第5話 MISSION

バーで生活し始めて、一ヶ月以上が経過した。僕はテセウスらと様々な任務をこなし、金を稼いだ。これといった使い道もないため、生活費以外は全て貯蓄している。ここでは、僕の初任務を紹介しようと思う。


バーのカウンターで、ソフィストが淡々と仕事の内容を説明していった。SCALE社幹部秘書のチャットデータを入手する必要があるらしい。因みにSCALE社はサイバネティック産業の上場企業だ。それだけ聞くと、彼女はいつの間にかバーの前に止めてあるバイクに乗り込んだ。光沢の無い黒に水色に光るラインがよく映える。彼女は手招きをし、僕を呼んでいた。後ろに乗る。風になびく白い髪が綺麗だった。


到着したのは四階建ての如何にも堅牢そうな事務所だった。この辺りはSCALE社の工場群であり、これはそれらを総括する建物のようだ。テセウスはバイクを適当なところに乗り捨てた。

「いいの?」

「いいの。」

彼女は真っ直ぐ目標の建物に近づいていく。僕は急いで後を追った。建物を時計回りに半周すると彼女は足を止め、上を見つめた。腕を振りながら軽くジャンプし、体を慣らしていく。

「掴まって。」

彼女は言った。僕を寄せるような手の仕草がとても艶めかしかったのを覚えている。彼女は僕を抱えると、しゃがみこんだ。次の瞬間、浮遊感が全身を駆け巡る。サイバネティック器肢である彼女の右足が、僕を三階の窓のサッシへと移動させていた。僕は思わず叫ぶ。

「しー。」

彼女は唇に指先を当てた。

「聞いたか?こいつの情けない声、わーってなw。」

「うるさい。叩き壊すぞ。」

軽口を叩きながら、イカロスが窓のロックを解除した。建物内に侵入する。異常な程冷房が効いていて、肌寒い。薄暗く、監視カメラから発せられる赤いレーザーが一層際立っていた。ここからは僕一人でいかなければならない。ここの監視カメラはチップによる生体反応に依存している。よってチップのない僕は感知されないらしい。廊下の突き当りを右に曲がり、進む。足音がやけに響いた。するとオフィスが見え、イカロスがドアのロックを解除した。

「感謝しな。」

「はいはい。」

あたりを見渡す。次に僕はルーターにイヤホンコードを挿し、イカロスを接続する必要があるのだが。

「...イカロス。」

「あ?」

「ルーターってなんだ?」

「おいおいマジかよ...。」

ルーターは中央にあるデスクの左端にあった。ルーターはネットワークにおいてデータを2つ以上の異なるネットワーク間に中継する通信機器らしい。僕が知ってるわけはないし、説明を聞いてもさっぱりだった。

「OK。さっさと外せゴースト。」

僕は一安心し、イヤホンコードをルーターから外した。すると突如警報装置がけたたましい音を発し始めた。

「はぁ?っざけんな!」

イカロスが叫ぶ。鼓膜が破れるかと思った。入口を振り返ると、そこにはバルカンを携えた二体のサイバードローンが飛来していた。バルカンの銃口がこちらに向けられる。

「ゴースト!撃ち落とせ!」

僕はテセウスから貰ったSIGピストルを素早く腰から引き抜いた。デタラメに構える。その瞬間、自分でもおかしいと思うが、ほんの少しだけ、嬉しさがにじみ出た。今まで透明で、何にも気づかれなかったこの僕を、機械共がついに認識したんだと興奮した。トリガーを引く。しかし、トリガーはびくともしなかった。セーフティを上げるのを忘れていたのだ。やっと調子づいてきたのに、僕のつまらない人生はここで幕を閉じるんだなと、死を覚悟した。それも悪くないかもしれない。目をぎゅっと閉じる。

「...。」

そのまま数秒が経過した。ゆっくりと目を開ける。オフィスを通り抜けるサイバードローン。思わず笑った。あぁ、僕はどこまで行っても幽霊なんだな。僕を認識できなかったのだ。漫然とした虚しさが心を満たした。廊下から銃声が聞こえる。長く、滑らかな髪をなびかせながらテセウスが現れた。

「こっち!」

僕は走った。再び彼女に抱えられる。すると彼女は廊下の突き当りに向かってものすごい早さで駆けていく。止まらない。むしろ加速していた。

「ぅ、ちょっ」

彼女はそのままガラス窓を蹴り割った。10mを超える高さから落下している。散乱したガラス片が月明かりを乱反射し、美しく輝いていた。地面に目をやると、テセウスのバイクが自動運転で落下地点まで走ってきていた。飛び乗る。衝撃を吸収するようにサイバネティック器肢が唸り声のような駆動音を発した。

「掴まっててね。」

「遅いよ言うのが。」

「ドローンは全部ハックしといたぜ。叫び声第二弾だな。うぁー!」

「投げ捨てるぞ。」

荒れた息を整え、外の景色を眺めた。流れ星のように線を描いて消えていくイデアのネオンの光。頬を撫でる心地よい風。テセウスと、うるさい奴。はじめに抱いていた疑念は消え去り、未来への期待だけが僕を占領していた。


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