第6話 絶対に助けにきてくれるって、信じてた!
「‥‥む‥‥む‥‥」
スーは猿ぐつわを噛まされ、街角の木に縛られている。体をよじって何とか外そうとしてみたが、それは無駄な抵抗だった。
盗賊達はスーの捕らえられている木の周囲に集結している。ここで縄を外して逃げたとしてもすぐにまた捕まえられるのは明かであった。
「やっと静かになったな‥‥全くなんて娘だ‥‥」
引っかき傷だらけのティナルの脇ではスーが『うー!』と猫の様に呻き続けている。
「そんでどうするんですか頭?‥‥こんな小娘、捕まえて」
首領のホルスはニヤと笑った。
「ふん、もしもの時の備えだ。こいつを人質にしてりゃ、騎士団の奴らが来たって手は出せねぇだろ」
「‥‥さいですかね‥‥人質なんか無視するんじゃないですか?」
「それならそれで構わねぇ」
ホルスはスーのアゴを指で持ち上げた。
「田舎娘にしては結構まともな顔してるからな‥‥売ればかなりの金に‥‥」
「むむっ!」
「ぐっ!‥‥あはん」
スーの蹴りがホルスの股間を直撃する。顔を青ざめさせて盗賊は地面に転がった。
「こ、このガキがっ!」
「‥‥むー‥‥ふー!」
今度はピクリとも身動きが出来ない様に、芋虫の様に雁字搦めに縛られた。
「‥‥全く‥‥どんな躾をしてんだ。親の顔が見てみてぇぜ。こういう奴は将来、ろくな大人にならねぇんだ‥‥ったく」
「頭、それより早く仕事を始めませんと」
「分かってる! いちいちうるさいんだよ!」
怒りの矛先が向けられたティナルは首をすくめる。
「よーし、野郎ども! そこら中の家から金目の物を盗って来い!」
”へいっ!”
ホルスの命令で三十人ほどの手下達は散らばり始める。
スーは縛られて身動きの出来ない中、大通りに消えていく盗賊達の動きを目で追いながら今までの出来事、そしてこれからの事を考えていた。
さんざん誉めちぎっておきながらも、あのエンバースという男はとっとと一人で逃げてしまった。助けに戻ってくるとは思えない。つまりはこのまま盗賊達に何処かに売られる‥‥そう考えるに至った時、スーは血の気が引いた。
「むうっ!」
暴れて縄を外そうと試みる。荒縄が体中に食い込み、痛みが走った。
「‥‥う‥‥ぅぅ」
いつしかシクシクと鳴き始める。泣き声も出せずに涙が頬を静かに濡らす。
”待てえぃっ!”
そんな中、何処かで聞いた事のある声が響いた。スーは顔を上げる。砂ぼこり舞う街の通りの真ん中を誰かがゆっくりと歩いて近づいていた。
「何だてめぇは?」
一人の盗賊がナイフを抜いてその男に近づく。
「退けよっ!、おらおら!っ」
「‥‥ごわっ!」
盗賊は男に投げ飛ばされる。落下地点にあった樽は粉々に砕けた。
男は歩く早さを落とさない。マントを翻してさっそうと近づいてきた。
「スー、助けに来たぞ!」
それは兄のアルフレッドであった。噴水広間の木の幹にスーの姿を見つけたアルフレッドは足を早める。近づく盗賊達を次々と投げ飛ばしていく。
たどり着いたアルフレッドは猿ぐつわを外した。途端にスーは安堵のあまりポロポロと大粒の涙を流しだした。
「‥‥お兄ちゃん‥‥」
「かわいそうに‥‥こんな‥‥」
縄を解くとスーはガクっと兄に寄りかかった。
「俺が来たからにはもう大丈夫だ!」
「あっ」
スーは軽々と抱き上げられた。意外に力強い兄の腕の中に顔を埋める。
「‥‥やっぱりお兄ちゃんは格好いいね‥‥」
また調子に乗らない様に、小声で呟く。
「貴様らっ!」
アルフレッドの怒号はビリビリと辺りに響き、先頭に立っていた首領のホルスは、『うおっ』と顔を覆った。
「許さんぞ貴様らっ!」
”GAAAAAAAAAA!”
