第3話 クララのお兄ちゃんは俺一人で十分だこらぁ!!
「ぎゃぁああああああああ!!!」
「む」
御触れが発布されてから三日後。特になんてことはない日常を謳歌していた俺が、いつも通りクララたちと一緒に家の中で昼食をとっていると、外の方から叫び声が聞こえてきた。
「お客さんかな」
スプーンを口に咥えながら外の様子を気にするクララ。座ったまま窓の方を見ようとして、こてりと体を傾けている姿がまた愛らしい。
しかし、今の悲鳴はただ事ではなさそうだったので、昼食を中断して外の様子を見に行くことにした。
「あ、私も行く」
クララもついてきてくれるらしい。そしてクララが立ち上がると同時に、飼い犬飼い猫たちもすくりと立ち上がった。俺には心強い味方がたくさんいるようだ。
そんなわけで外に出てみれば――
「なんだ……この怪物はッ!?」
外で遊んでいた家で一番大きな飼い犬のベルフィに向けて、剣を向けている男がいた。ので、とりあえず男の方を殴る。
「てぇやー!!」
「な、なんだー!?」
お、すごい。完璧に不意打ちだと思ったのに、剣の腹で防いで対応しやがった。かなりやれる人間のようだ。
彼は俺の拳を受けた後、ぴょんっと後ろの方に飛んで俺と距離を取る。その佇まいは、やはり戦い慣れた人間のそれだ。
明るい金髪が特徴的な男だ。まるでどこぞの兵士のように、鎧で武装してやがる。そして、さっきベルフィに向けてやがった厚く長い剣を携えて、彼は俺を睨み言う。
「おのれ蛮人めが! 私の美貌がいくら優れているからと言って殴り掛かるとは、許せん! いかに勇者捜索のためとはいえ、ここまでされて何もしないとなると、シグレッド家の名折れだ!」
……ん?
「美貌?」
「ああそうだ! 大方お前も、この花香る騎士と呼ばれた優れた美貌を持つ私、グラディウス・シグレッドの美しさに病んでしまぁぁああああああ」
「あ」
なんだか情報量の多いこの男は、どうやらグラディウスというらしい。が、その話の途中で、やんちゃ盛りのベルフィが彼の上にのしかかり、彼は潰されてしまった。
ベルフィ、大きいんだよな。親父が連れてきたときは、俺の膝の上でお昼寝できるぐらいの大きさだったのに、今となっては人の倍はあるサイズにまで成長してしまったのだから。
それでも俺の上に乗ってお昼寝しようとするものだから、たまったものではないのだかけれど。今日はちょうど、グラディウスの上に乗っかったようだ。
「あー、グラディウスだっけ? 何の用だよ」
真っ赤なベルフィの腹と地面の間から顔を出して悶絶するグラディウスに向かって、俺はそう尋ねる。
俺の家は、ベルフィのような犬猫の多頭飼いのために村のはずれにあるから、ここに来た以上はうちに用事があると踏んでの質問だ。
ちなみに、潰された彼を助けないのは、さっきベルフィに剣を向けてたから。ざまぁみろってんだ。
なんて、心の中で唾を吐いていると、ベルフィの隣でちょこんと座って、潰れた男を見ていたクララが、俺を見上げながら言うのだ。
「助けてあげないの?」
なんてできた妹なのだろうか。
俺、涙出てきたよ。
「あーもうクララはやさしいなぁ! だがだめだ。さっきの剣みただろ? もしそれで、ベルフィやクララが傷でもつけられた日にゃぁ俺が何をするかわかんねぇよ」
「可哀そうだよ」
「自業自得だ。というかついでだ。クララもベルフィの上に乗って重し増やしてやれ」
「流石にそれはやめようよ兄貴……」
何を言うかクララ。こいつは俺の家族に剣を向けたんだぞ剣を――と、口にしようとしたところで、うめき声と共に男がしゃべり始めたので、俺とクララの会話は中断されてしまった。残念だ。
ともかく、自分がつぶされていることに気づいたらしいグラディウスは言う。
「まさか……魔物使いか!」
「あぁん? 誰の家の犬が魔物だって? 俺はペット愛好家だゴラァ!!」
「ひぃ!!」
そんな風に脅してから、改めて俺は尋ねた。
「何の用だって聞いてんだよぉ、兄ちゃァん」
