第5話 お兄ちゃんは私だけの勇者でいてほしい!
「スー?」
呼ばれた気がしたアルフレッドは、幌馬車から顔を出して通りを見渡した。今の所、往来で買い物をしている人々には特に変わりは無いが、あと数分もすればこの辺に追い立てられた人々が集まってくる。通りを歩く女の子がアルフレッドを見つけ、『キャー』と黄色い声をあげた。
「まだ出るんやないって、アルフは女の子にとっちゃ爆弾みたいなもんやからな」
ネジ回しを手にケリガンが注意する。
「いや‥‥何だかスーに呼ばれた気がして」
頭をかいて顔を中に戻す。
「そりゃ、そら耳や。いつもボカボカやられちょるから、そんな気がしただけや。いっぺん、医者に見てもろうた方がええな」
「なんだよそれ」
アルフレッドはケリガンの正面に座る。幌の中はキカイの部品で溢れかえっていた。その一つが『PI!』という高い音を発した。「おっ、そろそろお客サン達がこっちに来るな。 用意ええか?」
「‥‥何でそんな事が分かるんだ?」
「ま、詳しい説明は省くが、センサーって奴をあちこちに仕掛ちょるからな。一定の範囲に既定以上の人間が入るとセンサーが反応して、このキカイにそれを知らせる」
「ほほう、そりゃ便利な」
アルフレッドは屈んで人差し指でツクツクとつっつく。
「‥‥まあ、まかせとき、資金さえあれば、ボクの技術とアルフの容姿の前に不可能はない」
「容姿と金が何の関係があるんだよ?」
「まあまあ‥‥」
ケリガンは楽しそうに、キカイをいじくる。その間にアルフレッドは靴紐を結び直した。遠くの方からワーという声が聞こえ始め、通りの人々も何事かと騒ぎだした。
「仕掛は万全だ、ま、頑張って来いや」
「ああ」
二人はパチンと手を叩き合い、アルフレッドだけが馬車から降りた。
ざわめく人々が、遠くに聞こえる物音に、様々な憶測を言い合っている。
「‥‥フフ‥‥」
アルフレッドは薄笑いを浮かべ、硬いブーツを道に響かせながら、そんな人々の輪に近づいていった。
”な、何だあいつ‥‥”
なぜか生まれながらに美青年のオーラを纏ったアルフレッドに人々の関心は移る。アルフレッドは僅かにうつ向いて、『クックッ』と喉の奥で笑う。
「皆さんっ!」
よく通る声でそう呼びかける。引き寄せられる様に人々はアルフレッドに注目した。
「‥‥今、この町に大いなる災いが訪れ様としています!‥‥すなわちっ!」
バっ!と純白のマントを大げさに翻して、盗賊団の向かって来る方向を指さした。
「奴等‥‥盗賊どもが迫っている! かの者どもは群れを為し、あなた達善良な市民の富を狙っているのだ!」
「う、嘘を言うな!」
聴衆の一人が野次を飛ばす。
「嘘?‥‥ならばあの声を聞くがいい!」
その時点で既に最初に決めていた台詞とは別物になっていた。
幌馬車の中で聞いていたケリガンが肩をすくめる。
「‥‥ま、ええけどな‥‥」
ケリガンの前には、奇妙な金属の板があり、板の上にはボツボツと丸い突起が突き出している。その一つをパチ!と押した。
”GIAAAAAAA!”
途端に周囲に何かの悲鳴の様な音が響き渡り、人々は恐怖に立ち尽くした。
「な、何だ?」
「あれこそ犠牲者の魂の叫び‥‥あなた達はこれでもまだ信じぬと言うのかっ!」
スっとアルフレッドは手をあげる。幌の中のパネルの中にその姿は映し出された。逃げてきた人々が合流し、大通りには人で溢れていた。
「ええぞー アルフ。ほな、次ぎはこれや」
別のボタンを押す。
”ZUUUUUUUUN!”
