ホワイト・クリスマスの朝

吾妻栄子

ホワイト・クリスマスの朝

「ここも一晩ですっかり雪景色だな」

 晴れ晴れとした朝の青空の下、たった一軒だけ建っているレンガ造りの家の屋根にこんもりと積もった雪に空と同じ色の目をしたあの人は苦笑する。

「雪下ろしは明日にしよう」

「大将、鼻拭いてくれよ」

 ルドルフが声を出す。

「ポスターカラーが溶けちまってまるで鼻血出してるみたいだよ」

 話す内にも鼻からポタリと赤い雫が足元の雪の上に落ちて染みを作る。

「ごめんごめん」

 あの人はズボンのポケットから取り出した白いハンカチでルドルフの鼻を拭う。

「もうお前も鼻を赤く塗るのはやめるかい?」

 白い口髭の上の水色の瞳を寂しげに微笑ませて尋ねた。

「いや、先頭やる俺が白鼻で出る訳にいかねえ」

 拭かれてもまだうっすら赤い絵の具が滲んだ鼻でルドルフは続ける。

「それが仕事ってもんだ」

 実際のところ、そりの先頭を陣取るルドルフと後続の私たち八頭で鼻の色は同じ白灰なのだけれど、毎年のこの仕事の時だけは赤いポスターカラーを鼻に塗って出向くのだ。

「この名を継いだ時からそれは覚悟してるよ」

 ルドルフは紛らすように前脚で赤い染みの出来た雪を潰す。

「六代目の父ちゃんだって毎年赤ペンキ塗ってたしな」

「うちのパパだってこの日のために毎日鍛えてたさ」

 後ろからコメットが反駁する風に語る声が響いた。

「一番の俊足をキープしなきゃならんってね」

 私の母さんも毎年、念入りにベルの飾りを体に着けていた。

――真ん中を走るからといって手抜きはダメだから。

 その頃でも「赤鼻のルドルフ」はもちろん後ろを走る八頭の名前などろくに知らない子供ばかりだったけれど、母さんたちは名前に相応しくあろうとする努力を怠らなかった。

 七代目の私たちはどうだろう?

「ヴィクセン、右前脚の具合は大丈夫かい?」

 不意に背中を撫でられる感触がした。

「心配ないわ」

 少し痛いけれど、この半月のオフ・シーズンで十分治るだろう。


*****

「じゃ、皆、今日はゆっくり休むんだよ」

 厩舎――正確には「馴鹿舎トナカイしゃ」だろうが――に戻した私たちを労うと、あの人はレンガで出来た家に戻っていく。

 見送るこちらの視野の中でも赤い帽子を脱いで蜂蜜じみた金髪がこぼれ、綿じみた白い付け髭を取る様が認められる。 

「お祖父ちゃん、配達終わったよ。具合はどうだい?」

 閉じたドアの向こうから青年の声が響く。

「ありがとう、ニコラス」

 曇った窓の向こうからずっとこちらを見守っていた先代のサンタクロースの声が応える。

「皆、よくやってくれたね」

(了)

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ホワイト・クリスマスの朝 吾妻栄子 @gaoqiao412

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