第7話 耳ついてんのかカスボケコラァ!
クララ誘拐事件の数日後。
「っ……なんで馬面が乗ってんだよ」
「俺のセリフだそれは。なんで俺がここに乗らなきゃいけないんだよ」
「じゃあ今すぐ降りてお前が馬車引け馬面」
「あ? いいぜやってやんよ、ただし行き先は地獄行きだけどなぁぁあ!!!」
「上等だオラァ!!!」
街道を走る馬車に揺られながら、俺はうんざりとした顔でメレンと向かい合って座っていた。
どうしてこうなったのか。こうなってしまったのか。そのすべてを語るためには、時計の針を数日前に戻す必要がある。
そう、あれは確か、グラディウスのやつがクララを攫った理由を話し始めた時だ――
◆
「……私には許嫁がいるんだ」
「さっき聞いたよそれは」
あわやどこぞの馬の骨とも知れねぇ奴にクララが嫁いでしまうような妄想で死にかけていた俺は、それが誤解であることを知って何とかギリギリ三途の川を渡らずに済んだところから話は始まる。
「俺が訊いてるのは、だからお前がなんでそこまで強行してクララを攫おうとしたかって話だ耳ついてんのかカスボケコラァ!」
「兄貴、口悪すぎ」
いいんだよクララ。こいつはクララを攫おうとした男なんだ。そんな奴にかける情けなんて朝食のパンにでもかけてしまえばいい。きっとはちみつよりも甘いことだろうよ。
「関係がある話なんだ! だから、少しだけ聞いてくれ……」
「……わかったよ」
クララの言葉もあって俺は、おとなしくグラディウスの話を聞くことにした。
「私には許嫁がいる。テレアという名前でな。幼少期からの付き合いで、それはそれはとても可愛らしい人だ……」
可愛らしい、か。それはきっと、とても可愛らしいのだろうけど、流石にクララのいる俺には響かない言葉だ。それがどれだけ可愛らしい相手だったとしても、絶対にクララの可愛らしさに勝ることはないのだからな。
ん、まてよ? つまりこいつは、俺のクララの可愛さになびかなかったってことだよな? ぶち殺してやろうか――ッと危ない危ない。今は話を聞くフェイズだ。話の腰を折ってしまっては、またクララに怒られてしまう。
「兄貴、変なこと考えないでちゃんと聞いててよ」
「なにっ!? まさかクララのことを考えていたのがバレていたのか! 流石は俺の妹だ!」
―バシッ!
ビンタされてしまった。話の腰を折る気配を感じたらしい。しかし素晴らしいびんたであった。百点満点中五千光年と言ったところか。
「は、話を戻すけど、俺には許嫁がいるんだ……ただ、父様の意向でね。私には一つ歳の違う兄弟がいるのだが、私と兄上、当主を継いだそのどちらかに、許嫁のテレアをやると言うんだ」
「父様ってのは、さっきお前が名乗ったときに言ってた、大騎士何たらっていう人か」
「ああ。大騎士グレグシオン・シグレッド。偉大なる我が父だ。この名を知らぬわけ……いや、あんたなら知らないんだろうな」
「生憎とな」
俺の生きがいは家族を養うこと。それに、どこぞの大騎士様の名を知っている必要なんてない。だから知らない。知りようもない。
「父様は戦功によって成り上がった貴族だ。だから周囲の視線も厳しく、上流階級との強いつながりを求めている」
「それが許嫁ってやつか」
「ああ、そうだ。テレアはユーヴァス伯爵の第四女。伯爵は国の軍部に顔の利く父上のコネが欲しく、貴族とのパイプが欲しい父上にとってはこれ以上ない好機である以上、テレアとの婚約は確定事項だ。だが、それはシグレッド家当主との婚約でなければ意味がない」
ユーヴァス伯爵と言えば、このあたり一帯を取り仕切る大貴族だったはずだ。確か、俺が居た村――ペレクトールも、その伯爵の領地にあたる場所だったはず。その領地は広大で、顔も広いとかなんとか。
んで、グラディウスの親は、自分の子供と伯爵の娘を政略結婚させることによって、家同士のつながりを強くし、貴族としての基盤を安定させようと画策している。ただし、相手は伯爵。上流階級の大貴族。いかに娘と言えど、家の当主の正妻にでも据えなければ、失礼に当たる、と。
なんとなく話が見えてきたな。
