第3話 まずは話し合いからでも……
いったい何の用なのか。
ベンチに全体重をかけながら青い空を眺めていた俺の上に少女の頭がかぶさり、暗い影を落とす。もちろん、物理的な意味で。
「……聞こえてる?」
とか考えていると、フードの下、逆さまに映った少女の顔が抑揚のない声で問いかけてきた。
いや、聞こえてますよ、もちろん。キスできそうなくらい顔近いんで。
「あー……人違いじゃないっすか?」
とりあえず、面倒ごとは御免である。適当にそう返すも、長い前髪から覗く琥珀色の片目は、ジッとこちらを見つめて離さない。
「それは心配ない。あなたの顔ははっきり覚えている」
おいおい、照れるな。まさか、そこまで情熱的だったとは。
こっちには、まったくそんな覚えないんだが……。
「いやいや、あんなに暗かったのに顔なんて……あっ」
やはり、人違いじゃないだろうか。そう思って指摘を試みるも、見事なまでにやらかしてしまう。語るに落ちる、というやつだ。
俺のバカ。それは現場にいたと自ら言っているようなものじゃないか。どうやら、勇者としての経験もオツムまでは変えられなかったらしい。
「…………」
「あー、分かった分かった! なんの用だよ?」
感情の薄い少女の顔に、どこか呆れの色が浮かぶのを見て降参を選ぶ。
というのも実際、俺は彼女のことを知っていた。つい数日前、コンビニに寄った帰りに出会っていたからである。
ただ、その時にいろいろと揉めてしまったというか、服を脱がしてしまったというか……まあ、とにかく。
もう関わりたくはない、という理由がたくさんあったのだ。
「質問は一つ。あなたはあの少年の仲間?」
「あの少年? どの少年だよ?」
とはいえ、ここまできたら仕方がない。
観念して少女の問いを聞くも、その意味が分からず首をかしげてしまう。
「とぼけなくていい。あんなタイミングで邪魔が入るなんて、そんな都合の悪いことはそうそう起きない」
が、少女は信じてくれなかった。いや、その『そうそう起きない』が起きたという可能性は考えないんですか?
「って言われても、本当に知らないんだが……」
とりあえず、こちらとしてはそうとしか言いようがなく。
「そう。なら、忠告しておく。わたしたち【
対する少女は、冷たい声でそう返してくるのみ。
なるほど、脅しね。それにしても星導会って……名前的に、ヤーさん的なあれか? おっかねえな、オイ。
「ほう、それで?」
まあ、あいにくそういうのには慣れっこだ。特に動揺することもなく聞き返してやる。
「彼の居場所を教えて。素直に応じるなら、あなたが邪魔をしたことは報告しないであげる」
すると、あらかじめ用意していたように交換を条件を出してきた。たぶん、最初から素直に答えてもらえるとは思っていなかったのだろう。
「はぁ……分かったよ。ここじゃなんだし、場所を移そうぜ」
ならば、仕方がない。答えを持ち合わせていない以上、こちらも相応の対処をせねばというもの。
「その必要はない。ただ、場所を話すだけでいい」
俺の提案にしかし、少女は乗ってこない。
「なら、やっぱり俺は何も知らないな」
「…………ちっ」
だが、こちらも負けじと意地を張ってやれば、
「分かった。ならせめて、どこに向かうのかを教えて」
「そう警戒するなよ。この公園の敷地内だ」
俺は立ち上がると、目的の場所へ向かって歩き出す。少女はわずかに距離をとると、遅れて後ろをついてきた。
「ここだ」
少ししてたどりついたのは、公園内にかかる大きな橋の根元だった。平日の昼過ぎという時間帯、ここならまず人目につくことはないだろう。
「なら、早く話して」
橋の下に設置されたベンチに向かって歩く途中、足を止めた少女が急かしてくる。
「せっかちだな」
「あなたの魂胆は見え透いている。もし力尽くでどうにかしようと考えているなら、浅はか」
冗談めかすも、彼女はピクリとも笑わない。
「勝つ自信があるのか?」
「わたしは、自身のプライドよりも安全策を選ぶ。もし襲ってくるのなら、今すぐ報告しに戻るだけ」
ならば、と挑発してみるも、冷静な態度は崩れない。思ったより手ごわい相手のようだ。
「そうか……でも悪い、お前の話を聞いてるうちに、聞きたいことができちまった」
ただ、彼女には悪いがこちらも見過ごせない情報を知ってしまった。
組織の目的だとか少年だとかはまあいいとして。この辺りに危ない連中がたむろしているというのなら、捨て置くことはできない。
平和を脅かす危険な存在は早めに対処するに限る。そう判断し、ジリジリと距離を詰めていった。
「愚かな選択──」
もちろん、黙って見ている彼女ではない。一足で大きく飛び退くと、そのまま逃げ去ろうとする。
「やるな、なかなか速いじゃんか」
「──っ!?」
しかし、残念ながら俺の方がもっと速い。こちとら、伊達に勇者をやっていないのだ。
少女が瞬きをする間に背後へ回ると、その身を捕らえようと手を伸ばす。
「甘い……!」
それを、少女はしゃがむことで避けると、片手を地面につきながら鋭い蹴りを放ってきた。流麗な動作から繰り出されたそれは、確かな重みをもって腹へと打ち込まれる。
「…………」
「…………」
が、何も起きない。普通の人間なら内臓が破裂しそうな威力ではあったが、虚しくもボスっと音を立てたのみだ。
「あ!?」
後はもう簡単だ。その足を掴んで持ち上げれば、宙ぶらりんの少女が完成する。
「さて、どうしてやろうか」
ニヤリと笑いながら見下ろしてやれば、再び逆さまになった彼女の顔にわずかな怯えが浮かぶのが分かった。
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