第5話 グッバイだぜ馬の骨ども



「なかなかの力自慢でしたが、わたくしが編み出したこの魔法、『生前葬アンティークハウス』の前には形無しでしょう」


 執事然とした爺やはそう言いながら、クレスを埋めた穴に、さらに念入りに土をかぶせた。自分が仕えるグラディウスの実力の程度は知っている。だからグラディウスを容易く蹴散らせる手合いが世界には多くいることも、彼にとっては承知の事実だ。


 クレスもまたその一人、と思う。ただ、地面に埋めてしまえば関係ない。それも地下数メートルもの深さへと落とし、生き埋めになればどんな猛者だろうが手も足も出ないのは、彼の老練の経験が語る事実だ。


 大自然の力に、人の力など些細なものだ。


「さてでは、そちらのお嬢さんも拘束いたしましょうか。なに、暴れさえしなければ乱暴なことはしませんよ」


 それから、彼が手に持った杖を振れば、今度はクララの両腕を土くれのような重しが覆いつくす。それは鉛のように重く、クララの動きを制限する――


―ぱきゃ。


 と、思いきや。腕につけた土くれは、クララのパワーにあっさりと破壊されてしまった。これでも爺やの土くれは、鋼鉄のような硬さを誇るのだけれど、どうやらクララの怪力を前にしては、飴細工と変わらない拘束であったらしい。


 けれども、それを見た爺やは、天を仰いで満面の笑みを浮かべていた。


「……素晴らしい」


「うわきも」


 クララが思わず罵倒してしまうが、気にした様子もなく爺やは言う。


「坊ちゃま! 見ましたか今のパワー! 我が拘束すら簡単に解いてしまった!! 彼女こそが、予言に言われた勇者でしょう!」


 年甲斐もなくはしゃぐ爺やは、興奮冷めきらぬ様子でグラディウスへと語りかける。そして最後に、彼の耳元へとささやくのだ。


「これで次期当主は、坊ちゃまで決まりですな」


 国が血眼になって探す勇者。

 どんな手段であれ、それを連れてきたとなれば大きな功績だろう。それこそ、グラディウスが大きな出世を果たすことができるほどには。


 だから、グラディウスは、


「ついてこい。さもなければ……どうなるかぐらいはわかるな」


 グラディウスは、ペットたちへと剣を向けた。

 彼の剣はともかく、彼のお付きの爺やが、凄腕の魔法使いであることは証明されている。爺やの手にかかれば、クララの家族たちを一匹一匹、埋葬していくことなど造作もないことだ。


 だからクララは、両手を上げて無抵抗をアピールした。


 それから、彼女は村のはずれに止めてあった馬車に連れて行かれてしまった。ペットを人質に取られていることもあって、クララは大人しく従うしかないのだ。


 けれど、馬車に乗り込んだ後で、彼女は世間話をするような調子でグラディウスへと話しかけた。


「グラディウス……さんだっけ?」


「なんだ?」


 馬車の荷台は、両端に椅子がついている。だから、クララとグラディウスは、向かい合うように座っていた。


 爺やは馬車の御者となって、手綱を握って馬車を走り出させたところだ。だから荷台には、二人しかいない。


「昔ね。ちっちゃいころ。兄貴は約束してくれたんだ。私を絶対に守ってくれるって、そう言ってたんだ」


「……そうか。だが、その兄貴はもう死んだよ。爺やが埋葬した。あれはただ埋めただけじゃない。魔法で強化された土の棺の中に閉じ込めてあるんだ。彼がいくら怪力だろうと、開けられるもんじゃない」


 爺やの魔法を一番身近で見てきた男は、既にクレスの死を確信していた。なにせ、爺やが魔法で固めた土は、そこら辺の鉄なんかよりも硬くなる。それを打ち破った人間なんて、彼は見たことがない。


 そう、思っていた。


「でも、さっき私が壊したよ」


「……だから、なんだっていうんだよ」


 そうだ。この女は、爺やの土をいともたやすく破壊した。ただ、グラディウスはそれに違和感は感じない。なにせ、彼女は救国の勇者になるのだから、むしろそれぐらいやってもらわなくては困る。


 そう、思っていたけれど。


「兄貴、私より全然強いから。気を付けた方がいいよ、グラディウスさん」


「なに……?」


 勇者より、強い? 

 そんなはずが――。


 ――その時、その思考のすべてをぶち壊す事態が起きた。


 大地が、揺れた。


「なっ……!!」


 地震だ。大地を支える岩盤そのものが揺らされたような激震が、グラディウスたちの乗る馬車へと襲い掛かった。


 突然の馬たちはパニックを起こし、道を逸れてしまう。そしてついには、手綱を引きちぎってどこかへと言ってしまった。


 馬車は止まった。


 止まってしまった。


「爺や、なにが起き……っ!!」


 何が起きたのかを確かめに、グラディウスが急いで馬車を下りた。ただし、降りてすぐに彼の動きはピタリと止まってしまう。


 なにせ、そこには。


「お前……な、なんで、生きて……」


 クレスが、立っていたのだから。


 恐ろしいまでの殺意を振りまきながら。


「グッバイだぜ馬の骨ども」


 お兄ちゃんはそこに居た。

 

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