第4話: ルールの種を蒔く

アルネス村での「ルール草案」は、直人が初めてこの世界で作り上げた秩序の形だった。しかし、提案したからといってすぐに村人たちが受け入れるわけではなかった。村人たちは新しい考えに懐疑的で、直人の言葉にも半信半疑だった。


「届け出だって?そんな面倒なことをわざわざやる意味があるのか?」


直人が迷子になった動物を広場に届け出るというルールを読み上げると、若い村人のエディが不満そうに言った。彼は粗削りな服装をし、全体的に無骨な雰囲気をまとっていた。


「エディの言う通りだよ。これまでみたいに見つけた者が使えばいいじゃないか。」別の村人が声を上げる。


一方で、直人の提案に肯定的な意見も少しずつ聞こえ始めた。


「けど、話し合いがこじれるたびに村が混乱するのは困るわ。ルールがあれば、無駄な争いを減らせるかもしれない。」


中年の女性ミラがそう言うと、何人かの村人が頷いた。しかし、全員が納得しているわけではなかった。ルールに対する理解と、それを受け入れるまでにはまだ時間がかかりそうだった。



「このままでは、彼らの反発を押し切ることもできないな。」直人はガードンと話し合いながら、ルールを村人たちに理解してもらう方法を考えた。


「一つずつ具体例を示していくしかない。」ガードンが提案した。「村の中で起きている小さな問題を解決しながら、あんたのルールが役に立つと証明していけ。」


それを聞いて、直人は納得した。確かに、村人たちにとって抽象的な理論よりも、実際の成功例を見せる方が説得力がある。


翌日、直人は村の広場で村人たちに呼びかけた。


「迷子になった家畜が出た場合、これから一度広場に届け出るようにしてみませんか?試験的に一週間だけ運用して、その効果を確認しましょう。」


エディは「そんなもの意味があるのか?」と不満を漏らしたが、ミラやガードンが賛成したことで、村人たちは一応試してみることに同意した。


数日後、早速ルールを試す機会が訪れた。羊が迷子になったという報告があり、見つけた村人がそれを広場に届けたのだ。直人はその場で飼い主を確認し、飼い主が羊を受け取るのを見届けた。


「これなら簡単だし、公平だな。」迷子の羊を受け取った飼い主がそう言い、周囲の村人たちも頷いた。


直人はその光景を見ながら、少しずつルールが浸透していく感触を得た。




初めての成功から数日後、直人の元にエディが駆け込んできた。


「おい直人、また揉め事だ!今度はピートが届け出をしなかったせいで問題になってる!」


「ピート?」


直人が聞き返すと、エディは苛立った様子で説明を始めた。


「ピートが迷子のヤギを見つけたんだが、それを広場に届けず自分の家に隠してたらしい。それで本当の飼い主が見つけて文句を言ってる。」


直人は急いで広場に向かった。そこには、怒りを露わにした中年男性がピートに詰め寄っていた。


「お前、なんでヤギを隠してたんだ!俺のだって分かってただろ!」


「うるせえな!お前がちゃんと見張ってなかったのが悪いんだろ!」


現代日本の法律であれば所有権を基準に解決するが、この村では「所有」という概念が曖昧だ。そもそも、誰が羊の所有者なのかというと、よくわからないといわざるを得ないし、裁判で証拠を元に決めようといっても、受け入れてもらえるとは思えない。この村で使える基準を考える必要がある。



直人は村人たちの言葉や、これまでの出来事を振り返りながら一つずつ整理していった。


「まず、家畜に印を付ける習慣があれば、誰が管理しているかが一目で分かるはずだ。」


彼はそう考えたが、村人たちがその手間を受け入れるかどうかも気がかりだった。次に、飼い主が家畜の特徴を正確に説明できることを条件にすれば、拾った人との信頼関係が築けるかもしれないと気づいた。


「でも、それだけじゃ拾った人が不満を持つな。」


直人はさらに思案を重ね、拾った人の努力を評価する形で感謝の意を示す仕組みが必要だと考えた。


「これならどうだろう。」


彼は再びノートを開き、次の案を読み上げた。


1,家畜に特定の印が付いている場合、それを優先する。


2,飼い主が家畜の特徴を正確に説明できた場合、それを考慮する。


3,拾った人が家畜を保護するためにかけた労力があれば、それに応じて適切な礼を渡す。


この案を聞いた村人たちは、しばらくの間黙り込んだ。しかし、ガードンが静かに口を開いた。


「直人の言う通りかもしれん。印を付けるのは少し手間だが、こうすれば次からの争いを防げるだろう。」


「でも、礼を渡すっていうのは?」エディが不安そうに尋ねた。


「それは拾った人への感謝としてだ。」直人は答えた。「そうすることで、家畜を保護する意識が高まるでしょう。」


ミラが笑顔で頷いた。「それならみんな納得できるわね。」


村人たちは次第にこの案に賛成し、ピートも渋々ながら同意した。



議論の末、ヤギは飼い主に返されることになった。ピートも、保護した労力を評価されて礼として穀物を受け取り、納得した表情を見せた。


「これで問題は解決したな。」ガードンが満足げに言った。


直人は安堵しながら、ノートに新たな基準を書き加えた。


「これがこの村に根付く第一歩です。」


彼の中には、新しい秩序を築ける手応えが確かに芽生えていた。


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