第6話 惹かれ始めた心
直人は村の集会所で、新たなルールを作るための草案をまとめていた。彼の傍らには、エリスが座り、彼の書き上げた文章に目を通している。
「直人さん、この部分ですが、『村外から来た者に規則を守らせる』だけでなく、『規則を守ることで得られる利益』も明記した方が説得力があるのではないでしょうか?」
エリスは丁寧に提案すると、手元の紙にさらさらと修正案を書き込んだ。
「なるほど、それはいい視点ですね。」直人は感心した表情を浮かべながら、エリスの案を見つめた。「文章の書き方がすごく洗練されていますね。」
「侯爵家で書簡の整理を任されていましたから。」エリスは控えめに微笑んだ。「でも、こうして村全体に関わる文章を作るのは初めてです。」
直人は改めて彼女を見た。文字の読み書きができる村人は少なく、文章の構成を考えられる人材は貴重だ。彼はエリスがこの村にとって大きな力になると確信した。
「エリスさんがいてくれると、本当に助かります。一人で考えるよりも、ずっといいものができる。」
エリスの胸の中で、直人への尊敬が次第に膨らんでいった。
その次の晩、直人とエリスは遅くまで集会所に残り、ルールの細かい部分を詰めていた。
「ここの文言ですが、『村に利益をもたらす』という表現だと少し曖昧に感じます。『村の防衛や生産活動に貢献する』と具体的にした方が良いのではないでしょうか。」
エリスの提案に、直人はペンを止めて深く頷いた。「確かに、具体的にした方が誤解が少ないですね。」
彼女が直人のノートに書き加えた一文を見つめながら、直人は不意に言葉を漏らした。「エリスさん、こういうのが本当に得意ですね。」
「そんなことはありません。ただ、直人さんが作りたいと思っているものに共感できるからです。」
エリスは顔を赤らめながらも、まっすぐに直人を見つめていた。その瞳に映る誠実さに、直人は少しだけどぎまぎした。
その翌日、二人は村の境界線の見回りに出かけた。エリスが直人に問いかける。
「直人さんは、どうしてそんなに村のことを考えるのですか?」
「それは…」直人はしばらく考えた後、答えた。「ここが俺にとっての第二の人生だからです。日本でやり残したことを、この村で果たしたいんです。」
「やり残したこと…。」
エリスはその言葉を繰り返しながら、ふと自分の過去を思い出した。侯爵家での日々は、厳格で規律に縛られたものだった。しかし、直人と過ごす時間の中で、自分がもっと自由に人のために尽くせる可能性があると感じ始めていた。
「私も、これからは誰かのために自分の力を使いたいです。」
直人は彼女の言葉に頷き、「それなら、俺たちでこの村をもっといい場所にしていきましょう。」と笑顔で答えた。その瞬間、エリスは胸の奥が温かくなるのを感じた。
その夜、一人部屋で眠りにつこうとしても、エリスの心は静まらなかった。直人の笑顔や言葉が何度も思い浮かぶ。
(私は…どうしてこんな気持ちになるのだろう。)
侯爵家では、侍女として冷静さを保つことが求められていた。感情に流されることは許されない。しかし、ここでは誰も彼女を縛らない。彼女自身の意思で、誰かを想う自由があった。
「直人さん…。」
彼の名前を口にしただけで、胸が高鳴る。それは彼女にとって、未知の感情だった。
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