第4話 俺はな、お兄ちゃんなんだよ


「おい、クララ。みんな連れて下がってろ」


「気を付けてねー」


 グラディウス・シグレッド。

 こいつがどこの馬の骨かは知らないが、俺の妹を力づくで連れて行こうってんなら容赦はしない。ベルフィを投げ捨てた分も含めて、こいつにはた~っぷりとお灸をすえてやらなきゃいけない。


 だからとりあえず、クララたちを下がらせて俺は拳を構えた。


「……剣は持たないのか?」


 ただ、グラディウスは武器を持たない俺を見て、怪訝そうな顔をした。そりゃそうだ。相手は剣を持ってるのに、こっちは拳。分が悪いにもほどがある。


 それに相手は鎧を身に着けている。チェストプレートに籠手に脚甲。最低限の守りだけれど、堅牢な防壁だ。


 それでも俺は、拳で挑む。


 なぜかって? 

 そりゃ、決まってる。


「俺はな、お兄ちゃんなんだよ」


「……はぁ?」


 俺はお兄ちゃんだ。

 それはつまり、妹に背中を見せられるぐらいに立派な人間じゃなきゃならねぇ。どんな人間にも優しく、慈悲深く、素敵な男であれってことだ。


 わかったか馬の骨ェ!!


「人なんか殺してクララに嫌われたらどう責任取ってくれるって話だよォ!!!」


 あ、いけね。本音と建て前が逆になっちまった。

 まあいいや。


「武器なんか持った日にゃお前なんて目じゃねぇんだわ。だからさっさとかかって来いよ、次男坊さんよ!!」


「くっ……舐めやがって!!」


 俺の挑発に見事激昂したグラディウスは、剣を両手で握りしめて戦闘態勢に入った。剣を正眼に構えたその姿は堂に入っていて、それだけで彼がいっぱしの武芸士であることは一目瞭然だ。


 だが、


「おせぇよ」


 彼が構える間にも、俺はグラディウスへと肉薄していた。


「なっ……!!」


 ぎょっとするグラディウス。けれど、ちんたらとしている彼に先手などとれるはずもなく、俺の右ストレートを合図に戦いは始まった。


「オラァ!!」


 右ストレートを、わざわざチェストプレートの上へと放つ。ただそれだけで、彼の胸部を守っていた鎧は陥没し、その体が数メートル先へと吹っ飛んでいく。


「な、なんつー……パワーだ……」


 転がったグラディウスは、這いつくばりながら俺を睨んだ。だから俺も、睨み返して言ってやった。


「はっ! こちとら二十匹以上ペット飼ってんだ! こんぐらい鍛えてなきゃ体がぶっ壊れちまうんだよ!」


 朝、どれだけ早く起きて狩りに言ってるかわかってんのかアァン!? 大所帯の食費を賄うために狩人紛いのことやってんだぞこちとら!!


「き、鍛えてってなぁ……そんなわけ……あるかぁ!!」


 流石はグラディウス。大騎士の次男という名乗りは伊達ではなく、今の一撃で倒れてしまうような男ではなかったらしい。


「な、情け……でもかけてるつもりか?」


 剣を杖代わりに立つ彼は、そんな風に俺を睨む。さっきよりも、より強い睨みだ。ただ、日々森の中の獣たちとしのぎを削っている俺からすれば、猫に睨まれているようなもの。うちの猫の癇癪の方が、百倍恐ろしい。


 だからはっきりと言ってやった。


「そうだよ。弱いやつは、情けを掛けなきゃ死んじまう」


 彼の足はフラフラで、とても戦えるようには見えない。だから俺は追撃しない。弱い者いじめは、趣味じゃない。


「……がって」


「あん?」


「いつも、いつもいつもそうやってバカにしやがって!!」


 睨みを超えて、彼の顔は憤怒に塗れている。怒り狂っている。


「私は情けなんて、必要してない!!」


 彼はもう一度、剣を強く握りしめた。今度は正眼の構えもへったくれもない、素人のような構えだ。


 隙だらけだ。斬りかかってきたところを、足を引っかけて転ばす。簡単なこと。目を瞑ってたできる。


「うがぁっ……!!」


 転んだグラディウスは、受け身も取れずに倒れこむ。それはまるで、地面と正面衝突したような転倒だった。彼の顔から鼻血が飛び出すのも当然だ。


 もう、勝負は決したも同然である。


「ああ、くそ……くそ……」


 ついには涙も流し始めたグラディウスは、言った。


「やはり私には……お前が、必要みたいだ爺や……――」


「あ、爺や?」


 爺や。それは老人を指す言葉だけれど、この場のどこにもそんな老人はいない。はずなのに。


「ようやくわたくしめをお呼びしましたか、坊ちゃま」


 そんなしわがれ声が、突如として俺たちの戦いに割って入ってきた。と、同時に。


 俺の視界が、下へと沈む。


「なっ……にが……?」


 下へ。下へ。下へ。

 俺の足元に、穴が開いたんだ。ぽっかりと、人一人が沈むほどの大穴が。それのせいで、俺の体が地面に落ちていく。穴の底へと、深くへと。


 穴が開いたのに気づくこともできなかった。相手に優秀な魔法使いがいたらしい。 


「まったく、貴方はまだ未熟ですから、わたくしめを同伴してくれればこうもしてやられることもなかったというのに……」


「私は……私には、兄を超えるという使命があるのだ! そのためには、王の勅命を一人でこなすほどの実力がなければいけないんだ!」


「わかっておりますとも」


 穴の外から声が聞こえる。けれど、穴が狭すぎて思うように身動きが取れない。しかも、俺を囲むはただの土じゃない。土のはずなのに、鋼鉄みたいな硬さをしててる。してやられた。早く、でないと。


「ほうら、邪魔者は消えましたから。あとはあの少女を連れ帰れば、貴方の功績となりましょう」


「そう、だな……早く帰って、浴びるように酒を飲もう」


 少女を、連れ帰る。


「おっと、その前に」


 俺の全身に力が入る。俺がここで動かなきゃ、クララに危険が迫るとわかり切っているから。だから、俺は全身全霊で穴から這いあが――


「こういうものを、臭いものに蓋、と呼ぶのでしょうね」


 俺が見上げる穴の色が黒く染まった。

 誰かが上から、土をかけたのだ。俺を埋めるために。


 しかも、足元がさらに深く潜っていく。どんどんと、地中奥深くへと俺の体は潜っていく。身動きが、取れなくなっていく。


 相当な魔法の腕だ。こうも繊細に世界に影響を与えるだなんて、とんでもない術士のはずだ。


「……なんて、言い訳にもならねぇんだよ――」


 俺の体が、土に埋まる。

 世界が暗く、落ちていく――


 俺は地面に埋められた。

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