第一章 優しい悪魔の誕生




並木株式会社。並木 総一郎(なみき そういちろう )が社長である並木株式会社は、通信販売の会社である。

その会社で、オペレーターの仕事をしている、橘 秋人は、今年の春で、まだ一年の新入りである。


オペレーターの仕事は、新しく入荷した商品を顧客名簿にある人物に電話を入れ、紹介案内をする仕事だ。

まぁ、ほとんどが商品に関してのクレームが多く、社内では、『クレーム班』などと呼ばれている。


秋人は、新人であったが、クレームの対応が完璧で、何故か、厄介なクレームも秋人が対応すると、丸くおさまっていた。

なので、同じクレーム処理をする者の中には、厄介な電話対応は、秋人に任せる者もいた。




「おーい、橘君!」


顧客名簿を見ていた秋人に、勤務年数五年の結城 貴弘(ゆうき たかひろ)が声を掛けた。

チラリと、そちらを見ると、結城が受話器を片手で塞ぎ、困った表情で見ていた。

秋人は、軽く息をつくと、席を立ち、結城の元へ歩いて行く。


「何でしょうか?」


にっこりと笑い、尋ねる秋人に、結城は、眉を寄せ、こう言った。


「助けてくれないか?厄介な客なんだ。何度、説明しても納得してくれないんだよ。」


「またですか……。結城さん、この間も、そう言って、僕にクレーム処理をさせましたよね?」


優しい笑みを浮かべたまま、そう言った秋人に、結城は、受話器を置くと、両手を合わせ、頼み込む。


「頼むよ〜、橘君。」


「結城さん……。僕、あの時、言いましたよね?一度だけですよって。」


「そう言わずに……。なっ?」


苦笑しながら言う結城に、秋人は、微笑むと、こう言った。


「嫌です。」


「困っているだ。」


秋人の顔色を伺いながら、結城は、じっと見つめる。

そんな結城に、秋人は、にこっと笑ってみせた。


「大丈夫。僕は、困りませんから。それじゃ、僕は、自分の仕事がありますので。」


結城に、クルリと背を向け、秋人は、自分の席に戻っていった。

そんな秋人の後ろ姿を見つめていた結城は、電話口で怒鳴る客の声に、慌てて受話器を取る。


『何時まで待たせるんだ!』


「大変、申し訳ございません!その件に関しては、先程も、お話した通り……!」


あたふたと、電話対応をしている結城の姿を見つめながら、秋人は、クスッと口元に笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る