第2話 平和が一番!

 夢を見ていた。全てが終わった、あの日の夢だ。



『あぁ……見事じゃ……』



 禍々しい玉座の間で、力なくうなだれる銀髪の少女。そのあどけなさの残った美しい相貌そうぼうにはヒビが入り、煌々こうこうと輝いていたルビーの瞳は黒く濁り始めていた。



『楽し、かったぞ……余の最期にふさわしい……宴であった……』



 かつて最強とうたわれた魔王の死──ずっと願っていたはずのそれに、心がきしむような音を立てる。



『なぜ、泣いておる……?』



 対する彼女は死に怯えた様子もなく、俺の顔を見て小首をかしげるばかり。



『あぁ、そうか』



 いったい、なんと声をかけたんだったか。肩を掴み、叫ぶように伝えれば、少女はハッとしたように目を見開く。



『もう、おぬしとも話せぬのか』



 すると、一転してその声が沈んだ。



『そればかりは少し、寂しいものじゃな……』



 実際の変化は些細なものだったが、俺には分かる。彼女もまた、人と同じく心を持つ存在なのだと。



『のう、シキ』



 しかし、分かれの運命からは逃れられない。



『もしも、来世というものがあるのなら──』



 少女はフッと、力を抜くように優しく微笑んだ後。命の灯火が燃え尽きる寸前に、ボソリとつぶやいた。






 もう何度見たかも分からない夢は、唐突に覚める。



「──ああ、クソ。またこの夢かよ……」



 誰にでもなく悪態をつきながら上体を起こすと、固まった身体を伸ばした。


 カーテンのかかった窓を見れば、外は明るい。寝ぼけた目を細めながら開け放てば、快晴の空がそこには広がっていた。



「そんで、また昼まで寝ちまった……」



 間違いなく、昨日マンガの一気読みをしたせいだろう。あくびをこぼしつつ立ち上がると、洗面所に移動して顔を洗う。



「あ、おはよう、志希しき。今日は早起きじゃん」



 階段を降りて居間に向かうと、聞き慣れた女性の声が聞こえてくる。俺の母である、石間美希いさまみきだ。



「いや、どこがよ」

「相対的に考えた方がポジティブでしょ、こういうのは」



 思わずツッコミを入れると、それらしい理屈で返される。まあたしかに、いつもよりはマシかと思えば、少しは慰めになるか。



「ああ、そうそう。この間、パートの同僚さんがさぁ──」



 流れるように冷めた昼飯をレンジで温めていると、母が聞いてもいないことを話し始める。


 俺はそれに相槌を打ちながらスマホをいじり、ソシャゲのデイリーを達成しながら料理が温まるのを待った。



「いただきます」



 少ししてテーブルに着くと、母の手作りスパゲッティを頂戴ちょうだいする。


 馴染みのあるその味は、やはり美味しい。ミートソースがふんだんにかかったそれは、俺のようなお子様舌をもつ男にはたいへん刺さっていた。



「どう、お味は?」

「うん、美味いよ。世界一」

「もう! このマザコン!」

「いてェ……!?」



 素直に褒めれば、嬉しそうな母の強打が背中を襲った。たぶん、50ダメージくらいは出てる。



「……なんだよ」

「ううん、なんでも」



 ふと振り返れば、なんとも温かい目をした母がこちらを見ていた。その意味を聞いてもはぐらかされるが、まあ、なんとなくは察せられる。



「ごちそうさま。少し散歩してくるわ」

「そう、いってらっしゃい。あ、そうだ、帰りにお肉買ってきてくれる?」

「うーい」



 そんなこんなで食器を片づけつつ、部屋に戻って着替えを済ませると、日課の散歩へと出かける。


 本日のコーデは、上下スウェットというカジュアルなものだ。ちなみに、他のコーデあるの? とか聞いてはいけない。



「あったけぇ……」



 外に出ると、さっそく暖かな陽気に包まれる。五月も半ばに差しかかったこともあり、なんとも春らしい心地良さだ。



「ああ、平和だ……」



 そうして、散歩の途中。公園のベンチに寄りかかりながら、ふとそんなことをつぶやく。


 なぜかって? 詳しく話すと長くなるが、この一言に尽きる。



「まさか、俺が勇者やってる間に、こっちでも十年経ってるとはなぁ」



 ほんの数か月前まで、俺はから──それは、もしそこらの人に話せば、頭のおかしいやつだと思われるような戯言たわごとだろう。


 だが、本当の話である。高校に入って少し経った頃、交通事故に巻き込まれた俺は、知らない世界で目を覚ました。


 そんで、美少女の姿をした凄いやつから力を授かり、鍛え、戦い、十年をかけた果てに最後は魔王を倒して無事めでたしめでたしだ。


 後はまあ、いろいろあってこっちに帰ってきたら、実は植物状態で十年も経っていたという顛末てんまつである。



「はぁ……平和サイコー……」



 ゆえに、ようやく好きでもない殺し合いから解放された俺は、『ハッピーハッピーハッピー!』と頭の中で猫が踊っているわけだ。


 しかも、こっちにはゲームにマンガにアニメ、なんでもある。ネットの海をだらだら泳ぐのだって自由ときた。


 ラノベだと『異世界ヒャッホー!』みたいなのも多いが、少なくとも俺はこっちの方が性に合っている。



「やっと見つけた」

「…………んあ?」



 だから、そう。もう金輪際、揉め事とかそういうのがノーセンキューなのは言うまでもなく。



「あなたに話がある」



 唐突に話しかけてきた、どこか見覚えのあるパーカー少女もまた、完全にノットウェルカムなのだった。

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