第13話 え、告白されたんだけど⁈ どうしよう!
「ごめんください!」
ライオンを型どったグラシィール邸の呼び輪を鳴らすアルフレッドの後ろで、スーは小さくなって隠れた。
「何やってんだスー?」
すぐにその訳は分かった。
”どなたですかぁっ!”
「うおっ!」
何処かの未開の原住民の巨大で不気味な面をつけた執事が、ドアを開けて飛び出した。「驚かれた様ですな‥‥ほっほっ」
「はあはあ‥‥:何なんだあんたは?」
「わたくしはこのグラシィール家に代々仕えている執事のナールです。お忘れですか、セントバイヤー様」
「そんな事を聞いてるんじゃない!」
「では、わたくしのスリーサイズなど」
執事はポっと頬を赤らめる。
「あのなっ!」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」
額をくっつけて互いのオーラをぶつけ合ってる二人を引き離す。
「あの‥‥依頼の終了を報告に来たのですけど‥‥」
「左様でございますか‥‥それは困りましたな‥‥」
「あの‥‥それは‥‥」
「シルル様の様態はとても酷く、面会はとても‥‥」
「風邪が長引いているんですか?」
「風邪でございますか‥‥それならまだよいのですが‥‥そうでございますな、それではお嬢様と相談してきます故、少々お待ち下さい」
執事のナールは廊下の暗がりへと姿を消す。
「何だか変な感じだな‥‥風邪じゃなかったのか?」
「うん‥‥この前来た時も、断られたし‥‥‥‥そんなに悪いのかな‥‥」
「あれ作ってやったらどうだ‥‥スー特性の鍋焼きうどん‥‥病気の時はあれが一番。 今晩はそれがいいな」
そうしてようやくにして奥へと通される。シルルの容態は二人の予想を遥かに越えて悪かった。
「お嬢様‥‥:セントバイヤー相談局のお二人です‥‥」
寝台に横になり、目を閉じたままのシルルに、ナールが耳元に屈んで静かに話しかけた。
「‥‥‥‥‥‥」
シルルは目を開けたまま何の反応もない。顔は死人の様に青ざめ、瞳には精気がなかった。
「‥‥私は‥‥どうして‥‥」
か細く、渇れ果てた声で囁く。スーとアルフレッドは顔を見合わせた。
「全て‥‥私のせいなのに‥‥私が皆を不幸にしてしまった‥‥」
「経緯はラクサンティスさん本人から聞きましたので、無理に‥‥」
「‥‥私のわがままのせいで‥‥皆を不幸に‥‥‥‥」
既に周りの人々の声は届いてはいない。ただ同じ言葉を延々と繰り返している。シルルは目を閉じ、静かな寝息をたて始めた。
「これが風邪だって言うんなら、俺は毎日風邪引きだぜ」
訳の分からない事を言って、アルフレッドは腕を組んで、執事を睨む。
「代わりに答えてもらおうか。シルルは何の病気なんだ?」
「‥‥うーむ‥‥本来ならば、秘密にせねばならぬ事なのですが‥‥あなた方は別の様ですからな‥‥」
ナールは大きく息を吸った。
「実を言えばお嬢様は病気という訳ではないのです。‥‥何と言いますか‥‥そう、心の病‥‥心身症なのです」
「それが‥‥こんなになったの?」
スーは表情無く眠るシルルの顔を見つめる。
「‥‥最初のうちは食事の量が減った程度でしたが、それからみるみる様態が悪くなり、 今では一日のほとんどを眠りに費やしております」
「お医者さんには見せたんですか?」
「無論でございます。グラシィール家の総力をあげて医師を集めて治療に当たらせまし たが‥‥あまり効果はありませんでした‥‥このままでは、完全に眠ったきりになり、そうなれば遅からず‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
聞いていたアルフレッドは目を細める。