「ってーとあれか。今まさに世界を滅ぼさんと勇む魔王軍。その牙城を穿つ希望の星たる勇者を見つけてきたって功績で、父親と同じく軍部で顔を広めて、当主の椅子に座って、ついでに伯爵の娘を娶ろうって話か」
「……まったくもって、その通りだ」
なるほどなるほど。だから彼にとって、魔王軍や勇者を探すことはどうでもよくて、とにかく家を継げるような大きな功績が欲しかったわけか。
「はっきり言って、我が兄は屑だ」
「言い切ったなぁ、おい」
うつむきがちに、彼はそう吐き捨てた。
「騎士として知られた父の名を使い、日夜女の尻を追いかけて夜遊びに浸っている。そのくせ、戦いに関しては父様の才を最も色濃く受け継いでいるのだから、手が付けられない」
「対するお前は、そんな兄貴に敵わないでいる、ってわけね」
「……我が家は父様が戦功で成り上がったこともあり、実力主義の色が強い。それでも私が兄と互角の継承権を持てたのは、ひとえに爺やのおかげなのだが……なれど互角。私一人では、到底敵わない」
ちなみにその爺やとやらは、俺のパンチによって伸びているところだ。一応、応急処置はしてある。クララが。
それでも意識が戻ってないのは仕方がない。かなり強烈な一撃をお見舞いしたからな。一晩は起きないだろう。当然だ。そのつもりで殴ったから。
「もしも私が当主争いに負けてしまえば、テレアは兄の妻となってしまう。だが、兄にテレアを幸せにするつもりなど毛頭ない。婚約してすぐに当主としての権利を使い、家を娼館紛いの穢れた寝床にすることなど、火を見るよりも明らかだ」
そう言ってこちらを見た彼の目には、決意の火が宿っていた。
絶対に曲げることのない覚悟の炎。それはともすれば、必死とも呼ぶのだろう灯だ。
「だからどうか、私に勇者を連れて行かせてくれないか!!」
そう言った彼は、土下座をしてまで俺に頼み込んできた。
どうしようかと思案する俺。とりあえず俺は、こいつが下げた頭でも踏んでやろうか――と思ったその時だ。
「そ、そんな悲劇の恋愛が……何でも言って! 私、あなたたちの恋のために、いくらでも手伝うわ!」
その時、頭を下げるグラディウスの手をクララがとった。
「おい、クララ。俺は反対だ」
もちろん俺は反対だ。こいつが、クララを利用するために口八丁を使っている可能性だってあるのだ。だから、俺はクララを止めようとしたけれど。
「でもさ、兄貴。この人の事情はともかくとしても、魔王軍ってのが迫ってるのは本当のことなんだよね」
「……らしいな」
「それで勇者が必要なのだとして、魔王軍を倒すのに勇者が必要なんだとして、そんな勇者が私だったとしたのなら。だったら私は、勇者として戦いたい。それで救える人があるなら、そのために私は戦いたいの」
そんな風に、クララに言われてしまっては俺も強くは反対できない。
魔王軍がどんなものなのかは知らないし、本当にクララが勇者なのかも怪しいけれど。それでも、そこまで強い意志で語るクララを、俺は否定することなんてできなかった。
お兄ちゃん、クララのためなら我慢するよ。
ぐすん。
◆
そうして、翌日にはクララの都市行きが決まったのだけれども。
「いかーん!! クララ一人の旅路なんて危なくて行かせられるわけあるかボケェ!! 可愛いクララを襲いたいって連中が何人いると思ってんじゃァ!!」
と俺がクララの旅路に同行することが決まり。
「なーんで俺がこんなクソシスコンを止めるために派遣されなきゃいけないんだよ! っていうか牛角人の怪力でも止まらねぇ人間って普通に考えておかしいだろ!!」
俺のお目付け役としてメレンの動向も決まり。
「わーい! お外、お外! お姉ちゃんみんなでお外に行くの楽しみ! ふっふふっでゅへへへへ……く、クララちゃんと一緒の旅だ!」
そしてついでとばかりに、クララの世話役としてメレンの姉、フロウの動向も決定した。
こうして、クララと共に村を――ペレクトール村を発つ愉快なパーティは結成されたのであった。
そして話は冒頭に戻る。
