第3話 2,笑顔と泣き顔
「男はつらいよ」の映画を見ていると、家族といざこざがあってへそを曲げた寅さんが、いつもと違う階段を上って二階に行く場面がよく出てくる。
母のお里の家にも同じ様な感じに、いつもは使わないもう一つの階段があった。
みんながご飯を食べたりおしゃべりしたりする居間のすぐ横にある階段は開放的で、住人である三人のいとこ達は、二階の自室に行く時にはいつもこちらの階段を使っていた。
一方、お店の売り場からひょいと一段上がった部屋は祖父母の居室で、常に障子が開け放されていて買い物客に対応できる様になっていた。
その部屋の奥に、廊下が突き当たって途切れ、左を見上げるとやや暗い階段があるという事に気付いたのは、あんなに毎年行っていたのに結構大きくなってからだった。
小学生になっていた私は、慌てて母に報告をしに行った。「向こうに階段がもう一個あるよ。」
母も、周りにいた人達ももちろん知っていた訳なので、知らなかった私の方が笑われてしまった。
そしていつもの様にべそをかくのだった。
私は本当に泣き虫だった。
女の子のいとこたちがある時、プラスチックでできた可愛い口紅のおもちゃを持って遊んでいた。その赤い色と言い、小さなサイズ感と言い、こんな可愛いおもちゃは見た事がない! 帰省した当日くらいの出来事で、一年ぶりに会ういとこ達とまだ馴染んでいなかったのだが、思わず「貸して。」と言ってしまったのだ。
引っ込み思案の私にしては無謀な行動であった。果たしていとこ達は「だめ。」と言う。するとこちらも意地になって「貸して。」としつこくする。おもちゃが手に入らない悔しさで、ものの三分も経たないうちにべそをかき始める。
いとこ達は、口紅のおもちゃをポーンと床に投げ捨て、「すーぐ泣くんじゃけ!」と捨て台詞をして連れ立って走って行ってしまった。
べそをかきながら、転がっている口紅のおもちゃを拾ってプラスチックの感触を指で確かめた時は、嬉しかった。
不思議なのは、母親ベッタリの私が、今しがた起こった出来事をその時母に言いつけに行かなかった事だ。
実家での母は、鎌倉での母とは別人の様だった。
いつも楽しそうに笑ってニコニコしていた。その笑顔が珍しくて遠目にしげしげと眺めていると、視線に気付いた母は私を見て、何故かうんうんと頷いていた。
泣き虫の私がようやくいとこ達との生活にも馴染んだ頃、鎌倉に帰る日がやってくる。祖父母と同居していた年雄伯父ちゃんや和子伯母ちゃんに挨拶をする時が、その年の帰省での泣き納めとなる。
威勢の良い夫婦で、二人とも声が大きかった。
「珠代っちゃんよう。」伯父ちゃんが毎年同じフレーズを口にする時点で、怖くて涙が出てくる。「もうビービービービー言わん様になったら来いのう。」広島弁が怖くて、毎回ビービー泣きながら帰っていた。
みんなは笑っていたけれど、母はどんな気持ちだったのだろうと、今は思う。
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