「心身症なら、そうなった原因を無くせば治るって聞いた事があるけど?」
「はい、恐らくは生き別れとなった兄のレイアティー様を見つける事が叶わなかった事 が原因ではと、わたくしは思い、四方に手を尽くしました‥‥ですが、必死の捜査にも関わらず、今だ何の手がかりも得られてはおりませぬ」
「原因は兄‥‥か‥‥」
あごに手を当てて、しばらく無言で押し黙る。無言の間があった後‥‥。
「はたしてそうかな?‥‥もっと深い根があるんじゃないか?」
「深い根って?」
スーが聞き返したが、アルフレッドは答えず独り言を言い出す。
「眠り姫の依頼は、最初がリールとの交換日記探し、今回が指名手配されているラクサンティス探し‥‥そうか、そういう事か‥‥何となく分かってきたぞ」
「え、何?」
「フフフ‥‥いくら金をいくら使っても良いとは言っても、おかしいとは思ったんだ。町の中の何処に埋まってるか分からない一つの箱を探し出すなんて、不可能に近い事だったからな。シルルにとっては失敗する事、それ自体が目的だった。しかし、望みに反して俺たちはそれを成功させてしまった」
「しかし、お嬢様が、あれほど巨額の資金を与えておきながら、失敗なされる事を望むとはとても‥‥‥‥」
「そうよ! そのお金が問題だったのよ!」
スーが大声をあげると、アルフレッドはゆっくりとうなづく。
「‥‥そう‥‥金は無力だから、何処かに生きているはずの兄を見つけられないだけだと信じたかった‥‥だから俺達に金を与えて不可能な依頼をさせた。しかし、依頼した事が金の力で達成された事で、実は兄はとうに死んでいて何処にもいないのではないか‥‥という考えにとりつかれ‥‥病気になった」
「‥‥それなら‥‥私たちにも責任があるのかも‥‥」
「まあね、だけど頼まれた仕事は全部こなした訳だしね‥‥と、いう訳でこれ‥‥」
アルフレッドはガサゴソと取り出した書類をナールに手渡す。
「‥‥むむむっ、これは酷い‥‥」
書類を見たナールの眉がピクピクと動き、持つ手が震え始めた。
「今回の依頼にかかった経費の明細‥‥いやー、とんでもなく費用がかかったな」
はっはっと笑うアルフレッドを、スーは無言で睨む。
「な、何だよスー‥‥仕事も終わったし、当然俺達は帰るだけじゃないか‥‥もう、面倒な事に首を突っ込むのはよめよう」
「お兄ちゃん!、お兄ちゃんはこんなに困ってる人がいるのに、見て見ぬフリをするの⁈ そんな薄情な人だったの?」
「だってなぁ‥‥」
「もう、お兄ちゃんなんか大っ嫌いっ! もうお兄ちゃんのご飯は毎日コロッケなんだ もんね! オムライスなんて絶対作らないんだから!」
「わわわわ‥‥ま、待て分かった、分かったよ」
プイと横を向いてしまったスーに、アルフレッドは慌てる。
「じゃあ、何とかしてくれるの?」
スーは期待を込めた瞳で、じーっと見つめる。効果は抜群だった。
「う‥‥んー?‥‥んー‥‥と、言われても、どうしたものやら‥‥」
困ったアルフレッドは頭をかく。
「資財管理人として、わたくしからも、頼みます。どうかお嬢様を救って下され。一刻も早く何とかせねばお嬢様がぁ!」
「うおっ!」
グオオ!と面を被ったナールが、アルフレッドに肉薄する。
「あ、あんたそれで本当に心配してんのか!」
驚かされて尻餅をついたままお面を指さす。
「無論でございます。私は忠実な執事でございますから」
「‥‥うーむ‥‥ま、いいけどね」
二人にせっつかれたアルフレッドは渋々首を縦に振る。
「ではアルフレッドさま、これを‥‥」
ナールが書面を渡す。既に用意してあったと言う事は、始めから依頼するつもりだったらしい。
「これはレイアティー様が、孤児院を出奔される直前の資料です」
