S級在宅士は地元最強 〜異世界帰りの元勇者、現代で異能バトルに巻き込まれるも【いしのつるぎ+99】で全員わからせる〜

木門ロメ

第1話 運命の歯車が動き始め……ない!

 ひと気も失せた住宅街の一角を、二つの影が走っていた。



「はぁ、はぁ……!」



 まだ少年と思しき顔立ちの人物は、息を荒げながら何者かから逃げる。



「!!」



 しかし、その先は行き止まりだった。



「鬼ごっこはもう終わり?」

「うっ……」



 気がつけば、すぐ背後に追跡者の姿がある。


 灰色のパーカーに、黒のニーソックス。フードを深く被ったその少女はしかし、まるで息を切らした様子もなく。



「さあ、返して。あなたが奪ったモノを」



 ただ、無機質な声でそう話しかける。


 恐ろしいほど冷たい声色に、少年は怯えながら後ずさるが、そこにあるのは硬い壁だけ。



「う、奪ったモノって、なんのことだよ!」



 少年は虚勢を張るように声を上げる。



「隠しても無駄。あなたがアレをかくまってることはすでに把握している」

「っ……!」



 だが、にべもなく少女がそう口にすると、図星を突かれたように固まることしかできない。



「それで、どうするの? 大人しくアレの居場所を白状する? それとも、白状したくなるまで痛めつけられたい?」



 対し、少女は淡々と問いを投げかけてくる。



「もし……もし素直に教えたとして、あの子をどうするつもりだ」



 少年もまた覚悟を決めたのか、声に力を込めて問い返した。



「…………」



 僅かに生まれる沈黙。少年は強い視線を少女に向けたまま反応を待つ。



「それをあなたが知る必要はない」



 しかし、少女の答えは望むものではなかった。



「そう、か。ならッ」



 瞬間、少年は後ろを振り返って駆け出す。



「絶対に教えない!!」

「!」



 そして、まるで弾けるように高く跳ねた。


 空まで届きそうなその跳躍は人とは思えないほどのもので、少女はわずかに驚いた様子を見せる。



「やっ、た……」



 会話をしている間に回復した体力を振り絞って発動した、不思議な力。少年は成功を喜びながら、過ぎていく眼下の景色を置き去りにした。



「把握。通りで逃げ足が速い」

「え」



 が、その直後、すぐ横から聞こえてきた声に青ざめることとなった。



「ぐ、ぁ……!?」



 少年は驚きに声を漏らすが、対応する間もなく背中に重たい衝撃が走る。見れば、月を背景に蹴りを放ち終えた少女の姿が映った。


 宙を舞う開放感から一転。下に向けて落ちていった少年は真っ暗な川面へと激突する。



「……面倒な」



 近くの橋に着地した少女はボソリとつぶやく。川は暗く、標的がどうなったのか確認しづらかったからだ。



「おい! 誰か川に落ちたのか!?」

「…………」



 と、その時。騒音を聞きつけたのだろう見知らぬ男が駆けつけてくる。


 上下スウェットの、だらしなさそうな二十代くらいの男だ。さらなる面倒ごとに、少女の口からため息がこぼれた。



「あなた、邪魔」

「うおぁっ!?」



 他に目撃者はいない。少女はゴミでも放るように男を投げ飛ばした。明らかな超常現象に、男は成すすべもなく橋の下へと落ちていく。



「彼は、どこに──」



 続けて、少女は何事もなかったかのように橋を飛び降りると、水面に足をつけて着地した。


 あの少年が生きていたとして、まだ遠くには行っていないはず。少女は散歩でもするかのように水の上を歩いていく。



「よっ、いい肩してるな、あんた」

「──!?」



 ところがここで、不意に驚かされてしまう事態に。



「なっ……」



 ありえない、と振り向いたそこには、先ほどの男が立っていた。普通の人間は立っていられないはずの水面に、だ。



「……そう、あなたも体現者エンバディだったんだ」



 瞬時に警戒心を強めた少女は、冷静さを取り戻しそう口にする。



「は? えんば……なんて??」



 しかし、男は本当に知らないかのように首を傾げるばかり。



「まあ、いい。邪魔をするなら、排除するだけ」



 その不可解な態度すらわずらわしかったのか。少女は声を低くすると、たやすく首をへし折れる威力の蹴りを放った。



「おい、痛えだろ」

「っ!?」



 だが、対する男はそれを顔面で受け止めると、涼しい表情で足首を掴み、少女を押し返す。



「くっ……」



 崩れた体勢を整えつつ、再び構えを取る少女。



「はぁ、こいつはめんどくさそうだな……」



 男は戦闘続行の意思を感じとったのだろう。一つ息を吐くと、片手を軽く上げた。なにかを仕掛けてくると察した少女は、その手を見据える。



「あ」



 が、次の瞬間、ピタリと固まってしまった。


 手刀の形に揃えられた指──そこから放たれる凄まじい圧に、思わず怖気おぞけを覚えたからだ。


 これを受けたらまずいと直感するも、身体は蛇に睨まれた蛙のごとく動かない。



「っ……」



 そして、勢いよく振り下ろされた一撃を前に、少女は死を覚悟して目を閉じた。



「…………?」



 ところが、いつまで経っても何も起きない。ゆっくりと目を開けば、目の前には手刀を振り切った体勢の男が確かにいた。


 状況を理解できなかった少女だったが、その答えは遅れてやってくる。



「な、ぁ……!?」



 激しい音とともに舞い上がった水しぶき。背後を振り返れば、そこには真っ二つに割れる川があった。


 全身に水しぶきが降りかかる中、少女はあまりの驚きにただ呆然と口を開けることしかできない。



「まだやるか?」

「うっ……」



 男に声をかけられ無意識に後ずさるも、答えを返せない。少女には使命があった。ここで退けば、主や仲間たちに迷惑がかかる。



「な、舐めるな!」



 そして、愚かにも前進を選んだ少女と、呆れた様子で待ち受ける男。



「え」

「あ」



 その二人の対峙は、なんとも呆気ない幕切れを迎えることとなった。



「〜〜っ!?」



 というのも、少女が動こうとした直後、着ていた衣服が左右にハラリと散っていったためだ。


 パーカーごと内側に着ていたシャツが裂けると、少女の顔が羞恥に染まる。もし街頭の一つでも近くにあったら、その眩しい肌色がさらけ出されていたことだろう。


 そんなあまりにも突然のできごとに、少女は足を止めながら身体を隠すしかない。



「あー……悪い、服のことは考えてなかったわ……」



 対する男は冷や汗をかきながら顔を背けると、申し訳なさそうに後ろ頭をかく。



「くぅっ……顔、覚えたから……!」



 かくして、場に気まずい空気が流れると、最後は悔しげに歯噛みする少女が逃げ出したことで事態は終息を見せた。


 残された男はただ一人、追いかけることもできずに立ちすくむ。



「オイオイ、マジかよ……」



 やがて、額から一粒、汗が垂れると、



「その感じで恥じらうのは、反則だろ……」



 男は自分が殺されかけたことも忘れて、場違いな感想を残すのだった。




──────────



拙作に目を通していただき、ありがとうございます。


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