうと長谷川にパスを出す。長谷川はゴールに対して半身の状態でパスを受けると、猛プレスに来た新太を視認する。


(交代で入った――猪突猛進型か……? プレスの速さはいいが、甘いな――)


 長谷川はそう思い、トラップした右足のアウトサイドでボールを突き、プレスに来た新太の股を通して躱す。そのまま前線の斉藤へパスを出そうとしたところで目の前に黒い影がよぎり、気がつけばボールを奪われていた。


「……は?」


 それは今しがた完ぺきに交わしたはずの新太であり、そこにいるはずがないという思いからでた感嘆であった。

 長谷川の思う通り、普通は股を抜かれた場合抜いた方より先に反応しボールへ触れることはない。しかし、新太は股を抜かれた瞬間にすでに体が動き出していた。天性の身体能力――遥が新太を天才と称した理由の1つがこれだった。


「よっしゃぁ!――後は頼むぜ!まこっちゃん!!」


 新太はそう言うと奪取したボールを即座に誠にパスする。

 誠はピッチのほぼ中央辺り――フリーでボールを受けるとダイレクトであらかじめ位置を確認していた遥の足下へと全力のパスを出した。そのパスは中学時代、味方にトラップできないからと言われた程、球足が速く鋭いパスではあるが、ほぼバウンドしない下回転のかかった綺麗なパスだった。


「――ナイスパス」


 遥はそう呟きながらそのパスを右足のアウトサイドでトラップする。ボールのスピードを完全に殺した絶妙なトラップだった。パスを出した誠を始め何人かの選手はそのトラップを見て鳥肌が立ったほどだ。

 そして遥はそのままドリブルを開始する。遥のマークに付いていた棚橋は遥のトラップミスを狙っていたため遥から見て斜め前にポジショニングしていた。そのため遥の前に縦のスペースが空いており、そこに向かって一気に加速し、棚橋を置き去りにする。


「は、はやっ!?」


 棚橋が思わずそう呟くほどのスピードだった。そして、棚橋を躱した直後に攻撃へ参加しようと高い位置をとっていたサイドバックの吉井とマッチアップする。

 吉井は遥から高い位置でボールを奪おうと足を出すが、遥は鋭く深いダブルタッチであっさりと躱しゴールへ向かい斜めにドリブルのコースを取った。


「おい、吉井!軽いぞっ!」


 吉井のプレーを叱責しながらもボランチの古川がカバーに入る。遥はそれを見てまるで中盤や逆サイドにパスコースを探すようにして少しスピードを落とす。


(……パスか?)


 そう思った古川はパスコースを切ろうと遥に合わせて減速する。その瞬間――またしても遥は一気に加速し、先ほどと同様に古川をも置き去りにした。

 それを見た悠里はファーサイドに流れるように斜めに動き出す。これにより康太は遥のドリブルを止めるか、悠里のマークを続けるかの択を迫られた。

 逡巡の末、康太は悠里のマークをもう1人のセンターバックである工藤に託し、自身は遥のドリブルを止めるべくマッチアップの体勢に入った。

 遥には悠里へのパスという選択肢があったが迷わずに康太との勝負を選択した。康太との間合いがじわじわと縮まり康太が一呼吸を入れたその瞬間――遥はさらに縦に加速する。コンマ数秒遅れて康太が反応すると、遥は縦への加速を急停止しアウトサイドでのダブルタッチで康太をいなしながら躱す。


「……くっ――」


 康太はその急激な切り返しについていけず体勢を崩してしまう。堪らず飛び出してきたゴールキーパーの後藤も股抜きで躱すと、遥は無人のゴールへそのままドリブルでゴールした。


「よし――まずは1点!逆転するよ――」


 遥のドリブルを目の当たりにした皆が言葉を失いピッチが静寂に包まれる中ら遥はそう言うとゴールしたボールをそのまま手に持ち走ってセンターサークルまで戻っていく。それを見て新入生チームの皆もつられるようにはやく試合を再開しようと自軍へ戻っていく。


 上級生チームでは、康太が切り替えろと声を掛けているものの激しい動揺が見られた。そんな状態で試合が再開される。


 ここからは前半とは打って変わり新入生チームの時間帯となった。長谷川が新太を意識しすぎているためなかなかボールを受けられなくなり、新入生チームのハイプレスを上級生チームが躱せなくなった。なんとかエースである斉藤へと中途半端になったボールを武藤が回収しすぐさま遥の前のスペースへフィードする。それを受けた遥は再びドリブルで吉井をあっさりと躱すと、警戒して早めにプレスに来た古川と康太を嘲笑うかのように悠里へのスルーパスを供給する。

 パスを受けた悠里はトラップ1つで工藤のマークを剥がすと、そのまま得意の左足を振り抜きゴール右上に突き刺さる。スコアは3-2となった。

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