第2話 幼馴染との賭け

「また読んでるのね、サッカーの漫画」


「ああ、まあね」


「そんなに好きなんだから、また始めればいいのに」


「…そうはいかないさ。もうみんなに迷惑を掛けたくない」


 その試合に負けた次の日、海斗が部室のドアに手を掛けると、中から怒号が聞こえてきた。


「何で俺をあんな奴に替えたんですか!? 俺が出ていれば勝ててましたよ!?」


「みんな、結果の責任は俺にある。けどな、あの交代には理由があったんだよ」


 中から聞こえてくるのは、顧問の先生と部員達の口論だった。

 昨日の試合のことで海斗が責められているのは、彼にも直ぐに理解ができた。


 部室で声を荒げていた本成寺保ほんじょうじたもつは、その日のグラウンドで、あからさまに侮蔑の目を海斗に向けた。

 「よく面を出せたもんだな、クソが」、そんな捨てゼリフと一緒に。


「本成寺やあの時のメンバーがここのサッカー部にいるんだから、俺なんかが入れる訳ないだろ」


「でも、今だってこっそり、走ったりボールを蹴ったりしているんでしょ?」


「え? な、なぜそれを…?」


「私だって自主練で走っているから、たまに海斗を見かけるわ。真剣にやってるから、声はかけなかったけど」


 海斗と千秋は家が近所で、小学校の頃から仲が良かった。


「私は陸上部に入るから、一緒に入ろうよ?」


 中学に入学して千秋がそう話した時、海斗は断って、サッカー部を選んだ。

 中学にもなって女の子と一緒っていうのが照れくさかったし、スポーツの中ではサッカーが一番好きだったからだ。


 けれどそれから、海斗の地獄が始まった。


 周りは小学校からの経験者ばかり。

 あっという間に置いていかれて、練習についていくのがやっとで。

 毎日走ってもボールを蹴っても、追いつけない。

 だんだん他の部員の顔色を伺うようになって、周りにボールを渡すことばかりを考えるようになっていった。


 這いつくばった三年間、ほとんど試合に出ることはなかった。

 それがあの代表決定戦の時だけは違って、いきなりベンチ入りを命じられたのだった。


「じゃあさ海斗、私と一つ賭けをしない?」


「賭け? 何の?」


「私がインターハイの出場を決めたら、海斗はサッカー部に入るの」


「何だよそれ? 俺にどんなメリットがあるんだよ」


「どうかな。でも、私のやる気のため」


 千秋は高校に入って早々、陸上部長距離のエースになっていた。


「海斗が決心つかないんなら、私がそうさせてあげる。私は海斗の頑張りが本物だってこと、知ってるから」


 全く、今日は朝から何なんだと、海斗は思う。

 千秋にしても、急に現れた理亜にしても。


 全く引き下がる気配のない千秋に辟易とした海斗は、仕方なく首を縦に振ったのだった。



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