第14話 もう少しでばれる所だった!
「‥‥と、言う事で、V3作戦の作戦会議という訳ですか‥‥いやー、ワクワクしますなー」
テーブルに並べられた夕食を、ナールが脇からつつく。セントバイヤー家の居間は、いつにも増して賑やかであった。
「おい、アルフ‥‥誰や、このおっさん? 人んちの飯勝手に食って」
右手にネジ回し、左手にフォークを持ったケリガンが口に食べ物を詰め込んだままモゴモゴと喋る。
「知らん、知らん」
場を仕切られたアルフレッドは、不満そうに皿に残ったスープをなめる。
「つまりはシルルさんの兄‥‥:レイアティーという人を見つければいいんですよね。資金があるなら、人を多く使ってみてはどうでしょうか?」
「‥‥それはお嬢様が一番始めにした事です。 全国の警察に手配し、数千人からなるエージェントを派遣して捜索させましたが、効果は全くあがりませんでした」
ラバンの提案はあっさりと却下された。
「貴様! 警察の力を馬鹿にしとるのか!」 それまでロブスターの殻と格闘していた太っ腹の男がガタと椅子を倒して怒り出す。アルフレッドの皿が揺れてテーブルにスープがこぼれた。
「警部! 飯が不味くなるから唾を飛ばんじゃない!」
「何っ! その言葉には敬語が一つも入ってないぞ!」
デネブはビシっとアルフレッドを指さす。
「そうか?ちゃんと警部って言ったけど」
「貴様っ!」
「だからテーブルを揺らすな!」
ぬぬ!‥‥と二人は歯を向き合わせる。
「もう! どうして静かに出来ないの! 子供じゃないんだから!」
追加のシーフードサラダの巨大ボールを奥のキッチンから抱えてきたスーは、肩をいからせて大声をあげる。
「子供?‥‥ま、まさか‥‥」
はっとして、封印していた記憶をひっぱり出す。
『‥‥よく子供になつかれますね。‥‥あな たなら、いい保母さんになると思うのです けど‥‥一緒に働きません?』
リールの言葉が頭の奥でリンリンと鳴り響く。
「そ、そっか‥‥:こういう事だったのか: ‥‥」
はあ‥‥とため息をつく。持ってきたサラダはものの数秒で無くなっていた。
こうして事態の収拾のつかないまま、時間だけは過ぎていく。
午前零時を告げる港の鐘がブルーシガルの町を静かに包んだ頃‥‥。
「‥‥あれ?」
居間中に散らかったゴミと人を箒でひとまとめに掃いていたスーは、その有象無象のゴミ溜めの中に、兄の姿が無い事に気づいて手を止めた。
「一人で部屋に帰ったのかな?」
一瞬よぎったその考えが違っている事は、兄の性格からすぐに分かった。
「あれ?」
中庭にチラと人影が見えた気がして、ガラガラと硝子戸を開ける。人影はアルフレッドで、午後にミルクティーを飲むのに使っている白い木の丸テーブルに座っていた。
「‥‥何やってんだろ‥‥」
箒を放り出して庭に出る。投げた箒の柄が誰かの頭に当たり、『んげっ』というガマ蛙の様な声をあげた。
伸び放題の芝をはむサクサクという音が深夜の中庭に響く。
「お兄‥‥:」
「‥‥‥‥‥‥」
アルフレッドは頭に両手を添えて、じっと月を見上げていた。金色の髪が月の光を受けて目映い輝きを見せる。スーは声をかけるのを忘れて見入っていた。
「ん?‥‥何だスーじゃないか?」
やっと気づいたアルフレッドは、背もたれに寄りかかっていた体を起こす。
「な、何やってるの?」
「何ってそりゃ、シルルの事を考えてるんだよ‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
その答えに、なぜかスーの胸が痛んだ。
「どうして?」
「どうしてって、当たり前じゃないか。なるべく早く彼女の辛苦の原因を除かなければやばい‥‥スーが言った事じゃないか」
「‥‥うん‥‥それでシルルのお兄さんを見つける方法は見つかったの?」
「まあ、何となくね‥‥ん? 何かこの椅子グラグラするな‥‥いい加減買い替えない と折れるじゃないか」
アルフレッドはおどけたが、スーは真顔のままだった。
「ねー、お兄ちゃん‥‥今までのシルルの依頼って‥‥失敗するべきだったのかな‥‥」
「何で?」
