第3話 これって偶然?

 その日の授業を終えて、海斗がいつものように下足箱で履き替えると、見慣れない人影があった。


「あっ、西島君じゃない。偶然だね」


「…桜木、さん…?」


「今から帰るの? だったら、一緒に帰ろうよ」


「サッカー部の方はいいの?」


「うん。今日は用事があるからって、ことわってきたから」


 爽やかな笑顔の理亜は、果たして偶然ここにいたのだろうか?

 それは彼女本人と、神様にしか分からない。


 一緒に肩を並べて歩く落ち着かない帰り道で、話題はやっぱり一つだ。


「西島君のこと、キャプテンや監督にも話しておいたから」


「そんな勝手な…俺なんかほんと、大したことないって」


 海斗が同じ言葉を繰り返すと、理亜が眉尻を下げる。


「あの試合は、西島君が入ってから、流れが変わったわ。こっちのベンチはヒヤヒヤしてたんだから」


「そんな、まさか…」


「本当よ。パスは上手だったし、一番走り回っていたわ。あいつは誰だって、みんなで言い合っていたの」


 海斗には全く信じられない。

 彼はずっと、中学では底辺にいて、試合に出たことすらほとんどなかったのだから。


「だからお願い、サッカー部に入って。フォワードの層が薄いから補強したいって、監督も言ってるわ。今年はいい選手が入ったから、全国高校も狙えそうなの」


 全国高校サッカー選手権大会、毎年年末年始に行われる大会で、都道府県の代表が集う。

 高校のサッカー選手ならみんなが憬れる至高の頂だ。


「お願い、練習だけでも見に来て欲しいの」


「…でも俺が行くと、いい顔をしない面子もいるからさ」


「え? どういうこと?」


「同じ中学だった連中にとっては、俺は戦犯だから」


 海斗としても、こんなことは言いたくなかった。

 でも、自分が入ることでチームの空気が悪くなっては、本末転倒なのだ。


「そんなの…プレーで見返せばいいじゃない。失敗は誰にだってあることよ」


 理亜はそう言うけれど、海斗にとっては、仲間から向けられた冷たい視線が忘れられない。

 エースストライカーだった本成寺に代わって入った下手糞のせいで試合に負けた、みんなそう言いたげだった。


「まあ、俺のことは諦めてよ。でも誘ってくれてありがとう」


「君の気持ちは分かるわ。でも、私は諦めないから」


 力がこもった目を向けられて、海斗は一瞬たじろいだ。


 彼にも未練はある。

 でも自分なんかが何ができるのだろうかと、前向きに考えられない。


(いいさ。俺の中では、もう終わったことだ)


 そんな事があってから、しばらく経った日の全校集会。

 縁台の上から学校長が高らかに声を上げた。


「この学校からインターハイ出場が決まりました。陸上で、一年の磯山千秋さんです」



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