第2話 形あるものは壊れるだろう普通


「おい、居るかシスコン!」


「誰がシスコンだ馬面」


「俺は馬じゃねぇ! 牛だ! 二度と間違えるなァ!!!」


 ある日の昼下がり。

 飼ってる犬猫に囲まれながら、家の裏手で巻き割りをしていたら近所の馬面……じゃなくて。メレンっていう男が大急ぎで俺の名を呼んだ。


 メレンは牛角人っていう牛の角が生えた種族の生まれ。だから頭には立派な角が二本生えてるが、その顔は牛というよりは馬よりのそれ。だからあだ名は馬面だ。メレンだって、俊足が自慢なんだから馬はむしろ誉め言葉だろうに。俺? 俺は馬鹿にして言ってる。馬だけに。


「んで、何の用だよメレン」


「……いや、その前にお前、その顔どうしたんだよ」


「顔?」


 顔、というともしかして、この俺の顔面についた足跡のことを言っているのだろうか?


「ああ、これは今日も今日とてクララを起こしにいったら、蹴られてしまってな。どうせだし記念にそのままにしているんだ」


「お前、頭おかしいよ……」


 何を言うかこの馬面は。

 心優しいクララは滅多に暴力を振るわないんだぞ。バイオレンスなクララなんて普段は見れない一面だ。寝起きでぼんやりしてる時ぐらいしか拝めないんだぞ。


「って、お前が気持ち悪いのなんて今に始まったことじゃないか」


「あ? 俺が気持ち悪いだと? 言いやがったなこの馬面が! 行け、お前ら! あの馬面に目にモノを見せてやれ!」


―ワンッ!

―ニャー!


 そう言って俺は、周囲で寛いでいた家族に指令を出した。犬猫総勢十四匹による一斉攻撃である。メレンのような馬面一人、ひとたまりもない――


「おーおー、お前らも主人が気持ち悪いと大変だよなぁ」


「なぁに絆されてんだお前らぁ!!」


 ひとたまりもないはずなのに、奴らはメレンの愛撫に屈して、一匹残らず腹を見せて寝っ転がりやがった。この裏切りもんがぁ!!


「おい、そろそろ要件言っていいかよクレス」


「なんだよ」


 そうしてようやく本題だ。一体何があったのか。


「国が妙な御触れを出してた」


「御触れぇ……?」


 御触れと言えば、国が民衆に出す声明だが。大抵は主要都市なんかに伝えられるだけで、ここみたいな田舎の村に届くなんて滅多にないことだ。


「前にそういうのが来たのっていつだったか」


「二年前に、姫様が他国に嫁ぐって時じゃねぇか?」


「そんなに前だったかそれ?」


 妙な御触れとメレンは言ったが、御触れがこんなところに届くこと自体が妙な事態。それこそ、親バカな王様が、姫様のために国を挙げたパレードをするって言って回るぐらいじゃないと届かない。


 つまりそれは、そのぐらいの事態ってことなのだけれど。


「これ見てくれよ」


「……なんだこれ?」


 メレンが見せてきたのは張り紙だ。どうやら村の掲示板から引っ剥がして来たものらしく、角の部分が破れている。何をそんなに急いでいるのかと呆れた俺は、とりあえずそれを受け取ってじっくりと見てみた。


―『探し人』

 白い頭髪に赤い目をした女。

 年齢は15歳前後。超人的な力を持つ。

 王国はこの人間を、『勇者』と認定し捜索している。

 協力者には相応の報酬が与えられる。


「あぁん?」


 メレンが急いで知らせに来たからと身構えたが、読んでみれば肩透かしもいい所の内容だ。国賊の指名手配なり、戦争の徴兵令なり考えていたが、まさかこんな人相書きもない人探しだとは思わなかった。


「これがどうしたってんだよ」


 張り紙をメレンにつき返して、俺はそういう。けど、メレンは「嘘だろお前」みたいな目をして俺を見てきた。


 それから、疑うように奴は俺に訊いてくる。


「お前のところのよ、クララちゃん。可愛いよな」


「殺すぞ?」


「なんで!? わ、わかったわかった。クララちゃんは可愛くない――」


「殺すぞ? あ? みじん切りにしてもいいんだぞお前?」


「悪かったって! 俺が間違えた! 言葉を! だから許してくれって、お前、目がマジすぎて怖いんだよ!!」


 閑話休題。


「話を戻すが、クララちゃん、髪白いよな」


「神々しいぐらいにな」


「んで、目が真っ赤だよな」


「まるで宝石のようだ」


 ふむ、俺はクララに関する感想を口ずさんでいただけなのに、どうしてメレンに気持ち悪いものを見るような顔をされなければいけないんだ? 