「‥‥そうすれば‥‥お金を積んでもどうしようもない事があるんだってシルルは納 得して‥‥」
ちっちっ‥‥とアルフレッドは舌を鳴らして首と指を横に振る。
「納得してそのまま何処かの空の下にいるであろう兄を案じ、悲嘆に暮れた生活を続け る‥‥それじゃ救いがないじゃないか」
「うん‥‥そっか‥‥そうだね」
スーは兄の側の椅子にストンと腰をおろした。
「シルルは金の力を信じてグラシィール家の養子になった。それで反感を買って皆に見 捨てられた‥‥と思っている。だからあえて今回は今までに無いほど派手に金を使い、彼女が無くした以上の信頼や、思いやりをその金の力で手に入れて見せる必要があるんだ。まだシルルは皆に必要とされてるって事をシルル自身が強く自覚すれば、心身症なんて一発で治るさ」
「でも、どうやってシルルのお兄さん‥‥レイアティーさんを探すの?‥‥それに‥‥」
信頼や思いやりがお金でどうにかなるのだろか‥‥という疑問が浮かんだ。
「それが問題なんだ。やれる事はシルルや、あのおかしな執事がやってしまっただろうし、今さら人探しの広告をした所で意味はないだろう。それに、あの眠り姫の目を覚ますには、一人の王子の口づけだけでは心許ない。だからあえてレイアティーを探しはしない」
「え?」
「要は発想の転換って奴だな‥‥押して駄目なら引いてみな、探して駄目なら、呼んでみなってね。既成概念に捕らわれてる頭の固い奴らには分かんないだろうな」
「呼ぶって‥‥どうやって?」
「そこで金が役に立つ。レイアティーを探し、なおかつ、百人の王子を作るには金を使えばいい‥‥実は作戦があるにはあるんだ」
「‥‥‥‥‥‥」
自身たっぷりに話すアルフレッドの横顔に、スーは目を潤ませる。いつどんな時でも、困った人‥‥(多くは女の子であったが、それは偶然である)を助け、その度にスーは女の子を抱き上げる貴公子然とした兄の横顔や背中を見つめてきた。そんな誇らしげな兄を正面から見つめてみたいと思ったのはいつの頃からであろうか‥‥幼い頃の記憶を手繰り寄せる。昔はバレンタインの日には何の気なしに『はい!』と、あげていた。が、今では子供の頃と違い、毎年作るだけ作って終わってしまっている‥‥そしていつかはそれすらも出来なくなる日が来るかもしれない。
どうにもならない切なさの速度だけがあがっていく。
最も近くて、最も遠い存在‥‥それが兄と妹。
「‥‥変だよね‥‥やっぱりそんな‥‥」
「何が変なんだ?」
ズイと兄の顔が近づく。
「え?えへへへへへ‥‥:そ、それは‥‥なななな‥‥何でもないよ」
スーの顔は一瞬でタコよりも赤くなる。
「ならいいんだけど‥‥具合が悪いなら、学校は休んだ方がいいぞ」
「だ、大丈夫」
最近学校サボってるから‥‥という言葉を飲み込む。
「‥‥ねえお兄ちゃん‥‥」
「んー?」
「‥‥絶対シルルの病気をなおしてあげようね」
「まあ、やってみるか‥‥ちと、面倒臭いが な」
アルフレッドは気のない返事を返して頭をかく。
「うん、困ってる女の子がいる‥‥お兄ちゃんの出番だよ」
そして今まで何度も言ったであろう台詞を口にして寂しく笑い返した。
V3作戦の準備は翌日の昼から始まった。なぜ昼なのかと言えば、スーを含めたセントバイヤー邸の全員が揃って寝坊した為である。まずはアルフレッドが作戦の全容を、居間で騒いでいる全員に向かい、ホワイトボードに黒と赤のマジックを使って図入りで説明した。
「そりゃおもろい!」
ケリガンは一も二も無く賛成する。
「そればっかりだな‥‥本当に可能なのだな?」
拍子抜けしたアルフレッドは、一応聞き返す。
「ボクとしては作った器機が動作してる所を見たいだけやからな‥‥機会があるんやったら、積極的にやるだけや。拡声器のパワーアップに、会場に置く巨大パネルの設計、作成‥‥エレキとピアノを合体させた新しい楽器‥‥どれ一つを取っても魅力的やないか‥‥いや、こうしてはおられへん」
「お、おいケリガン」
うきうきと軽い足どりで事務所に戻っていく。
「まあいいんだけど‥‥それでラバン」
「はい」
一晩中、ケリガンの足で潰されて寝ていたラバンが、眠そうな顔で返事をした。
