第10話 9,くみ子姉ちゃん
いとこの中で一番の年長者は、くみ子姉ちゃんだった。
末が男の子の三人姉弟の長女のくみちゃんは、笑顔が人懐っこくてがっしりした体格の、ザ・頼れるお姉ちゃん。
いとこの中では、おてんば年少組の女の子達より少し年上になる私が、その輪に入れずポツンとしていると、くみちゃんが何となく気にしてくれて、自分の勉強机の所で色々と相手をしてくれた。
勉強机に向かって、椅子に座ってお話をするくみちゃんは、私が小学生の時には既に中学生になっていたせいか、すごく大人っぽく見えて、ドギマギした。
「中学校に行ったら、こんなんするんよ。」
机の本棚に並んでいる教科書を出して、ページをパラパラと送って見せてくれるくみちゃん。
難しそうだなあ、すごいなあ。わざわざ見せてくれて、嬉しいな。私も中学校へ行ったらこんな勉強するのかな。
くみちゃんへの憧れの気持ちがホンワカと湧いて来る。
すると、私にとっては難解な教科書を見るともなしに見ていたくみちゃんは、不意に、もう我慢ならん、とでも言う様に、素早くある本を引き抜いて、机の上に出すが早いか、開きぐせの付いたページを一気に開いた。
突然の展開に戸惑う間もなく、開いたアイドル雑誌のページに大きく載っている三人の男の人の顔が私にも見えた。
「うち、この子が好きなんよ〜!まーちゃんっていうんよ!」
「ジャニーズジュニア言うんよ。知っとる?」
くみちゃんは、持ち前の人懐っこい笑顔を一段と輝かせて、緩みきったほっぺで聞いてくる。
私は、全然、ジャニーズのジャの字も知らなかったし、ついさっき教科書を手にしていた時のくみちゃんと、今のくみちゃんとの落差に着いて行く事で精一杯だったので、今のくみちゃんになんて言って返事をするのが良いのかわからなくなっていた。
ただ、世にも幸せそうなくみちゃんの笑顔と、1オクターブ半くらい上がった声のトーンで、私の顔もつられて自然と笑顔になっていた。
「知らんのん?ほんならよう見てみいな〜。カッコえかろう〜!ほんでこのまーちゃんが可愛いんよ〜。うちまーちゃんが好きなん。八重歯があろう。笑うたら可愛いんよ〜。」
くみちゃんの優しい所は、初心者である相手に、とても分かりやすくレクチャーしてくれて、相手の気持ちを尊重しながら、具体的にアドバイスを与えるという事が、自然にできる所だった。
かくして私は、三人組のジャニーズジュニアのファンとなって、くみちゃんと一緒に、勉強机に向かって並んで座り、アイドル雑誌を広げてキャーキャー言っては胸を焦がす様になった。
くみちゃんのお母さんの和子伯母ちゃんが、「くみ子はお肉はよう食べんのんよ。」とよく言っていた。
タンパク源としては、もっぱら鶏卵を食していたくみちゃんだった。
土間のお台所で、おばあちゃんや伯母ちゃんがご飯の支度をするそばで、火鉢の上に卵焼き器を置いて座り、卵液をそーっと注いで火鉢の熱で焼いて、自分が食べる用の卵焼きをゆっくりゆっくり作っていたくみちゃんだった。
器用だな〜、と感心して見ていたが、極めつけは朝のトーストの時だった。くみちゃんは、バターを塗ったトーストに、事もなげにイチゴジャムを重ねて塗るのだが、絶妙に薄く塗りのばされていて、ジャムの赤い色がほとんどわからなくなっている。ギリギリ、イチゴジャムだとわかるレベルの代物だった。
職人さんみたいなくみちゃんだった。
ある年、それは年末年始に帰省した時だった。いつもの様にお台所の土間で自分用のおかずを作るくみちゃんが、和子伯母ちゃんの大きな声で叱られている時があった。
くみちゃんの腰巾着だった私が、何事かと目を見張り耳をそばだてると、どうやらくみちゃんが元旦の日に、お年玉を持ってお友達と映画を観に行ったとかで、前もって親に報告もなく行ったという事で、叱られていた様だった。
まーちゃんの話題では弾ける笑顔を見せてくれるくみちゃんが、その時はうつむいてシュンとしていて、可哀想みたいだった。
映画を観に行くだけで怒られるのか〜。ここの家の子じゃなくて良かった、とヒヤヒヤしながら聞いている、小姑の様な私だった。
夏休みに帰省した年には、また別のくみちゃんを見た。
夜、とっぷり日が暮れてから、菩提寺のお祭りにいとこ達みんなで行こうという運びになった。
「くみ子がおるんじゃけえ、大人はいらんね。」
という事で、浴衣姿の子供達は、普段着のミニスカートのくみちゃんに着いて歩き出す。
「行って来んさい。」
見送りの大人達の姿が街灯に照らされていたはずが、山の上のお寺さんに向かって舗道を歩き始めると、頼みの街灯が全く無くなってしまった。
それまで経験した事も無い、漆黒の闇の世界である。
何も見えない。
「くみちゃん、いる?どこ?」
子供達は怯えて足がすくむが、相当遠くの方から
「ちゃんと着いて来にゃ迷子になるで。置いて行かれても知らんで。」
というくみちゃんの声を確認し、恐る恐るそちらの方向に足を運ぶ。
懐中電灯のひとつも持っていないのに、くみちゃんには道がありありとわかっている様で、普段から早足なのも手伝って、難なくお寺さんに向かって歩みを進めている様子なのだ。
「待ってよ〜。」
真っ暗で引き返すこともままならず、半べそをかきながらくみちゃんを探す子供達。
くみちゃんの優しい所は、ことさらに歩みを遅める事はせずとも、常に声を出して、後ろの子供達に進む方向を知らせてくれていた所だ。
怖くて足がすくみ、私など普段ならとっくのとうに大泣きしている所だが、自分で何とかしないとどうにもならない!というシチュエーションの中、必死でくみちゃんに着いて行った。
不意にお寺のお祭りの灯りが届いて、くみちゃんの後ろ姿が目の前に浮かび上がった。
普段着のミニスカートに身を包んだガッチリした体型のくみちゃん。言いようもなく、頼もしく見え、私の目には神々しく写った。
母親ベッタリの私にとって、母親以外に信頼出来る人物像を描くきっかけを与えてくれた、優しい優しいくみ子姉ちゃんだった。
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