第8話 DEVASTATION

その日は、4日後に控えたジョンからの依頼の下見のため、NRセブンスラボの周辺をチェックした。ジョンの計画した逃走ルートの確認とか、ラボの警備体制とか。なんの予感もしなかった。僕とテセウスはいつものようにバーに帰って来た。カウンターにはやはりいつものようにソフィストがグラスを磨いている。

「ただいま。」

「二人共、そこに座ってください。」

彼は言った。有無を言わさぬ圧がそこにはあった。椅子に腰掛ける。

「何?」

テセウスが問う。彼は静かにグラスを置くと、口を開いた。

「あれに関わるべきではありません。」

彼は怒っていた。冷静で、思慮深く、感情が薄い印象を持っていた僕は、少し驚いた。彼は続けた。

「君らが手を出したのはあのNRです。それが何を意味するのか分からないのですか。君の兄の末路を知ってなおその」

「分かってる。」

彼女は立ち上がり、彼の言葉を遮った。意に介さず、彼は続ける。

「君らは見られています。イデアを出るべきです。」

「やるしか無いのよ、ソフィスト。」

口論は白熱し、彼女がそう言った。僕はどうしてソフィストが焦っているのか分からなかった。僕らはまだ何もしていない。その時だった。赤いレーザーポイントが、彼女の首元に照射されていることに気がついた。認識が甘かった。NRは誰も敵わない。僕は叫んだ。


次の瞬間、銃弾の雨が地面と水平にバーに打ちつけた。時間が引き伸ばされたような死に際で、僕はテセウスに強く引っ張られた。彼女は傘のように僕とソフィストを覆った。爆発音が鳴り響く。グラスが割れ、破片が飛び散る。いつしか、雨が止んだ。奴らはいなくなっていた。あたりを見渡すと、壁一面は吹き飛び、柱などの構造体がむき出しになり、カウンターは原型を残していなかった。いつものバーは、一瞬にして消え去った。そんな荒廃した景色の中で、テセウスは立っていた。衣服がところどころはだけている。特に背中側は酷かった。しかし、彼女には傷一つなかった。僕の思っていたより、彼女のサイバネティック化は進んでいたみたいだ。

「さよなら...ごめんなさい。」

彼女はそう言い残すと、かつてドアがあった場所からバーを出ていった。僕はその場で硬直していた。慢性的な悲しみに、少しの安堵と、絶望。そんな矛盾した感情が僕の中を渦巻く。僕は背後にいるソフィストを振り返った。彼は散乱したグラスの破片を拾っては、懐かしむように眺め、そして捨てた。彼は言った。

「あのベンダーを信じるべきではありません。」

僕は目を逸らして言った。

「彼女はもう止められない。彼女は...死にたいのかもしれない。」

「それでもわかっているのでしょう?」

僕はバーを後にした。

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