アレシボМの妖怪

@Ukazen1111

第1話 アレシボ・メッセージ

 “常 識 を 覆 し に 来 た”

 耳をつんざく咆哮が脳を震わせる。衝撃波にも近いその声は体を麻痺させた。薄れていく意識と、ひどい耳鳴りの中、妖怪の言葉が思考をジャックする。

 “常識を覆す”

  “常識を覆す”

   “常識を覆す”……



 夏休みを前にして、いつも以上に気が抜けていた渡塚とつか ハルアキは身じたくの途中、学校支給のタブレット端末を床に落としてしまう。焦って拾うが電源が付かない。


 あぁ、まずい! 壊した!

 返事のないタブレットを前に絶望するも、そんな余裕はないと気づく。長針は、「6」の目前。駅に向かわなければならない。

 感情がぐちゃぐちゃになりながらも、時間が経てば直る可能性にかけてタブレット端末を鞄の底に押し込めた。

「いってきます!」

 


 淡々と授業が進み、皆がペンを握る中、ハルアキ少年だけが冷や汗を握っていた。

 一限目の授業は物理。教師は、宿題を忘れると胸ぐらを掴んでくる事で有名な馬元うまもと先生。もし、タブレットを壊したとなれば、ついに手を出してくるのではないだろうか。


「じゃあ、タブレットを出せ」


 ついに来たかと、教科書の下敷きになっているタブレットを引きずり出す。


 頼む、付いてくれよ!

 心の中で祈りながら、ボタンを押し込む。すると祈りが届いたのか、画面が映し出された。しかし、様子がおかしい。タブレットは、黒い画面の上にゼロとイチの数字を大量に羅列し始めたのだ。


 後ろの席の友人、タクマがそれをのぞき見ていたようで、肩を叩いてタブレットを見せるよう要求する。


「こりゃあ、なんだ? 何したんだよ。“あっち系”のサイトでも開いたのか」

「学校端末でやるわけないだろ。今朝、落としたんだよ。バグったみたい」


 二人の騒動を聞きつけて、周りもざわざわと駄弁り始める。騒ぎは徐々に教室へ広がっていき、教師の耳にまで届いてしまう。


「なんだ、壊したのか?」

「違うんです。タブレットが勝手に」

「んな訳あるか!」

 首元に馬本の手が迫った時、タブレットが妙な音を立てる。それは金属が擦れた音や、叫び声のような、そんなけたたましい音が教室に鳴り響いた。

 驚いた二人は、タブレットを覗き込むとそこには、先ほどまでなかった記号が映し出されていた。


「こりゃ、“アレシボ・メッセージ”じゃないか?」

「“アレシボ・メッセージ”?」


 生徒が疑問を持てば答えを示す。それが教師だと言わんばかりに、馬本は解説し始める。

「詳しい事は忘れた。確かアレシボ天文台から宇宙に送信された電波メッセージの事だ」

「なぜですか?」

「宇宙人に向けて人類の存在を示すためだと」

「宇宙人って存在するんですか?」

「んな訳ねぇ。記念だよ。記念。科学者たちの真面目なお遊びだよ」


 解説を聞いて、再びタブレットに目を向ける。アレシボ・メッセージを表示してから画面に変化はない。


「どうして、これが映ったんですかね」

「それは、俺が聞きたいんだ!」

「タブレットが勝手に……」

「んなわけあるかっ!」

 バチンッ



 六限目が終わった後も、ハルアキは壊れたタブレットを眺めていた。そこに映し出されていた“アレシボ・メッセージ”が妙に気になって仕方がなかったのだ。そこに、帰宅準備を終えたタクマが肩を組んでだる絡みしてくる。


「やっぱ、見たんだろ?」

「見てない」

「わかるぜ? 気持ちはな。スリリングだし。でも俺にはやる度胸がないよ」

「勝手に言っとけ。ところで、部活はないのか?」


 タクマは卓球部に所属していて、時期エースを豪語している。しかし、同部員によるとラケットよりもスマホを持っている時間の方が長いらしい。


「なに言ってんだ。期末テスト前だから、部活ないに決まってんだろ? 常識だぜ」

「でも、野球部はやってなかった?」

「野球部が期末テストごときでやめれる訳ないだろ」

「どうして?」

「世間知らずもほどがある。お前と話すより、AIのが会話になるぜ」


 そう言い残すと、タクマはさっさと教室を出ていった。

 何も、そんな不機嫌にならなくてもいいのにと、頭をかいた。



 タクマが帰った教室はやけに静かだった。気づかぬ内に一人残して全員、帰ってしまったようだ。人の気配を失った教室は騒がしい昼間とは一変、小さな物音でさえ不気味に思えてくる。不気味に感じたハルアキは、タブレットを慌てて鞄に詰め込んで、部屋を後にしようと扉に手をかけた。その瞬間。


 「蟶 ク 隴 倥 r 隕 ? @ 縺 ォ 譚 ・ 縺」


 モスキート音に近い、耳障りな声が学校全体に反響する。あまりの不快さに耳を塞ぐも、体の内側から鳴っているようで止まる気配がない。原因不明の叫び声は数十秒続いたのち、今度はゴォウン、ゴォウンと低い音に変化する。

 音の正体を突き止めるため、窓の外を見渡してみると、遠い空の向こうに浮いている白点が見えた。


「あれは?」

 白点は、観察を続けると正体がより鮮明になっていく。


 点ではなく、細長い。動きにはうねりがあり、空を泳ぐウミヘビのようだ。体の両側には突起物が並んでおり、それを上から見れば、魚の骨に見えるだろう。頭は横に平らで、左右非対称の角と赤い目が8つある。蜘蛛の目を想像すればいい。白点と称したが発光していたようだ。その輝きはまだ明るい夏の空を一段と明るくするほどだ。大きさは、測れない。ただ、この街を飲みこめるほどの大きさなのは、目に見えてわかった。

 

 少年は恐怖した。小さな白点が空を覆い隠す巨大な生命体へと変貌を遂げていたのだ。

 悲鳴をあげたようと口を開けたが喉に声がひっかかり、渇いた空気を吐きだしただけだった。


 発光する生命体は上空をしばらく回遊した後、頬を膨らませ、口に空気を含ませる。が整った事を察知したハルアキは、屈んで耳を塞ぐ。一連の行動が意味を成さないとも知らず。



 耳をつんざく咆哮が脳を震わせる。衝撃波にも近いその声は体を麻痺させ、あらゆる機能を失わせていった。薄れていく意識と、ひどい耳鳴りの中、妖怪の言葉が今度ははっきりと聞こえた。



「常 識 を 覆 し に 来 た」

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