子ヤギの母
韋駄原 木賊
子ヤギの母
子ヤギの母がいた。子ヤギを産んだ母という意味ではなく、子ヤギの姿をした母である。二足歩行で歩き、あの白樺の木と同じ色をしたワンピースを着ている。優しい、少ししゃがれた声で喋り、よく笑う子ヤギだった。
子ヤギの母には子供がいた。十歳になる、黒髪の小さな少女だった。母と同じワンピースを着て、母の言うことを良く聞く子である。
母と子供は森に住んでいた。木こりが使っていたであろう小屋に住んで、毎日木の実を食べていた。子ヤギの母は子供にどこに美味しい木の実があるのかとか、どの生き物が天敵なのかとか、森で生きる術を教えた。子供は素直に母の言うことを聞いて、ずっと子供であった。
ある日、子ヤギの母はこう言った。
「私はお出かけに出ます。私が帰るまでに池をここに作っておきなさい」
子ヤギの母は木漏れ日のさす広場を指さした。子供は悲しそうに聞いた。
「なんで?お母さんはどこに行くの?いつ帰るの?」
「水が必要だからよ。ただ、小さい池にしてね。他の生き物が寄ってきたらいけないから」
子ヤギの母はそう言って森を去っていった。
それから十年経った。子ヤギの母は森に帰ってきた。母の見た目は変わらず、子ヤギのままであった。
子ヤギの母は子供を探しに、池を作ってと言った場所に足を運んだ。
着いたそこには、あまりにも大きい湖ができていた。魚が泳ぎ、植物が茂り、天敵たちが水を飲んでいた。
湖に圧倒されていた子ヤギの母は、子供が声をかけていることに気づかなかった。
「お母さん。おかえりなさい」
子供は子ヤギの母より大きくなっていた。首が痛くなるくらいに背が高く、その目には小さな子ヤギの母が映っていた。
「お母さんに言われた通りに池を作ったよ。一人じゃできないから私も一度森を出て、友達をつくって、重機を借りてここを作ったんだ」
子ヤギの母には子供が何を言っているのか分からなかった。ただ、この景色を理解するのに必死だった。
「お母さん。ゆっくりわかっていこうね。大丈夫だよ。森はそんなに恐ろしいところではないから」
彼女は子ヤギの母の手を引いて、大きな湖に向けて歩いていった。
子ヤギの母 韋駄原 木賊 @idabaratokusa
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