第5話: よそ者を受け入れるルール
ある日、直人が村の広場で新しい基準について村人たちと話し合っていると、慌てた様子でエディが駆け寄ってきた。
「直人!村外れで怪しい奴が倒れてる。どうする?」
「怪しい奴?」直人はエディの言葉に警戒を覚えつつも、すぐに行動を決めた。「行こう、どこだ?」
エディに案内されて村外れの森へ向かうと、そこには若い女性が横たわっていた。彼女は豪華な装飾の施された服を身にまとっていたが、その服は所々破れ、泥が付着している。肌には小さな擦り傷が見られ、彼女の長い銀髪は乱れ、顔色も優れない。
「この人、どこから来たんだ?」直人が小声で呟くと、エディが答えた。
「分からない。でも、こんな格好してるのはこの辺じゃ見たことないな。」
直人は慎重に彼女の肩を揺さぶり、声をかけた。「大丈夫ですか?聞こえますか?」
少女のまぶたがゆっくりと開き、青い瞳がこちらを捉えた。彼女は弱々しい声で答えた。
「…助けて…。追われているの…。」
村に彼女を運び込み、簡単な手当てを施した後、直人はガードンとミラを交えて事情を聞くことにした。少女は震える手で水を飲みながら、自分が貴族の家に仕えていた侍女であること、盗賊団に襲われて逃げてきたことを語った。
「彼らは、私たちの荷物を奪い、私以外の者を…。」彼女の声が震え、目には涙が浮かんでいる。
「盗賊団か…。」ガードンが険しい顔で呟く。「この辺りでそんな話は聞いたことがないが、これから出るかもしれんな。」
「それにしても、この人をここに隠しておくのは危険だ。」ミラが慎重に言った。「もし盗賊団が追ってくるとしたら、村全体が巻き込まれるかもしれない。」
直人は静かに考え込んだ。外部の脅威が村に及ぶ可能性を無視することはできないが、目の前の少女を見捨てるわけにもいかない。
「村に受け入れるしかない。」直人は決断した。「ただし、彼女を守るための対策を考えましょう。」
村の一室で手当てを受けながら、少女は改めて自己紹介をした。
「私はエリス・フィオーレ。サーリオン侯爵家の侍女でした。」
サーリオン侯爵家といえば、王国でも指折りの名門だ。貴族としての格式を重んじ、華美で洗練された文化を誇る一方、外部の者には厳格な態度を取ることで知られている。
「私たちの一行は、侯爵様の大事な品を届ける途中でした。しかし、山道で盗賊団に襲われ、全て奪われてしまったんです。」
エリスの声には悲痛な響きがあった。「侯爵様の品を守れなかった私には、戻る資格がありません。」
直人はその言葉に心を打たれた。責任感の強さと自分を律する姿勢は、彼女が侍女として長年仕えてきた証だろう。
「それでも、生き延びてここまで来たのはすごいことだ。」直人はそう言って微笑み、続けた。「ここでは、誰もが一人の人間として扱われます。エリスさんも同じです。」
エリスは驚いた表情を浮かべた後、小さく頷いた。「ありがとうございます。」
その夜、直人は村人たちを集め、事情を説明した。村人たちの間には不安が広がり、ざわめきが起きた。
「盗賊団なんて連れてこられたら困るぞ!」エディが声を上げると、他の村人たちも同意する。
「でも、見捨てるのか?」ミラが強い口調で返す。「それは私たちのやり方じゃない。」
直人は静かに手を挙げ、村人たちの声を制した。「皆さんの気持ちは分かります。ですが、彼女を追い返すことで私たちが安全になる保証はありません。むしろ、彼女を助けることで信頼と協力を築く方が未来につながると思います。」
「信頼だって?」エディはなおも不満げだ。
「その通りです。」直人は力を込めて続けた。「村全体で協力して彼女を守ることで、この村の結束を強められるはずです。そして、盗賊団に対しても対抗策を講じることができるかもしれません。」
「でも、そんなルールもなしに、外部の人間を勝手に受け入れるのはどうなんだ?」ガードンが慎重に問いかける。
その言葉に、直人ははっと気づいた。これまでの村のルール作りには「村外の人間をどう扱うか」という観点がなかった。
「確かに、その通りです。」直人は深く頷いた。「では、彼女を受け入れるにあたって、新しいルールを決めましょう。」
翌日、直人は村人たちの前で新たなルールの草案を読み上げた。
「外部から来た人を受け入れる際には、以下の基準を設けます。
受け入れを村全体で話し合い、多数の同意を得ること。
受け入れた人には、村の規則を守ることを約束してもらう。
村に与える利益や負担を公平に分け合うため、協力を求めること。
このルールを基に、エリスさんを村に迎え入れることを提案します。」
新たなルールを考えた背景には、直人が学んだ日本の法律における組合や閉鎖会社の規則がヒントとなっていた。彼は、組合員や株主を追加する際に全員の合意が必要である場合が多いことを思い出した。また、新しく加わる者には、既存の規則を守る義務とともに、組合や会社への利益貢献が求められることを参考にした。この考え方を村にも応用すれば、村人たちが納得できるルールを作れるのではないかと考えたのだ。
「村全体の同意か…。それなら納得できるな。」ミラがそう言うと、他の村人たちも頷き始めた。
「村の規則を守るっていうのも重要だな。俺たちだけが負担を背負うわけじゃない。」
エディも不満げながら、「まあ、それならいいか…。」と渋々同意した。
直人はエリスに向き直り、新しいルールについて説明した。「エリスさん、村に受け入れるために、あなたにも協力していただきたいことがあります。この村の規則を守り、共に助け合うことを約束していただけますか?」
エリスは一瞬驚いた表情を見せたが、やがて小さく頷いた。「もちろんです。私も皆さんに感謝しています。できる限り協力します。」
彼女の真剣な態度に、村人たちは安心した表情を見せた。
こうして、外部の人間を受け入れるための新しいルールが村に加えられた。エリスは村の生活に少しずつ溶け込み、村人たちも彼女に親しみを感じ始めていた。
「直人、あんたのルール作り、なかなか役に立つな。」ガードンが笑顔で言った。
「ありがとうございます。でも、これからが本番です。」直人はノートに新しいルールを書き加えながら、未来を見据えていた。
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