「スーをいじめる鬼畜の様な輩‥‥天恵を授かるこの聖戦士アルフレッドの怒りを受け てみよ!」
”GOOOOOOOOO!”
アルフレッドの台詞に合わせて何処からともなく雷鳴が響く。盗賊達は完全にビビっていた。
強風がマントを逆立て、風下にいるホルス達は目も開けていられなかった。
「‥‥な、何だあいつは‥‥化け物か‥‥」
”DOOOOON!”
「うわっ!‥‥ティ、ティナル、これじゃ相手にならねぇ‥‥退却だ! 逃げろ!」
「‥‥しかし頭、相手は一人です‥‥それに何かおかしい様な‥‥」
「馬鹿野郎っ! あいつは魔物だ‥‥まともに相手をしてられるか!」
言った先から逃げ出していた。
「ま、待って下さいよっ!」
二人の後を手下達も追い始め。ものの三分程で大通りはもぬけの殻になったのは、さすが盗賊で素早い。
タカタカと二頭の馬に引かれた大きな黒い幌馬車‥‥セントバイヤー相談局専用馬車が走ってきた。つっ立っているアルフレッドの前で止まる。
「連絡を受けて急いで準備したんやけど‥‥ これほどうまくいくとは思わんかったな」 中から熊の様な大男が降りてきた。体には×状の金属のベルトをかけている。
「‥‥ケリガン‥‥」
ケリガンは愉快そうに『ニヒ』と笑った。「本物の盗賊が街に押し入ってくるとはなー、 なかなか役に立つやないか、馬車につけた 拡音器も。それに見直したでアルフ、あそこまで完璧な芝居をするとはな‥‥見ているボクもびびったからな」
「芝居?‥‥いやまあ‥‥そうだな‥‥」
普段のアルフレッドに戻り、普段の様に『ナハハ』と情けない笑みを浮かべた。
「それはそうとアルフ‥‥あんさん達、いつまでそうやってるつものや?」
「え?‥‥うおっ!」
アルフレッドはずっとスーを抱き上げている事に、ようやく気づく。
「あんさん達‥‥:まさか‥‥」
「ち、違う!こ、こらスー! 離れろ!」
「‥‥嫌‥‥」
スーは首に腕をからませて全く離れる気配はなかった。
「いやー、前から怪しいとは思っとったんや ‥‥やっぱりなぁ‥‥しかし、そりゃ犯罪 やで」
「違うと言ってる!」
「全く説得力ないやけどな‥‥ま、個人の自由やからええけどな‥‥そうかそうか」
一人で納得したケリガンは、肩から無線機を外した。
「時間も追ってきてるし、始めちゃって下さい」
『分かりました』
細長い金属の箱の中から、ラバンの声が聞こえた。
盗賊のメーキャプを落とし、ただの町民となった百人程の俳優達が『ワっ』と一斉に行動を開始した。三人が一組みとなって、一軒の民家に入っていく。軒下を探して何も出なかった後、また次の家を探していく‥‥それを繰り返していった。
そうして三十分後‥‥。
『発見しました!』
ラバンから連絡が入り、三人はその場に向かった。何の変哲も無い小さな木箱がアルフレッド達の前に差し出された。
「‥‥これ?」
スーが受け取る。持った感じはそれほど重くはない。何年も土の中に埋まっていたらしく、箱は黒くくすんでいた。
「中身は何かなぁ‥‥」
アルフレッドは木箱に手を伸ばした。
「やめなさいって!」
「ぬおっ!」
スーに頭を叩かれたアルフレッドは、前につんのめる。
「‥‥これは彼女の‥‥シルルの宝物なのよ。他人が勝手に見るもんじゃないわ」
「そうだな」
アルフレッドはポリポリと頭をかいて、
「ま、どうせ中身はたいしたものじゃない」
肩をすくめる。
「どうしてそれが分かるの?」
「だって見れないんだもん。つまらないものに決まってるさ、うわっははは!」
「それはそうと、もう時間ないで‥‥王都の騎士団が来たら説明しようがあらへんから な」
「撤退準備は出来てます」
どこにでもいそうな農家のおじさんに化けたラバンは、赤ら顔で笑って去っていく。アルフレッドはついに彼の本当の顔を知る事は無かった。
