僕はひとより空を見上げているんだなあ

誰じゃ

第1話

 不思議なものをよく目にする。

 未確認飛行物体をUFOというのであればUFOと言ってもいいのだろう。

 実際は、謎の科学者が飛ばしたものか、見間違いか。


 寒空の空気が澄んでいて、透明で、どこまでも見えそう。…そのもっと先まで。


 どうでもいいことだが、朝日はいつまで朝日なのだろう?調べればわかるんだろうが、朝だからそんな気力はない。

 さっきまで朝日だったのに今は違う。まあ、どうでもいいので、ほら、あの電線を超えたらということにしておこう。


 ◇◇


 カーテンレールにある、あの、カーテンをひっかけてスライドさせるあの小っちゃいの、名も知れぬあれが端に4つ余っていて、そのせいで隙間ができていてレーザー光線のように教室に光が入ってくる。4つ飛ばして一番端の奴のひっかければ、レーザー光線が入ってくることもないのにとずっと思っている。

でも、もうすぐ卒業だし、今更ハシゴを持ってきて直すなんてとをする気はない。

 何のためにそんなことをする。


◇◇


 ベランダに出るとさすがに空が大きい。窓から見る空よりも、心が吸い取られていく感じがずっと大きい。ずっとここにいたくなる。

 寒さに身を縮めて教室に戻ると暖房が温かい。

 残してきた寒空に申しわけないほど。

 ぬくぬくと空を見上げ、並んで飛ぶ鳥を見つめる。


◇◇


 温かいお茶を買った自動販売機から少し歩いたところに、ほぼ人が来ることがないスペースがある。木の箱が2つ置いてあって、夏はひかげ、冬はひなたの方に座る。

 小さな物置小屋の横に、電気まで枯れるんじゃないかと思うほどの、古い木の電柱がある。

 かすれた雲が風に流されていて、見上げていると雲が動いているのか、電柱が倒れてくるのかわからなくなる。

 わからなくなって、ふわふわして、お弁当を食べる。

 昼休みはもっと長くていいと思う。


◇◇


 おなかも満たされて、あたたかくて、午後の授業は逆につらい。夢で授業を受けているよう。


 窓枠に切り取られた角切りの青空は、僕が最も見ている景色の一つだろう。

 ブルーベリーゼリーのように透きとおっていて、空にいたら食べ放題でうらやましいと思った。

 雲の中に飛行機が飛び込んで出てこない。

 目の錯覚か、またはUFOだろうか?

 どうせ見るならオバケがいいなあ。

 優しいオバケ。

 去年死んだ同級生の女の子は、優しい女の子だったので、オバケになっても優しいだろう。

 きっと、「うらめしや~」ではなく「やさしや~」で出てくる。


 UFOやオバケの話を友人にするとバカにされたが、友人も友人で「ツチノコが飛んでいた」と言うので倍返しで笑った。後で調べたらツチノコは数mジャンプするらしいので、笑わずに聞いてもよかったなと思う。後悔している。


 ヘリコプターが飛んでいる。

 僕は「ヘリコプターだ!」と叫ぶタイプの子供だったが、今は心の中で「ヘリコプターだ!」と思うだけ。


◇◇


 学校が終わり昇降口を出ると、すっかり夕方の雰囲気で、色のついた光が斜めに刺さってくる。


 帰宅する僕に、電線だけが付き添ってくれる。

 毎日の登下校で見慣れすぎていて、よく知った友達のような感じがする。


 あくびをしながら見ていたカラスがフンをしてきた。

 かかりはしなかったが、僕が口を大きく開けたのを「威嚇された」と思ってフンを落としてきたんじゃないかという、そんなタイミングだった。

 そんな性格の悪いカラスにいじめられて集まっているのだろうか?少し歩いた先の公園の木々で、大量のムクドリが泣いている。

 何かに驚いていっせいに飛び始めると、空が少し暗くなって、僕は小走りになる。

 どこからか流れるかすかなワーグナー。フンの垂れる恐怖もあって、ホラー映画の中に入り込んだ気持ち。

 まあ、通り過ぎれば得した気分。映画に入れたので。


◇◇


 バイトが終わると寒さはさらにひどくなっていて、空には星が輝き、流れ星が流れた。


 僕は寒くてポケットから手袋を取り出す。

 優しい女の子から借りた手袋を今でも使っている。

 彼女の葬式にはクラスのみんなで行った。僕も行った。僕は彼女のお母さんに手袋を返そうと思い話しかけた。


「彼女は誰にでも優しい人で、寒そうな僕に手袋を貸してくれたんです」


と、誤解のないよう。彼女の名誉を守るためにそう付け加えた。


「サイズを間違えたのかしら…娘の手にはだいぶ大きいようね。…よかったら使ってあげてください」


 そう言われて今でも使っている。


地面の方を見ると、働いて帰るスーツ姿の人々が同じ歩幅で歩いている。それぞれ別々なのに均一で、まるでトイレットペーパーの断面のよう。


 みんな星空がキレイなことを忘れたのだろうか。

 空が青いというのは実は嘘で、本当の姿はこれなんだ。

 地球はこれの中に浮かんでいるんだ。

 底が抜けてどこまでも落ちていきそう。

 宇宙に投げ出されたように感じる。

 でもこれこそが世界の本当の姿だ。

 世界の現実は認めないといけない。


 雪が降る。

 僕は降り始めた雪の一番初めを見た人だと思う。

 吸い込むような黒い空の奥に白く。


「ねえ、きっと明日になれば地上は、トイレに備蓄されたトイレットペーパーの断面のように、とても美しいよ。雪」


また流れ星を見つけた。



「ああ、僕はひとより空を見上げているんだなあ」






                おわり

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僕はひとより空を見上げているんだなあ 誰じゃ @suuugaaa

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