第7話 ANOMALY
二週間後のことだ。とある依頼を完遂し、僕達はテセウスのバイクの回収に向かっていた。指定地点に来なかったのだ。
「壊れちゃったかなー。貯金ないのになー。」
テセウスが腰を屈め、僕を覗き込む。
「普段乗せてもらってるから、払うのは難しくない。でも金が無いのはなんでなんだ。」
「君がおかしいんだよ?ほぼ全部貯めてるでしょ。」
「全部器肢につぎ込むのもどうかしてるね。」
薄暗い路地を歩く。デジタルグラフィティが無ければ数m先が見えるかも怪しい。しばらくすると、見覚えのある二輪車が現れた。僕らは足を止めた。
「...テセウス、知り合いか?」
「さぁ、知らない。」
そこには2m以上あるアンドロイドが立っていた。茶色のコートに、洒落た帽子。一昔前の探偵のような容姿に銀色のボディが不釣り合いだ。それはひどい音質で言った。
「やぁ、私はジョン。ベンダーだ。」
「随分と旧型のヒューマノイドね。私のバイクに細工したの?」
「それについては、心から謝罪しよう。」
ジョンは帽子を片手で脱ぎ、軽く会釈した。妙に丁寧なやつだ。テセウスは続けていった。
「AIなんかに心なんて無いわ。で、なんの用なの?」
金属でできた顔に表情など有るはずもないが、なぜか僕にはそれが笑ったような気がした。それは帽子を深く被り直した。動作一つ一つがまるで人間のようだった。
「君たち二人に依頼をしたい。」
僕とテセウスは話し合った結果、聞くだけ聞いて断る代わりにジョンを撃ち壊すことにした。ジョンの話は、僕からすれば完全に論外だった。あのAIは、僕らにNRへの強盗を働かせようとしていた。自殺行為だ。NRはイデアそのものだ。orderだって動くはずだ。危険すぎる。僕はジョンを見上げた。関わるべきじゃないと、僕の直感が激しく告げていた。
「悪いが、他のフォールンをあたってくれ。誰も受けないと思うけど。」
SIGピストルに手を掛ける。すると、テセウスが僕の手を抑えた。
「...テセウス?」
彼女はジョンに問いかけた。
「本気なの?」
僕はテセウスの横顔に視線を移した。彼女は、ほんのり笑みを浮かべていた。彼女はジョンからチップを受け取ると、左手のインターフェースに挿し込んだ。
「テセウスから共有された情報を伝えるぜ。」
イカロスが言う。NRセブンスラボにあるミーム感染装置、通称パンドラを奪取しろという依頼だ。問題はパンドラが常に起動状態にあり、ヒューマノイドやドローン、サイバネティック器肢では接触すらできないらしい。
「とんだ欠陥品ね。」
「だから、生身であるあなたに依頼しているんだ。」
ジョンは僕を覗き込んだ。テセウスは僕の手を握って言う。機械の手はひんやり冷たい。
「僕は反対だ。」
「お願い、やろう。」
どうしてこうもやる気なのだろう。その目は切実で、先程言っていた金のためなんかでは無さそうだ。
「...。」
僕は、黙って頷いた。彼女とならなんとかなるかもしれない。そんな淡い希望が芽生えてしまったのだ。恋は盲目。当時はそんな事には気づかなかった。
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