「そんじゃ、俺達も行くか」
「そうやな」
「善は急げってね!」
パチン!と三人は手を打ち合わす。
セントバイヤー相談局の馬車は一路街を後にした。
一仕事を終えた一行は、そのまま馬車を王都のグラシィール邸に向けた。途中ティージュンへ救援に向かう騎士団とすれ違った。
「お務めご苦労様です」
御者役のアルフレッドが、鎧を着込んだ騎士に声をかけた。隣にはスーが座っている。
「お前達、ティージュンから来たのか?」
騎士は馬を止めて怪訝な顔で聞いてきた。
「ええ、そうですが」
「かの街は盗賊の大部隊に襲撃されたとの報により、我らはその討伐に向かっている。お前達は何でもなかったのか?」
「はい、確かに盗賊はいました。数はおよそ五百人ほどでしょうか‥‥」
「五百人!」
騎士達は顔を見合わせる。
「くっくっ、ですがご安心めされい!、そこに一陣の風とともに現れた勇者が、並みいる盗賊達をバッタバッタと倒し、あれよあれよと言う間に勇者の後ろには人の山!」
『ぬおお!』と、力説するアルフレッドは御者台の上に立ち上がり、握った拳をプルプルと震わせる。
「‥‥その勇者は神の化身か! はたまた人の祈りの結晶か! 風を起こし、雷を呼ぶ。勇者はついに千人もの盗賊を‥‥ぐおっ!」
「ち・が・う・で・しょ!」
スーは見えない位置からアルフレッドの足をギリギリと踏みつける。突然顔の歪んだ男に、騎士達は『な、なんだ?』と後ろに引いた。
「どうかなされたので?」
「え、ええ‥‥ときどき頭の調子が‥‥」
スーは頬に両手を添えて首を傾け、『えへっ』となるべくかわいく笑ってごまかした。「ず、随分お若い様ですが、奥様でらっしゃ いますか?」
「え! 奥様?‥‥そ、そんな‥‥奥様だ なんて‥‥えへへへ‥‥」
今度はスーの顔がデレっと溶けた。頬を両手で押さえて腰をくねらせた。
「奥様‥‥私にはまだ早いわ‥‥だけどいいかもしれない‥‥朝は早く起きて、ご飯と味噌汁‥‥目玉焼きと海苔‥‥真っ白なエプロンつけたまま玄関で『いってらっしゃい、あなた』って送り出すの。休日には ‥‥」
「あのー、もしもし?‥‥」
「‥‥休日には一緒に近所を散歩して、そう大きな犬と一緒に‥‥」
スーは潤んだ瞳で遠くを見つめる。
「こ、これは‥‥」
騎士達は顔を見合わせて首を振った。
「い、行こうか‥‥関わらない方がよさ そうだ‥‥」
「そ、そうだな、お大事に‥‥」
そう言い残して騎士達は去っていく。
幌の中からケリガンが顔を出す。
「うまいもんやな二人とも‥‥所でスー」
「え?‥‥私?」
呼ばれたスーは急に現実に引き戻されてハっとする。
「奥様の相手はアルフレッドなんじゃないか?」
ニヒと笑ってつつく。
「な、なんでそんな!」
真っ赤になって握った手をフンフン!と振る。その手はアルフレッドの胸をポカポカと直撃する。
「うげげっ‥‥:や、やめろスー!」
「ま、ええけどな‥‥」
そうして何事もなく、馬車は王都にたどりつく。
「ほう、さすが大したもんだ。セントバイヤー邸がボロ家に見えるよ。いや、実際ボ ロいんだけどさ、ハッハッ」
「お兄ちゃん!」
庭の噴水の中の像に触ろうとしたアルフレッドの手を、スーはペチと叩く。
「まったく、子供なんだから!」
「そうだな、壊したらやばいからな‥‥ ‥‥」
アルフレッドは後ろ手に、口笛を吹いて歩きだす。
「おおっ!、あないな所に、無造作に置いて あるのは、かの十年戦争で使われた五 十ミリ砲やないか!、それに向こうには‥‥な、なんと!」
今度はケリガンが道を外れた。
「皆、勝手なんだから‥‥もう、知らない!」
ケリガンを放っておいて、二人は先に進んだ。
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