第7話 温室猫
翌週、土曜日の午後。
不思議な看板を見上げて
茶色っぽい何かの丸っこいゆるキャラが描いてある。
「・・・どら焼き・・・じゃないよな・・・?」
何の動物、いや、そもそもこれ動物か?
ヘタウマというか、下手の純度が高いというか・・・。
その下に、
「・・・あのー、すいません・・・」
受付にいた女性が顔を上げた。
華やかな笑顔で、診察券入れを示す。
「まだ間に合いますよ。どうぞ。どうされました?何歳のお子さんになりますか?」
小さな患者もその保護者も大体は把握しているのだが、見覚えは無い。
初診の方ですね、と
「あー・・・えーと。違うんです、ええと・・・。先生にお会いしたくて・・・」
「・・・製薬会社さん・・・?」
「いや、あのう・・」
要領を得ない受け答えに、
若い女性に正体不明な人間が来てしまったという顔をされて
我々、社会的にも生物的にも、おじさんである事を自覚して行動しなきゃいかんな、と同期と昼間に話したばかりでもある。
「・・・
「は?」
いよいよ怪しんだ
「・・・押していいよ。ALSOK、10分で来るから」
「は?え?あ、先生、お世話になっております・・・これ、良かったら・・・」
持っていた紙袋を手渡す。
「あ、どーもね。
「え、あの、チーズケーキです」
「だってさ。・・・じゃ、あと上がって良いからね。今日もお疲れ様でした。土曜なのに悪いねえ。・・・藤野さーん、チーズケーキ好きですか?」
と診察室に呼びかけると、大好きです!という声が返って来た。
「じゃ、
促されて、
藤野が帰り支度をして現れた。
「・・・
「みたいですけど。お友達にしては、なんかちょっと・・・。・・・猫がどうとかって・・・。タンタンちゃんの事ですよね?譲渡会とかの人?」
「まさか!今更、譲渡はしないわよ。先生、メロメロじゃない。・・・きっとね、タンタンちゃんの産みのパパ」
「えぇ!?」
あの人、猫産んだの?と
「この間ね、ポピドン薬局の奥さんが言ってたのよ。
いい話、と彼女は感じ入ったように言った。
タンタンとはクリニックの奥に続く、
猫アレルギーの子供もいるからとあまり病院には現れないが、たまに子供に「猫ちゃん見せて」とせがまれて、
まだ仔猫だが、ふくふくふわふわの姿は、子供に大人気。
しかも
彼は「首輪だの鈴だのつけるな、猫の本来の仕事の鼠も鳥も捕れなくなるだろうが」と
しかし、会ったことはないが、その薬膳屋の店長は野蛮なことを言うものだと、
自宅でもココアと言うトイプードルを飼っているが、その可愛がっているペットに鳥や鼠を捕まえて来いなんてとんでもない話。
そもそも、気が強いが、実は怖がりですぐに怯えておしっこを漏らすあのココアに、鼠や鳥の捕獲なんて無理だろうけれど、と
「・・・お客様なら、お茶とか、お出しした方が良いんでしょうか・・・」
「ああ、良いわよ。おうちに行っちゃったんでしょ?せっかくの土曜日なんだから、
週休二日半ではあるが、土曜日に夕方まで勤務というのは若い子にはちょっと大変よね、と藤野は言った。
「でも土曜日にこの時間まで診察してるって助かりますよね。先生、自宅が隣だから、休日も診てくれるし。往診可だし・・・」
それでなくても突然の発病や怪我をしがちな子供であるし、予防接種の希望日も相談に乗ってくれるので、あれこれと融通が聞くという事で、忙しい家庭が多い昨今、人気も高い。
「本当よね。ウチの子もしょっちゅう怪我してたし。そしてなぜかいつも休みの日にね・・・。まあ、
「・・・その、
前から気になっていたのだ。
気になる、それがどう言う種類なのかは知られたく無いのだけれど。
気になるわよね、わかるわ。と藤野は微笑んだ。
医院と母屋である自宅は繋がっているらしく、古いステンドグラスがはめられた渡り廊下で続いていた。
一般の家にステンドグラスなんかあるもんなのかと驚いたが、昔は結構こういう簡単な色ガラスみたいなものとかすりガラスみたいのってあったもんだと
「・・・何だか、
「うん、元は母の
ろくでもない事を聞いた気がするが、関係ないのでスルーする。
リビングに連れて行かれるのかと思ったが、二階に案内された。
ドアに小さなバラのステンドグラスが嵌め込まれていた。
「・・・・そっと開けろよ、そっと」
「はあ・・・?」
言われた通りにゆっくり開けると、ソファの上にいた毛玉が動いた。
黒猫と同じ、水色の首輪。
これがあの片割れか。
腹側は白っぽいが、背中からふんわりとクリーム色で、目玉が青い綺麗な猫だった。
道端で毛虫かと思ったのが信じられないほどの完成された姿。
「タンタン、ほれ。お前らの命の恩人だぞ。すぐ人に押し付けて捨てたけど」
人聞きの悪い。
「・・・いや、元気そうで・・・」
金蘭軒のスープの毛並みはツヤツヤという感じだったが、このタンタンは毛に指が沈むほどフワフワだ。
「・・・・これは、すごい。・・・何だか、貴族の方のような・・・」
「だろう。何せ、よくわからない何とかっていうシャンプーで洗って、ブラッシングも毎日してるからな」
薬局の夫人がどこからか取り寄せたやたら高いグッズを言われるままに買っている。
そして、毎日のようにエビや特製猫おやつを食べているわけだ。
「・・・・スープも、タンタンも。いい人に貰われて良かった」
正直にそう言った。
母猫は残念だったけれど。
薬局の夫人が、手厚く葬ってくれたそうだ。
タンタンは
警戒心が強いというより、飼い主以外の他者にあまり慣れていないのだろう。
看板猫のスープとはだいぶ違う性格のようだ。
「・・・ていうか、ここ、この部屋っていうのは・・・?」
ラグの上にソファ、ちょっとしたテーブルとキャットタワーが置いてある。
「あちこちウロウロしてたら、隙間に落っこったり挟まったりしてあぶねーだろ」
つまりここは猫専用部屋らしい。
過保護というか、保護団体のようだ。
なるほどこれは、温室育ちだ。
「・・・どうせ、もともと
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