未知を既知にする

ご飯のにこごり

第1話

ある街角を歩いている。人々は私の顔を見て笑う、あるものは声をひそめ聞こえないがそれと分かる悪口を言う。大きな火傷を抱えて歩いていたから。

入る喫茶でも一瞬、驚いた顔をされる。

服屋に入っても私にだけ誰も声をかけてこない。


子供たちは私のことを指差し「変なの」「怖い」「オバケ」と心無い声を上げる。親の顔は揃って質が悪い。汚らしい金髪だったりとびきりのブサイクだったりする。それか美人、そうやって私は他人の目ばかり気にしてひがんでばかりいる。


どこに行くでもなく歩いていたのにいつのまにか人のいない河川敷にいる。いつもこうやって人のいない場所、場所を歩くとこうなる。


川は私のことなんて知らずに流れ続ける。人波は私を見て眉をひそめるのに、どこかその清水に救われる。こんなにも排斥されて石を投げられているのに。


川縁。何をするでもなく均等に置かれたベンチに座っている。葦の原で子供の団が遊び回っているのかサワサワと揺れている。私は少し羨ましくなってしまう。あんな風に遊んだことが無いから。


この顔になったのは4歳の頃。お父さんが出て行って、母と二人で暮らし始めたその矢先に泣いて暴れる母に天ぷらを作ろうとして温めていた油を頭からかけられた。髪もところどころはげてしまい、ウィッグや化粧やらの誤魔化しがなかった子供の頃はあまり喋らない私の性格も災いし、みすぼらしく可哀想で不気味な子供だった。どこに行っても私は化け物で皆の敵だった。そのおかげか私以外の子達の中はとても良くて、それがとても悲しかった。だけどそれが私の居てもいい理由になって、私を救ってくれていた。


こうしてベンチに座っていると考えこんでしまう。何もしないと過去ばかり追いかける無意味な時間旅行ばかりを繰り返し現実から目を逸らす。どこにいたって私は何も変わらないのに。何を考えたとしても誰に好かれるでもない。一人は一人のままだ。


「隣、いいかしら?」

凛とした琴の跳ねるような声がする。

「え、ええいいですよ」

私の声は低く酷く醜い。電話では声変わり途中の男の子と間違えられたり、愛想が悪いと叱られたりする。

「ありがとう、貴方一人?」

「そう、ですけど」

「私もなの」

白い帽子に白いワンピースといった白をそのまま人間にしたようなその子は私の顔を覗き込みそういった。

「そうですか」私が言った。

「貴方、それって火傷?あ、ごめんなさい」

強い風が吹き、長い純正の金髪が揺れる。白い帽子を抑える様子も自然でどこかの国の公女のように見える。不思議と言葉にも棘が無く、純粋故の失言を恥じる様子があざとく可愛らしく見えた。

「いいんですよ。慣れてますし、ずっとこの顔ですし」

「ダメよ、慣れちゃ。我慢することに慣れちゃいつか倒れちゃうでしょ。麻酔も効きすぎると危ないみたいに。ごめんなさい、私。喋るの苦手で」

たどたどしく紡がれる言葉の数々、それが背格好の所為もありいつまでも若いままの妖精のようだった。私は今、見たこともないほどの輝きに身を焼かれている。

「そんなに謝らないでください。本当、大丈夫ですから。」

「そう?でも何か、お詫びをさせてよ。えっと、お友達にならない?あ、ごめんなさい迷惑でした?」

「ううん、いいよ。」

「どっちですか。」

私は喜びの末立ち上がり、走る。

「いいよ。友達になろ!」

自分でも出したことの無い大声にビクリと驚く。異国情緒あふれる名前も知らない少女はニコリと笑って私を泣きながら抱きしめる。

「なんで泣いてるの?あ、そうだ名前。私、刈谷ミチ」

「嬉しいから。初めての友達だもん。皆私が物珍しいからって仲間に入れてくれないし、嬉しい。私は、レベッカ。佐藤レベッカ。」

「ハーフなの?」

「ハーフじゃないよ。お父さんがハーフでお母さんがスウェーデン人、これなんていうのかわからないからいつも困るの」

「それは困るね。クォーターでも無いし、なんなんなんだろうね。でお父さんが佐藤だから佐藤レベッカなんだ。」

「そう」

なんだか申し訳無さそうな様相のままレベッカはそうポツリこぼす。

「別に責めてる訳じゃ無いんだよ。ごめんね、何年振りかのマトモな会話だから。私4歳の頃からこの顔だしさ」

「わかってるから自分を卑下しないで。ミチ、あ、みっちゃんって呼んでもいい?そうだ!喫茶店に行かない?」

細い体をゆらゆらゆらしながら喜怒哀楽をローテーションさせる。会話をしているだけなのにまるでメリーゴーランドに乗っているように楽しい。

「いいよ、私もレベッカって呼び捨てにするから。喫茶店は、ちょっと苦手。」

「じゃあさ、蕎麦屋はどう?」

パーテーションで区切られた寡黙な空間を想像する。

「蕎麦屋ならいいよ」

「決まりだ!蕎麦屋に行きましょう」

「レベッカ元気だね。何歳なの?」

「ひみつ」

「そっか」

私はこの素性も所在も知らない女の子と仲良くなれて、心を開いてくれて嬉しく思う。元気で心を開くと放水するダムのように勢いと明るさの増すレベッカに暗くて陰気な私は消えてしまいそうだった。

「私、ざるそばが食べたい」

「私は天ぷら蕎麦かなぁ、まあでもおすすめメニューあればそっちになびくかも」

「私は絶対ざるそばだから」

頑固なレベッカに笑ってしまう。

「ざるそばだからね!!絶対的に」

レベッカも自分の言ったことがツボに入ったのか大笑いしていた。


遠くには橋が見え車と電車が走っていた。ツーと空を凧のように漂うトンビの鳴き声が耳に響く。私はレベッカと手を繋ぎたかったけどまだ早いか、と手を引っ込めた。ニコリと私が笑うとレベッカも笑ってくれるから一人で流れる川を見ているよりずっと救われた。私はもうこのキラキラを失いたく無いと強く思った。同じ考えだと嬉しいなと強く。


遠くの太陽は相変わらず燦々と輝いて幕の様に眼前に薄黄色い光を落としている。


私たちは二人、並んで歩いている。あんなに嫌だった街にとても行ってみたくなっている。知らない場所に行き、知らないを二人で既知にしたい。二人だけの幸せを、二人だけの椅子で。



レベッカーー外国人っぽいけど日本語ペラペラ、明るすぎて暗すぎる性格と姫の様な見た目のせいでずっとボッチだった。永遠の14歳。本当は24歳。初めての友達にウキウキしている


ミチーー暗い、ネガティブ、妄想強め、綺麗なものが好き。顔の火傷のせいで後ろ指を刺されてきたが、顔を気にしないレベッカに救われレベッカに恋をしている。23歳

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未知を既知にする ご飯のにこごり @konitiiha0

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