「んー、どれどれ‥‥レイアティー・ガラハム‥‥名字が違うが‥‥そうか、シルルは養子だからな‥‥年齢二十五歳、身長百八十二センチ、髪の色はライトブラウン‥‥額に三センチ程の傷あり、左きき、やや弱視‥‥趣味は読書、音楽鑑賞‥‥ふーん」
アルフレッドはくわっと目を見開いて鋭い眼光を放ち、ただ者ではない雰囲気を辺りに発散させる。
「‥‥そうか、趣味がポイントなんだな‥‥」
「お兄ちゃん、何かいい考えが浮かんだの?」
「いや全然。ま、何とかなるんじゃないかな スーも考えておいてくれよ‥‥なはははは」
「‥‥‥‥‥‥」
アルフレッドの笑いは、館中に響き渡った。
九月に入っても暑さは一向におさまらない。波止場へと真っ直ぐに続く石畳の坂道からは陽炎が立ち登り、港の色鮮やかなヨットの穂先にとまり、毛繕いしているカモメは夏の潮風を堪能して満足げに見える。
ブルーシガルの夏は何処も水色に染まっていた。
「熱っ!」
照りつける日差しに焼けた浜の白砂に、スーは慌ててサンダルをはく。
学校の授業の一貫として、スーの学年は皆で海に来ていた。男子も女子も、誰もが好みの水着を着て思う存分はしゃぎ回っている。そんな中、スーはメルフィナ達と離れて一人、浜の岩の上に膝を抱え、丸く見える水平線をぼーっと眺めていた。遠くに学園の生徒の聞き覚えのある声が響く。
「お兄ちゃんには‥‥ああは言ったけど。どうしたらいいんだろ‥‥」
何も考えずに草むしりをしている兄を横目に、スーはシルルの心の病をどう治せばいいか、毎日ずっと考え続けていた。
手を伸ばして塩水に手を浸す。悩んだ挙げ句にやっと買ったパステルグリーンのワンピースの水着を着ている姿が、ユラユラとした海面に映っている。
”‥‥すみません”
「?」
誰かに声をかけられ、スーは顔をあげる。
「‥‥あ、あの‥‥何か?」
声の主は若い男だった。スーには見覚えがない。
「あ、いや実は‥‥僕は二年A組のエルリオス・ニルベスです」
エルリオスと名乗った青年は、濃藍色の髪と黒い瞳が落ちついた雰囲気ではあったが、スーが顔を向けるとすぐに視線を逸らした。
「‥‥エルリオス?」
えーっと‥‥と、人差し指を口に当てて首を傾げる。
「あのー‥‥どちら様でしたっけ?」
「‥‥‥‥‥‥」
言った途端、エルリオスの表情が曇る。
「僕は二ヶ月ほど前に、靴入れに手紙を入れました‥‥忘れてしまってたのですね」
「‥‥え‥‥えへへへ‥‥そ、そんな事は‥‥最近いろいろ忙しかったので‥‥」
「知ってます‥‥だから直接手紙の返事を聞こうと思って‥‥」
「へ?」
捨てるに捨てられず、山と積まれたラブレターの中に埋もれたまま、まだ封も切っていない‥‥などとは、言える雰囲気でもなく、スーは心の中で冷や汗を流す。
「え、あれですか‥‥えへへ‥‥:まあ、前向きに検討してみるも、なかなか難しいと わざるを得ないとも言えない様な‥‥はは‥‥」
岩の上に立ち上がり、エルリオスと向き合ってワケの分からない事を延々と喋る。男子の水着はパンツだけであり、ほとんど裸に近い。そんな男の人と、水着を着た自分が至近距離で向き合っている‥‥という事を認識しただけで、スーは恥ずかしさで頭がクラクラした。
「僕が君を見たのは、学園に入ってすぐだった‥‥校庭の杭に引っかけて破れた制服の 袖を、たまたま通りかかった君が魔法の様に直してくれた‥‥」
「‥‥そ、そう言われればそんな事もあった様な‥‥でも‥‥裁縫はそんなにうまくな かったと思うけど‥‥」
「そうかもね。家に帰って脱ごうとしたら、下のシャツとくっついていたし」
エルリオスは揶揄するでも責めるでもなく、ごく自然に笑った。
「そ、それは‥‥し、失礼しましたっ!」
