第5話 ごま団子ときな粉餅

 青磁せいじかごを抱えてドアを開けた。


「あら、先生。まあ、猫ですか」


看護師の藤野和ふじのかずが微笑んだ。

彼女は母の代からこの医院で勤務しているベテラン看護師である。

受付の若い女子も興味を惹かれて寄って来た。

仔猫というのは引き寄せ効果があるらしい。


「わあ、2匹も。まだ小さい・・・。先生、拾ったんですか?」

あまりにも小さくてまだ触るのが怖いと彼女は言った。


「拾ったのを夜だけ預かり保育」

「まあまあ、なんて小さいの。・・・もしかして、この子達、虹子にじこちゃんのですか?」

「おや、藤野さん、よくご存知で」


町内の妙齢女性の情報網は素晴らしく速いようだ。


「え?・・・あの、薬膳カフェの?」


受付の首藤紗良しゅとうさらが尋ねた。


「いやあ、カフェというか。日々、食堂化してるようだけど・・・」


虹子にじこの母親と、自分の姉である柚雁ゆかりはカフェと言うコンセプトで始めたようだが、虹子にじこがどんどんメニューを増やしているのでカフェを越えつつある。


「だいぶ知られてますよ。ほら、ポピドン薬局の奥さん、猫を供養するって戒名つける勢いであちこちに宣伝してますから」


「・・・ああ、お父さんが来週、お卒塔婆そとば立てるって言ってましたよ」


彼女は近所のお寺の娘でもある。

町内一帯がほぼ檀家。

薬局夫人が住職に話を持ち込んでどうもそういう話になっているらしい。

青磁せいじは金蘭軒と印刷された紙袋を二人に手渡した。


虹子にじこから。なんとかって果物のゼリーとクルミのプリンだとかなんとか・・・肌にいいとかなんとかかんとかで・・・」


薬膳や漢方に対して割と懐疑的な彼は、さっぱり覚えられない。

瓶詰に、色とりどりのビー玉のようなもののシロップ漬が入っていた。


「ありがとうございます。キレイですねえ」


かずは嬉しそうに言った。

夜には虹子にじこが漬け込んだ果実酒の類が人気で、それを目当てに友人と金蘭軒を訪れたものだ。


「最近、閉店が早いみたいで。残念に思ってたんですよ」

「ああ、なら、明日にでも再開出来るって。これ預かったからね」


かごの中の猫を示す。


「あら、赤ちゃん育児で時短営業だったんですか」


かずが笑った。


「それじゃあ大変でしたねぇ」

「そうそう。ストレスで、毎日、夜中にでっかいホットケーキだのラーメン丼いっぱいのお汁粉食ってて、何が体にいい薬膳かねぇ。ビタミン剤置いて来ましたよ」


 青磁せいじはスタッフを帰して虹子にじこに持たされた弁当を食べてしまうと、スープを啜った。

なんとなく漢方臭いようなスープではあるが、確かにうまい。


「・・・まあ、普通の味噌汁とかでいいけどねぇ。・・・さて」


二時間きっかりで腹時計が作動するらしいから、そろそろだろうと籠の中の猫を見ていると、毛布の下でもぞもぞと動き出したようだった。


しばらく夜だけ仔猫を預かる事になったと言ったら、ポピドン薬局の夫人が、虹子にじこが買ったものと全く同じものを揃えてくれた。

自分が見つけて手厚く葬った猫の子供と言う事で、縁を感じているらしい。

「・・・おばちゃん、アンタったら気が利かない男になったもんだと思ってたけど、親切だったのねえ」と言う余計な一言まで頂いた。

地元暮らしが長いと、便利な反面、煩わしい事も多いものだ。


仔猫達にミルクをあげると、まだ手の中に収まるほどではあったが、昨日より多少重いように感じた。

確かに急成長している気がする。


子供の頃から、親分肌だが面倒見の悪い姉のおかげでだいぶ色々やらされて来たので、猫の世話など慣れたものだが、これほどの仔猫となると経験も無い。

それをあの金魚を飼った程度の知識しかない虹子にじこでは、それはてんてこ舞いだった事だろう。


仔猫はまだ個体の差がはっきりしないが、どうも片方は白とわずかに茶色っぽい模様と、白と黒っぽい模様のようだ。


「・・・そういや、お前達、まだ名前ないのか・・・このままだとごま団子ときな粉餅なんて名前付けられちまうぞ」


何せ、いなり寿司だのコロッケだの言われてたから。

知人の獣医のクリニックでも患畜の紹介文付き写真が沢山飾ってあるのだが、クッキーだのココアだのマロンだのまんじゅうだの、マメだのウニだのと言う名前がずらりと並んでいた。

確かに特徴をとらえたもので、感心してしまったが。


さて、後また二時間後。

青磁せいじは、寝入ってしまった仔猫達に毛布をかけてから部屋の照明を落とした。

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