紅白戦 ハーフタイム
前半終了を告げる笛が鳴り響いたところで、数原と共に坂の上から観戦していた朱里は録画していたカメラに近づき、一時停止ボタンを押下した。
「――さて、前半は3-0ですか。朱里さん、元世代別女子日本代表の貴女から見てどうですか?」
数原が朱里にそう問いかける。その言葉の通り、朱里は女子サッカー界では有名人であり、小学生の頃から世代別代表に選出される程の実力者であった。
しかしU-15の国際大会にて膝の前十字靭帯を完全断裂する怪我を負ってしまう。競技復帰を考えると手術が必要になるが、今回の怪我で本人の中で何かが吹っ切れたようで、競技から身を引く決意を固めて今に至る。
「――もうっ、昔のことで茶化さないでください!試合は、……1年生チームはよくやってると思います」
「なるほど……」
「まがりなりにも、昨年度G2リーグを制覇したメンバーに対して連係も何もない状態で、3失点で済んでいるのはすごいです」
「そうですね――私も同意見です。ちなみに、気になった選手はいますか?」
数原は朱里へさらに問いかける。
「即戦力と呼べる1年生は今のところ3人かなと思います」
「なるほど、なるほど――それはどなたです?」
「まずは甲斐くんですね。名古屋ユースに内定していたというのは伊達じゃなさそうです。ディフェンスの時間が長い試合なので、あまり目立ってはいませんがボールを受ける駆け引きやボールを持った時の技術は上級生よりも高いものを感じます」
「同意です――なにより貴女のお兄さんがあれほど警戒しているということが甲斐くんの凄さを証明していますね」
朱里は数原の言葉にこくりと頷く。
「次に山田くん――本人が自己紹介で言っていたように身長に不安はありますが、コーチングやセービングの技術は相当高いです。後藤先輩には申し訳ないですが、ゴールキーパーとしては山田くんの方が圧倒的に優れています」
「たしかに……彼がゴールキーパーでなければ少なくとも後2、3点は取られていたでしょうね」
「最後に、武藤くんですね。彼も身長の低さが不安点になりますが、ディフェンスの技術やフィードの安定感は素晴らしいと思います」
「そうですね――マッチアップしているのが上級生チームのエースである斉藤くんということを加味しても素晴らしいディフェンスだと私も思います」
「……先生は他に気になる選手はいましたか?」
今度は逆に朱里が数原に問いかける。
「……即戦力というわけではないですが、杉浦くんは興味深いですね」
「……意外ですね」
「彼――この試合はでのパス成功率が今のところ100%のはずです。それに警戒されている甲斐くんへも3本パスを通しています」
朱里は前半を思い返し、たしかに杉浦のパスはよく通っていたなと思った。杉浦はバックパスばかりというわけではなくサイドや前線にも質の高いパスを出していたのだ。
「まぁ、ディフェンスがお粗末すぎるのでその点は要改善ですが――あのパスセンスは魅力的ですね」
数原は笑みを浮かべながらそう言う。ディフェンスがお粗末という点は朱里も感じていたところであったため、彼女は苦笑いを浮かべる。
「さて――後半はどうなりますかね。このままズルズル失点を続けるのか……それともなにか変えてくるのか……」
数原はそう呟きながら新入生チームのベンチに目を向けるのだった。
◇
場所は変わって新入生ベンチ――そこでは悲壮感が漂っていた。スコアは3-0なのだが相対している選手たちからするともっとボコボコにされている感覚だった。ディフェンスに追われているため中盤より後ろの選手の疲労も濃くなっていた。
そんな中、凌はそれぞれ皆に励ましの声かけや細かいアドバイス等を行っていた。だが後半を戦うビジョンが見えず同時に焦りも感じていた。
(くそっ――このままじゃ後半もサンドバッグ状態だ……何かを変えねぇと……)
凌がそんなことを内心思っていると不意に遥から声を掛けられた。
「凌くん、あのさ――後半から僕と新太くん出てもいい?」
「お前はともかく、新太もか? 初心者なんだろ?」
「さっきアップしながらプレーを確認したけど――新太は
そう言い切る遥かに凌は怪訝そうな表情を浮かべる。
「もちろんまだルールとかはあやふやだから――新太には長谷川さんにマンマークに付いてもらおうと思ってる」
「……そんなことできるのか?」
「できると思うよ――そうすれば武藤くんは斉藤さんに専念できる。吉井さんは僕に任せて――左前で出してくれればなんとかできる算段はあるよ」
遥の言っていることにはなんの根拠もないため凌はどうするべきか悩む。しかし代わりの案が浮かぶわけでもないためもはや起爆剤を投入する覚悟で遥の案を了承する。
「わかった――お前は翔と変える。肇を右ウイングにして、左ウイングに入ってくれ。新太は剛と交代して、長谷川さんのマンマークでいいんだな?」
「うん――新太くんにはもうやること伝えてあるから大丈夫」
遥はそう言うと凌の下を離れて、今度は誠へと話しかける。
「誠くん!」
「は、はいっ!?」
「君のパス凄いね――でも……ちょっと
「――っ!?」
「後半僕が入るからさ――僕には手加減なしのパスで大丈夫だから、よろしくね!」
遥の圧に屈した誠は渋々ながら頷いた。
そして――運命の後半が始まるのだった。
『新入生チーム』
木ノ下、鈴木 OUT
七海、丹羽 IN
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