「そうだな。とりあえず馬面。お前がいるのはいいとして……なんでお前の姉貴もいるんだよ」
「馬じゃなくて牛だって言ってんだろ。……知るかよ。そっちも村長の采配だ」
どうしてメレンのような邪魔者が同行するのかについては、この際はおいておこう。問題は彼の姉、フロウだ。
牛角人という名の通り立派な二本角を持つ彼女もまた、クララの旅路に同行する一人である。
なぜ彼女がついてきたのかと訊かれれば、それが俺たちの村の村長の采配だからというしかないだろう。
村長は、クララが一人旅をするよりも俺がついて行く方が心配が多いとかふざけたことを言っており、そのためにメレンとフロウの二人がついてくる運びとなった。
ただし、大きな問題が一つ。問題というか、疑惑というか。ともかく、見過ごすにはあまりにも大きな不安要素が一つある。
ちらり、と俺は馬車の後方に座っているクララたちを見た。
「ふ、ふふっ……ねぇクララちゃん……あ、頭触っていいかな……ぐふっ」
「ん? いいよ」
「あ、ありがとう! ふ、ふふふふ……白くて、サラサラで、綺麗な髪ですぞ……! へ、へへっ!」
クララの世話役としてついてきたフロウだけれど、なんだか挙動不審なのだ。同性同士だからと見過ごしているけれど、前々から彼女には俺の危険センサーがビンビンと警報を鳴らしている。
だからと言って、百パーセントの善意でこの旅路についてきてくれている以上は(加えて昔に隣人として彼らの家には世話になっている)、無理やり追い返すわけにもいかない。そもそも、グラディウスのやつとは違って、彼女はまだ何もしてないのだ。まだ――
「ああああああ!!」
「どうしたシスコン!」
「くっ……おい、馬面! お前の姉貴は本当に大丈夫なんだろな!?」
「……大丈夫、なはずだ!」
「はずってなんだよはずって! 見ろよ、あの顔! あのクララの髪をなでる時の顔を! あんな顔、俺は森の魔物たちでしか見たことねぇぞ!! つーか俺なんて、最近は撫でさせてくれすらしないんだぞ!!」
「知ってるか、クレス。女はな、みんなろくでもないんだ……」
「なんだよその悟り切った顔は……!! あとその狭い価値観に俺のクララを入れるんじゃなぁあああああい!!!」
「兄貴うるさい」
「くっ……!!」
くそう。こんな間近でフロウの野獣のように気味の悪い声を聞かされていると頭がおかしくなってくる! 早く、俺が耐え切れなくなる前に早く街についてくれ……!!!
「そういや、お前んちのペットってどうすんだよ」
と、ここで思い出したかのように、メレンがそんなことを訊いてきた。
確かに、普段の俺を知る人間ならば、家で飼っている溢れんばかりの家族たちのことは気になるだろう。ただ、今回ばかりは問題ない。今回というか、最近はというか。
「あいつらなら家だよ。昔はそりゃ忙しかったが、今となっちゃ年長組が利口になってくれたからな。若い連中をまとめてくれるし、いろいろ教えたから、腹が減ったら森に入って自分で獲物を狩ってくる。俺も鼻が高いってもんよ」
「……つくづく、やっぱお前んちのペットおかしくないか?」
「愛のなせる業というやつだ」
もちろん、数週間は食べ物に困らないように保存食はしっかりと用意しておいたし、そうでなくとも年長組が上手いこと家族たちをまとめてくれるだろう。だから俺も、安心してクララの旅について行けるというものだ。
「お、そろそろだな」
「街か!?」
馬車の前の方に座っていた俺たちは、御者台の方から顔を出して、馬車前方に乗り出してみれば、草原の先にそこそこの広さの街が見えた。白い漆喰と赤い屋根が特徴的な街だ。
けれど、あの街は残念ながら俺たちが目指す街ではない。
俺たちが目指すのは、この街を経由してさらに先にある、シグレッド家の領地にある街だ。だからこの街は、その街に行くための中継地点。
街の名前はクイホーテン。
まずはここで、一足先にクイホーテンに居るグラディウスたち合流する予定だ。
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