「え、兄ちゃんって……もしかしてこの人って、兄貴の兄貴なの? じゃあ私の兄貴でもあるのね……」
「クララのお兄ちゃんは俺一人で十分だこらぁ!!」
「ひぃ!?」
くそっ! 言葉選びを間違えた、気分悪ぃ。
ともかく、そんな風に優しく尋ねたおかげか、彼は快くここに来た理由を教えてくれた。
「お、俺はグラディウス・シグレッド……シグレッド家の次男だ」
「ほぉ」
そういや、さっきもそんなこと言ってた気がするが、もしかしてこいつ、結構なのある貴族だったりするのかな。いや、貴族っていうのは社交辞令だって聞く。人の飼い犬相手に剣を抜くような人間に、社交の社の字もあるわけがない。よってこいつはただのチンピラだろう。畏まる必要はなさそうだ。
「今、国が過去最大の危機に陥ってるのは、あんただって知ってるだろ」
「過去最大ぃ……? 知らん」
「なっ……ま、まさかあんた、魔王軍が全世界に向けて宣戦布告をしたのをしらないのか!?」
「知らんもんは知らん」
聞いたことのない話だ。こういう田舎は、遠くからの情報が入ってくるのが遅いからだろう。結局、自分の身の回りでなんかなければ、気にせず生きるのが人間ってものだ。
「兄貴」
「なんだ、クララ」
「兄貴、よほどのことがないと村の掲示板、見に行かないでしょ。この前の御触れの時だって、だからメレンさんが来てたんだし。それに、魔王の話、御触れの張り紙と一緒に張り出されてたよ」
「そうだったかぁ?」
「うん」
どうやら俺が世間知らず過ぎただけらしい。いやしかし、掲示板を確認してるクララは流石だな。しっかりとした妹でお兄ちゃんは鼻が高いぞ。
「んで、その魔王ってのがどうしたってんだよ」
話を戻してグラディウスへ。魔王というのがどういうもんなのかは知らないが、とりあえずなんかやべぇ奴が戦争を起こそうとしてるって理解でいいはずだ。
「魔王軍は、古代禁忌術を行使し、古の軍団を呼び出した。要するに魔物たちを味方につけたってわけだ。それがどれぐらいの脅威になるのかは、流石のあんたでも分かるだろ」
「へー」
「へーってなぁ……!!」
魔物の脅威はいまいちわからんが、戦争が起きるとなると確かにヤバイ。国が焦るのも納得だ。
ただ、それとこいつがここに来た理由がいまいち繋がらない。どうしてこいつは、ここに来たんだろう。
「私たちには、勇者が必要なんだよ!」
「勇者ぁ?」
そういや御触れで、勇者を探してるとか言ってたな。
「ああ、そうだ。白髪紅眼の少女が、剣を取り魔王軍を滅する勇者となる……王宮専属の占術士が出した予言だ。だから国は、血眼になって勇者を探してる」
それから彼は、話に飽きて、ついてきた犬猫たちをなでてぼんやりとしていたクララの方を見て言った。
「だから、私たちの仕事は、勇者候補を連れて帰ることだ――フンッ!!!」
――わふん?
言うと同時に、彼が立ち上がる。上に乗った、人の倍はあるベルフィを、地面に這いつくばったまともに踏ん張れないような体勢から、グラディウスはベルフィを持ち上げた。
「は、ははっ!!! よくも俺の上に乗り続けてくれたな駄犬がァ!!」
そうして彼は、ベルフィを投げ捨てた。
―キャウンッ!!
ベルフィの悲鳴が、俺の耳に聞こえてきた。
「いいか!!」
ベルフィの拘束から抜けた男は、地面に落ちていた剣を拾い、その切っ先を俺へと突きつけて、言った。
「私はかの大騎士グレグシオン・シグレッドが次男、グラディウス・シグレッド! 王からの勅命は白髪の女を連れて帰れ、だ! どんな手を使ってでも、な!!」
言いやがった。
一番やっちゃいけないことをして、一番言っちゃいけないことを。
こいつは、言った。
「おい」
優しくしてやる理由は、もうない。
「誰の家の飼い犬を投げ飛ばしたか、わかってんだろうな、お前」
「王のために、国のために……その少女を渡してもらおうか!!」
俺は拳を握りしめた。
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