「まあお前がシスコンなのはいい。わかり切ったことだ気持ち悪い」


 俺は斧を取った。


「悪かった悪かった! だから落ち着けってクレス! んで、要はあれだ! この紙に書いてある特徴ぴったりだろ!」


 そう言って改めて、メレンは盾のようにさっき見せた張り紙を突きつけてくる。それを確認して、思う。


 白髪の、赤い目をした、15歳前後。


 ふむ、確かにぴったりクララのことだな。


「だがクララは普通の女の子だぞ?」


「お前の狂い方見てっと普通ってことはないんじゃねぇか……?」


「確かに、可愛すぎるって前提がつくな」


 頭を抱えるメレン。そんな彼に、俺は言う。


「書いてる容姿についての情報は、まあ確かにクララそのものだけどよ。別に超人的な肉体を持ってるってわけじゃねぇだろ」


 超人的と言えば、人並み外れたようなパワーがなけりゃそんな肩書は名乗れない。それこそ国が探すような人材だ。天を突くような大岩だってパンチ一つで破壊できるような、そんな人間なのだろう。


 だが生憎と家のクララにそんなことはできない。なので、たぶん違う――


――ドォォオン!!


「うわっ、なんだ!?」


 そんな折、とてつもない轟音が家の方から響いた。びっくりしたメレンが目を丸くして驚いているけれども。


「あー、クララのやつ。まーた寝ぼけて部屋破壊してる。そんなところもお茶目で可愛いんだよなぁ」


「はぁ!? ちょ、はぁ!?」


 俺の言葉を疑うように、メレンが驚いているけれど。寝ぼけて近くのものを壊しちゃうなんてよくあることだろうと俺は思う。特に年頃の女子はわんぱくで危ないもんだ。俺も顔に蹴りを入れられてしまったことだし。


「いや、お前……お前の家、半分壊れてるぞ!」


「形あるものは壊れるだろう普通」


「そういう規模じゃねぇよ!?」


 まったくメレンは何を言ってるんだか。クララはなぁ、気難しい年ごろなんだよ。これだから妹のいない奴は――


「おい、絶対クララちゃん勇者だって! あれ! あれ! 寝ぼけて家壊すとかねーぞ普通!」


「あぁん? 確かにクララは昔っから家壊すし可愛いし白髪だし赤目だし可愛いし多少力が強くて物覚えが早くて可愛くていつの間にか空飛んでた姿も可愛かったけど、別に国が探すような勇者ってことはないだろ……」


「あるよ!? 全身全霊で教えてやるが完全に国が探してる勇者で間違いないよ!? 張り紙の内容ど真ん中ストレート逆転満塁ホームランだよ!?」


「ほーむらん? ……あー何言ってるかわからねぇがよ」


 もしも仮に、うちのクララが勇者だったとして。

 国が探すような人間だったとして。


「俺の妹は誰にも渡さねぇよ!!!!」


 国だろうが何だろうがなぁ、クララはまだ15歳なんだぞ! 家を出るなんて早すぎるわぁ!!!


「そりゃ、別にいいけどよ」


 どうでもよくない。本当に。けれど、俺の覚悟なんて知ったこっちゃはないといった風に呆れるメレンは、想像もしたくないことを言う。


「もしクララちゃんが本当に勇者だったとしたら、クララちゃんを連れてこうとする奴がたくさんいるかもしれねぇな……ほら、報酬あるみたいだし」


「なん、だと……?」


「そうなったらお前はどうするんだよ」


「決まってんだろ」


 そんなもの、考えるまでもないことだ。


「来た奴を片っ端からぶっ飛ばす」


「バイオレンス編の始まりだな」


 お兄ちゃんはなぁ……お兄ちゃんはな! クララのことが心配なんだよォ!!



 

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