「クチコミの方はよろしく」
「まあ、任せて下さい‥‥団員総出で国中に広めますよ」
それでもプロ根性を見せて、シャキッと起きあがる。
「さてスー、俺たちは俺たちで大変になるな‥‥ケリガンも一緒じゃないと困るんだが‥‥」
「おい待てこら!」
存在を無視されたデネブ警部が、アルフレッドの前に立ちはだかる。
「えーっと誰だっけ‥‥そうそうデブデフ警部」
人の名前をイメージでしか覚えないアルフレッドに悪気は無かったが、
「な、貴様!、言ってはならん事を!」
「何か言ったか?」
ゴゴ!と風船の様に怒り出す。
「もう、朝からっ!」
スーが間に止めに入る。
「スーシェリエさん、これは男の名誉をかけての闘いなのだ。無視されて黙ってはおら れん、止めてくれるな!」
「べ、別に無視してた訳じゃ‥‥わわわっ!」
無理な力のかかったテーブルの脚が折れ、乗っていた珈琲カップが宙に舞った。
「‥‥またここか‥‥地元の人にはえらい迷惑な話だな」
幌の部分に大きくVの字の描かれた二頭だての黒い馬車を止めてアルフレッドが感想をもらす。
ここはつい先週まで、偽リージュンの町のあった所である。芝居の終わった後、舞台となった町はすぐに取り壊され、更地に戻された。が、これから行われる第三劇には広大な土地が必要となる為、再び舞台がセットされ始めている。
「ご苦労な事だ」
七月に入り暑い日が続いている。無数の工夫達が汗だくになって働いている。今回は特に秘密にする必要は無いので、一般公募で募集した無頼の工夫達が山の様に集まり、労働力の確保は全く問題が無かった。
昼夜を徹した突貫工事が効をそうし、わずか一週間ほどで外側のリング状の屋根と、五万人もの観客の座る椅子が完成している。椅子は中央のステージを中心に後ろの列にいくに従って上に盛り上がっている。
「あれがボクらの立つステージか‥‥こうしてみると、思ってたよりちっこいな」
ケリガンが幌から顔を出した途端、涼しい空気が中から流れてくる。セントバイヤーの馬車は、ただの幌馬車とは違い、幌の中は一定の温度に保たれる仕様に改造されていた。
「‥‥だからケリガンの発明が役に立つんじゃないか」
上から吊るされている十メートルの四角い板は、舞台の上の様子を拡大して表示される様になっている。後ろの席は見にくいという事がなくなる画期的なキカイである。
「ま、順調な様で何よりって所か。後は‥‥ラバン達の宣伝がどれほど効力があるかだな‥‥」
「『今世紀最大のバンドユニット、ASK‥‥アスク結成』‥‥なんやこうしてまじまじと見ちょると恥ずかしいもんやな」
ケリガンは配られている写真付きのビラの文章を読みながら肩をすくめた。
ASKとは‥‥アルフレッドとスー、ケリガンの頭文字を合わせたものである。
「俺達はその歌い文句に負けない様にしないとな」
「楽器の調整はええ感じや。それにセントバイヤー兄妹のルックスが加われば、最強やで。二、三回もやったらばっちしレイアティーは網にかかるで」
「なはははは! 当然だな‥‥さ、スーも学校から帰ってる頃だろうからな。俺達も帰ってのミルクティーでも飲みながら、調整するか」
「せな訳で、着いたら起こしてや、毎日徹夜であかんわ」
「お、おい、到着したら御者を変わる約束は‥‥」
振り向いた時には既にケリガンの姿は幌の中に消えていた。
「ったく、仕方ないな。‥‥よし、発進だスペシャル一号、二号」
紐を引く事もなく、馬車は静かに走り出す。
「えーっと‥‥うん!、上出来、上出来!」
ボールの中に入った、湯煎で溶かした液体状の温かいチョコーレートを指先で一嘗めしたスーは、その出来の良さにパクと指をくわえたまま、ニコニコ顔になる。
「あとは‥‥型に入れて‥‥っと‥‥急がねば、急がねば‥‥」
振り向いて板状の型にチョコレート液を流し込み、後方に一瞥もくれずに、足で型を取り出した戸棚の戸をバタンと閉める。
アルフレッドのいなくなった隙を見計らって手際よく作ったとは言え、そのせいで散らかったキッチンは戦場の様であった。
「うん、私って天才‥‥」