あわわ‥‥と、スーは慌てて頭を下げる。
「と、とんでもない!、あの時僕はほんとに嬉しくて‥‥しばらくくっついたままにしてたんだ‥‥馴れない手つきで、それでも 一生懸命なその姿が‥‥その‥‥かわいいなって思って」
エルリオスは端正な顔を思いきり引き釣らせる。かなり照れているらしく、顔が真っ赤になっている。
「えへへへへへ‥‥‥‥か、かわいいだなんてそんな‥‥えへへ」
究極までにゆでだこになったスーが、舞い上がった挙げ句に笑いだす。
「‥‥私なんて、最近ちょっと太ってきたかなって夕食にりんごだけ食べてダイエット とようとしたんだけど、お兄ちゃんもケリガンも構わずトンカツとか味噌デンガクとか、目の前でバクバク食べて、それで耐えられなくなって結局、一口のつもりが、そのままパクパクと二口、三口‥‥」
自分が水着姿である事を思いだし、『きゃー』と肩を抱いてその場にしゃがみ込む。
「あ、あのー‥‥もしもし?」
「だから、それで私なんて大した事なくって‥‥」
「そんな事ない‥‥僕は‥‥スーシェリエ‥‥君が好きなんだ。突然、こんな事、言って‥‥迷惑かもしれないけど‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「そ、それで‥‥だから‥‥もし誰ともつきあっていないんだったら‥‥よかったら‥‥僕と‥‥」
「そ、それは‥‥」
「分かってる。あまりにも急な話だと言う事は‥‥返事を待ってるから‥‥」
”おーい、エルリーっ!”
浜の方でボールを持ったエルリオスの友人達が手を振っている。
「じゃ、またね!」
「あ‥‥」
手を振り上げて、走って行ってしまった。あとには今までと同じ様に、スーがポツンと残される。
「‥‥私‥‥」
が、ゆっくりと感傷に浸る間は無かった。”見ぃたぁぞぉぉぉ!”
「わっ!」
岩場の陰から、『へっへっ』と意味ありげな笑みを浮かべたテアと、メルフィナが現れ、体勢を崩したスーは、衝撃で海に落ちそうになる。
「なななな‥‥な、何してるの?」
務めて平静を装う。
「なかなかいい雰囲気でしたわ‥‥十五の夏 二人きりの浜辺‥‥告白されるにはいい シチュエーション‥‥」
「え!、そ、それは‥‥告白?‥‥ちちち‥‥ち、違うんじゃないかなって‥‥」
「じゃあ何なの?」
「何だろねー‥‥はは」
兄の真似をして後頭部に手を当てて仰け反ってごまかす。
「はは‥‥じゃないの!‥‥私たちの目はごまかせないわよ」
「ははは‥‥はー」
笑いがいつの間にか、ため息になった。
「それでスーはどうするつもりですの?」
メルフィナはスーの頭を撫でた。
「‥‥どうって‥‥どうしよ‥‥」
「OKしたら?‥‥エルリオスって、ちょっと固い所があるけど、そこがいいって、女 の子の間で人気があるんだからさ」
「で、でも‥‥良く知らない人だし‥‥私は別に‥‥」
「だから、付き合ってみればって言ってるの」
「で、でも‥‥:」
「じゃ、他に好きな人がいるの?」
「え?‥‥えーっと‥‥」
答えに詰まり、口に手を当ててうつむく。
「‥‥い、いると言うか‥‥いないと言うか‥‥微妙な所で‥‥えへへへ‥‥そ、そう だ、風船のボール持ってきたから、皆んなで遊ぼうよ」
「まったくスーは‥‥」
ニコニコと屈託ない笑顔を見せるスーに、テアとメルフィナはやれやれと肩をすくめた。「そうですわね。それではメンバーを集めて来ましょう」
「男子も誘ってさ特にA組。ね、スー」
「え?‥‥う、うん」
勝手に盛り上がっている二人に、スーは一歩引いていた。
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