第3話: 村の慣習を探る


翌朝、直人は早々に起きて村の広場に向かった。失敗を引きずり続けるわけにはいかない。この世界で秩序を作るためには、まずこの村の人々が何を重要視し、どんなやり方で問題を解決してきたのかを知る必要がある。


「昨日の話し合いでは、俺の考えが完全に噛み合っていなかった。まずは彼らのやり方を理解するところからだ。」


直人はまず、昨日対応してくれた初老の男性、ガードンに声をかけた。彼は村の長老的な存在で、村人たちからも信頼されているようだった。


「ガードンさん、少し時間をいただけませんか?」


「おお、あんたか。昨日は大変だったな。何の用だ?」


「この村では、こういった揉め事が起きたとき、普段はどうやって解決しているんですか?」


ガードンは少し驚いた表情を見せたが、椅子に腰掛けながら話し始めた。


「そうだな、基本的には力の強い方が勝つ。それが村のやり方だよ。だが、昨日みたいに双方が引かないときは、村人全員で話し合って、どっちが正しいか決めることもある。」


「全員で話し合う…具体的にはどうやって?」


「どうやってと言われてもな。みんなで酒を飲みながら、それぞれの言い分を聞く。それで賛成する方に手を挙げて、数が多い方が勝ちだ。」


直人は眉をひそめた。多数決で決めるという方法自体は理にかなっているように思えるが、そこには具体的な基準や証拠というものがほとんど介在していない。


「証拠や根拠はあまり重要視されないんですね?」


「そうだな。この村の人間同士なら、お互いをある程度信頼しているからな。それがなければ、みんなで決める意味なんてないだろう。」


ガードンの言葉に、直人は少し引っかかるものを感じた。信頼をベースにした判断は、現代の法体系とは全く異なるものだったが、同時にそれが村の秩序を保つ一因になっていることも理解できた。


その後、直人は他の村人たちにも話を聞いて回った。


「羊が迷子になったときは、見つけた人がそれを使うのが普通だったよ。」


「けど、もし元の飼い主がそれを知ったら、拾った人は返すこともある。それは相手がどれだけ頼んでくるか次第だな。」


「昔から、争いが続くと村全体が困るから、どちらかが我慢することも多いね。」


直人は、彼らの話を一つ一つノートに書き留めながら思った。この村では、何か明確なルールが存在しているわけではない。しかし、人々の間には共通の「慣習」や「暗黙の了解」が根付いているようだった。


村の慣習を一通り把握した直人は、自分の考えを整理するために広場の端でノートを広げた。


「この村のやり方は、明文化されたルールにこそなっていないが、実際には立派な秩序が存在している。ただ、それが曖昧すぎるから、昨日のような争いが泥沼化する。」


直人はペンを握りしめ、さらに書き込んだ。


「ならば、俺がこの慣習を基にしたルールを作ればいい。村人たちが無理なく受け入れられる形で、今ある秩序を明文化するんだ。」


彼は自分のノートに、新たな章のタイトルを書き込んだ。

「アルネス村のルール草案」


その夜、直人はガードンを含む数人の村人を集め、自分の考えを話し始めた。


「これまで、この村には決まったルールがありませんでした。しかし、皆さんの慣習をもとに、簡単な形でそれをまとめてみました。」


彼はノートを開き、手書きのルールを読み上げた。


1,迷子になった動物を見つけた場合、まず村の広場に届け出ること。

2,元の飼い主が現れた場合、返却を求める場合は適切な理由を説明すること。

3,話し合いで解決しない場合は、村全体で公平に議論する。


村人たちは直人の説明に耳を傾けていたが、最後まで聞くと口々に意見を言い始めた。


「そんな面倒なことをしなくても、昔からのやり方でいいんじゃないのか?」


「いや、こうすれば無駄な争いを減らせるかもしれない。」


賛否両論が渦巻く中、ガードンが静かに口を開いた。


「確かに、慣習をはっきりさせるのは悪くないかもしれん。だが、これを村全体で受け入れるには、もう少し時間が必要だろうな。」


直人はその言葉に頷いた。この取り組みが簡単には受け入れられないことは理解していた。それでも、彼は一歩を踏み出すことができた。


「ありがとうございます。これを基に、さらに村の皆さんが納得できるルールを作っていきましょう。」


直人の新たな挑戦が、ここから始まった。

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