ケリガンの発明した(冷蔵機)の中に、出来たてのチョコレートを入れる。透明な窓から除くスーの顔はニコニコと上機嫌そのものといった感じであった。
「結局、今日も学校さぼっちゃったな‥‥」
屈んでいた体を起こし、冷蔵機の開け放たれた窓から広がる緑色一色の八月の庭に視線を移す。ブルーシガルの町一帯を包む潮風は坂の上の登りきった所にあるセントバイヤー邸に吹き注がれた。
「ふー‥‥いい風‥‥:やっぱり夏場でチョコレートはきついね。何でバレンタイン て夏なんだろ‥‥慎重に作らないと溶けちゃうんだよね‥‥」
一人ごちてから、自分で口にした(バレンタイン)という語に、ハっとする。
八月十四日は、年頃の少女であれば誰でも胸をときめかすバレンタイデーである。女の子が意中の人に思いを告白しても良い日‥‥という事になっている。それがおかし屋の陰謀である事に、スーを含めた世の少女達は知ってはいたが、それでも作ってしまうのである。が、毎年作ってはみるものの、スーは今まで誰にもあげた事がなかった。五年前に始めて作った時は、まだ腕が未熟だったが、それなりの物が出来る様になった大人になってからはあげられずにいた。
「でも、たまにはあげたいな‥‥」
一瞬、エルリオスの事を思い出し、それでもまあいいかなと、複雑な気分になる。
「渡す時か‥‥」
スーは目を閉じて、渡す時の情景を想像する。
「‥‥場所は‥‥やっぱり中庭のテラスかな‥‥エルリオス‥‥」
いつも午後のお茶を飲んでる白のテーブルを挟んで、スーと相手の男は向き合っている。緑の木々、風に葉の舞う世界に二人だけである。
『‥‥あ、あの‥‥これ‥‥』
おどおどと差し出したチョコレートに、相手は少し驚く。
『スー‥‥俺にくれるのか‥‥』
『え、う、うん‥‥』
『これってバレンタインの‥‥俺に?』
『え!、そそそそ、それは‥‥』
ゆでだこになったスーが、呂律の回らない口で説明する前に‥‥。
『いや、何も言わなくてもいい‥‥実は‥‥俺も前からスーの事を‥‥』
チョコレートを持つスーの手をぎゅっと握り返す。
『それって‥‥もしかして‥‥で、でも‥‥わっ!』
掴まれた手を強い力で引かれる。スーは相手の胸の中に顔をうずめていた。
『だ、駄目‥‥』
『何で?』
『だ、だって私達‥‥兄妹‥‥』
そう言いつつも、拒まず自分から背中に手を回している。
『そんな事関係ない。俺は、スーが好きなんだ‥‥誰よりも‥‥』
『ほ、ほんとに?‥‥だって、私って‥‥背が低いし‥‥特に取り柄もないし‥‥』
『そんな事ない‥‥スーは世界一だ。父さん 達だってきっと分かってくれるよ』
『‥‥‥‥』
相手の唇が近づく。スーは潤ませていた瞳を閉じて待つ。
「本気‥‥なんだね‥‥だったら‥‥」
“何が本気なんや?”
「!」
ぱっと目を開けると、そこにはニキビだらけのケリガンの顔があった。
「あわわわわっ!」
バババ‥‥と、捕らえられた鳥の様に両手を上下させる。
「何や?何驚いてんのや?」
「ななななな‥‥:何でもない、何でもないのっ!」
「おや?、何やそこかしこに甘い匂いがするな‥‥:チョコレートの匂いか」
ボールに残ったチョコレートかすに顔を近づけて鼻をヒクヒクさせる。
「そ、そうなの、ちょ、ちょっと作ってみたくて‥‥」
「ま、ええけどな」
その言葉にホッとしたのも束の間‥‥。
「あれ、お兄ちゃんは?」
「事務所に譜面、取りに行っとる。すぐに来るやろ」
「ま、まずい!」
散らかしたキッチンを片づけだす。
「あ、後で行くからって!」
「んなもん後でええのに、相変わらずスーはマメやな。‥‥じゃ、中庭でな」
疑うという事を知らないケリガンは、あくびをしながら、外へと消えていく。そこでやっと一息つく。
「ふー、危うくばれる所だった」
額の汗を拭って動きを止める。それから冷蔵機を見つめて、フフ‥‥と笑った。
「そうだ、急がなきゃ!」
手際良くチャッチャッと、チョコレートを作っていた形跡を隠し、エプロンは椅子の背もたれに放り投げて庭に飛び出した。
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