第2話 海老と皮蛋と栗のお粥
金蘭軒という
町中華だと普通は赤い
渋いな、と
建物自体は古いようだが、内装は明るく新しいようだった。
床は色とりどりのタイルが敷き詰められていて、食堂なのに銭湯みたいというので、お客から面白がられている。
熱帯の植物が描かれた壁紙に、ターコイズ色のカーテン。
なかなか小洒落たデザインだと、
本当は猫ミルクが良いのだが、すぐに手に入らない場合は、お湯で薄めた牛乳に卵黄と砂糖を加えた物を与えると良いらしい。
LINEで友人に聞いたらそう返事が返ってきた。
つまり薄いカスタードソースみたいな物を作ればいいらしい。
小鍋で作り、手早く用意して小さなボウルに移した。
「・・・あの、それだと・・・溺れちゃいませんか・・・」
どう見ても仔猫より大きい、小ぶりのご飯茶碗飯程もある。
「・・・ああ、そっか・・・」
大体、まだ自力で飲むのは難しいだろう。
「ストローって、ありますか?」
仔猫はハッとしたように一瞬止まって口を開けて、必死に飲み込んでいた。
思わず良かった、と二人は微笑んだ。
結局、授乳は三十分以上かかった。
満足したようで、仔猫達は毛布の上で寝入ってしまった。
さて、と
「お待たせしちゃって」
温かいお茶を出してから、キッチンに向かう。
下ごしらえはしてあるので、そう時間も掛からずに出来上がった。
「はい、お待たせしました。
食欲を誘う香りと、それから優しい色合い。
つるりとした塗りのスプーンを手に持つと、お粥を
中華粥という物だろう。
自分が知っている粒々のお粥よりはだいぶ液状だ。
だが、それがいい。
まるでスープのようにスルスルと喉も体も潤して行くようだ。
海老はぷりんと丸い餃子のような
勇気づけられたような気持ちになり、
海の味が口いっぱいに広がった。舞茸は一度炙ってあるらしく、驚く程香ばしい。
すぐ隣の箱の中の毛布の隙間では、仔猫がすっかり寝入っている。
デザートの、ふわふわとろとろした山芋の餅と、こってりと滑らかな
丸ごとの小さなミカンのようなものが入っていた。
「
自分もそう言って、マグカップに口をつけていた。
「・・・いや。あの、すごく美味しかったです」
「あら、良かった」
お世辞では無く、本当だった。
腹が温まり、額にうっすらと汗をかいていた。
それで、ここのところどこかが温かいと感じた事はなかったという事に気付いた。
「・・・でも何だか。全体的にとろみがあるというか、病人食のようなだなあと・・・」
こんなに何でもかんでもやわらかい物ばかりの定食なんてどこでも食ったことはない。
そう、そこね、と
「まさにそこ。病人とまでは言わないけれど。今のお客様に必要なものです」
ああ、なるほど。
つまり自分はここまで
「胃腸が弱っているって言う事ね。冷たい物とか油っこい物ばっかり食べてない?」
「・・・・ああ、確かに・・・」
毎日、パンとコンビニチキンとチューハイ、カップ麺や牛丼だものなあ。
日々の生活を反省しきりだ。
体調管理も仕事のうちなんて言うけれど。
しかし、自炊する余裕も自信もない。
それも何だか情けない。
「なら、自炊なんてしなきゃいいのよ。自分ちで毎回ご飯作ってるなんて人、世界でも実は珍しいんだから。どっかで食べるとか。日本はコンビニとかスーパーのお惣菜がすごいもの。選んで食べれば良いんだもの」
この店のオーナーの配偶者は香港人なのだが、香港では生活費が高額なので何十年も前から夫婦共働きが当たり前で、自炊なんてほぼしない。
手ごろな外食で十分賄える。
北方系と言うか、寒い国の人々は朝から自宅でしっかり朝食を食べて仕事に向かうようだが、南方系となると、朝食から家族で、またはそれぞれ外食なんていうのも普通。
「日本も暑くなって来てるっていうなら、ライフスタイルも変わって行くのかもねぇ」
呑気にそう言われて、
「杏仁って、アンズの種の中身の事なんだけど。喉とか肺にいいのよ。良かったらどうぞ」
「ご馳走様でした。また来ます。・・・猫、どうぞよろしくお願いします」
気持ちよさそうに眠っている仔猫をそっと眺めてから、
何だかいい店見つけちゃったなあ。
体に足りなかった何かがチャージされたような、熱中症だと気づかなくて、水分を飲んだらしゃきっとしたような、そんな気分。
これから通勤や通学の人々が慌ただしく道を通り過ぎて行く。
夜勤明けの自分は反対で、これから自宅に寝に帰るわけだが。
今日はよく眠れる気がする。
あの仔猫達に会いにまた、あの店に行ってみよう。
杏仁豆腐の入った紙袋を手にそう考えた。
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