一瞬、白い光が辺りを包み、やや遅れて重い雷の音が響く。
「あ、あなたは一体‥‥」
さきほど野次を飛ばした男が、恐る恐る聞いてきた。
「フフ‥‥私は天から選ばれし勇者アルフレッド、セントバイヤー!‥‥さあ、私が防いでいるその間、皆は逃げるんだ!」
本名を大声で叫んだアルフレッドに、ケリガンは頭をかかえる。それでも効果は絶大で、聞いていた人々は先を争って反対方向へと逃げだす。
「フフ‥‥なかなかだ‥‥」
人の姿も疎らになり始めた辺りで、アルフレッドはスーの姿を探した。
「ここで集合のはずだが‥‥何処だ?」 樽の上に乗って手をかざす。
「いないな‥‥どわっ!」
アルフレッドはバランスを崩して上から落ちた。
「あ痛たたたた‥‥」
打ち付けた腰をさする。
「大丈夫ですか?」
誰かが後ろから声をかけてきた。
「‥‥ハッハッ‥‥この程度‥‥ぬおっ!」
振り向いたアルフレッドは、声をかけた少女を見て驚きの声をあげる。
「‥‥あ、あなたは‥‥リールさん‥‥」
「どうして私の名前を?」
「し、しまった!」
慌てて自分の口を押さえる。
「‥‥い、いや、その‥‥もしかしてそういう名前なんじゃないかなと‥‥いや、勇者は何でも知っている‥‥な、訳ないか、なはははは‥‥」
アルフレッドは後頭部を押さえて笑ってごまかす。
「そう言えば‥‥何処かで見た事のある様な‥‥」
「ば、馬鹿な、初対面ですよ‥‥あれ、子供達は?」
「今日は休日ですから‥‥?‥‥どうしてそれをご存知なのですか?」
リールは眉をひそめた。
「うわっ、またしても俺って奴は‥‥と、とにかくここは危険だから、俺に任せて‥‥」
「あなたにですか?」
樽から落ちて腰を押さえているアルフレッドをジロジロと見渡す。
「‥‥アルフレッドさま一人に任せてはいられません。正義を為さんとする者に助力を 惜しんではいけないと、教えられました」
「‥‥そうか」
アルフレッドは遠い空を見上げる。日の眩しさに手をかざした。
「‥‥俺の父は騎士だった‥‥国の人々の為に闘って‥‥」
アルフレッドは目をギュッと閉じて、顔を横に向ける。
「亡くなられたのですか?」
真摯な話しぶりに、リールは息を殺して聞き入っていた。
「いやー、それが‥‥息子の俺に働かせて親父達は旅行ざんまい‥‥いい加減にしてほしいね、まったく‥‥土産買ってくるのはいいんだけど。それがよく分からない三角の壁に貼るやつとか、役に立たないものばかり。‥‥そう言えば、しばらく会ってないな」
「‥‥はあ‥‥」
リールはアルフレッドの性格を掴みかねて、ポカンと口を開けた。
「と、言う訳でここは俺に任せるんだ。君は 他の人達と合流する様に」
「‥‥は、は‥‥はい‥‥」
強引な説得で、リールは反射的に首を縦に振る。
その時、『ワー!』と喚声をあげる盗賊団の姿が視界に入り始めた。
「どうやらその暇も無い様だ。後ろに隠れてなさい」
アルフレッドは腰のレイピアを抜く。
「この俺の剣を果たして受けきれ‥‥む?‥‥竹?」
金属の剣身の変わりに竹の棒が現れ、アルフレッドは『うおっ!』と驚く。
「‥‥ケリガンの奴、こんな所をけちりやがって‥‥」
「アルフレッド様!」
「‥‥残念だがこの剣は腐っている」
リールは言われた通りにアルフレッドの背後に回っており、竹の剣は見てはいなかった。とりあえず安堵する。
”うおーっ!”
盗賊達の声が近づいてくる。
「問題はどうやって彼女をごまかすかだ‥‥ まさか役者の盗賊相手に大立ち回りを やる訳にもいかんな‥‥リールさん」
「はい?」
「‥‥今なら間に合う‥‥走って」
「でも‥‥それではあなたは:」
「俺の事はいい! 勇者は弱き者の盾になるのが当たり前なんだ!」
「‥‥は、はい!」
リールはアルフレッドより素早く駆けていく。そんな後姿を見て残ったアルフレッドは竹の剣を構えて一人、悦に入っていた。
「フ‥‥決まった」
片手で束を回してパチンと鞘に納める。
「‥‥合流時間にはちと早いが‥‥ここでパフォーマンスでも‥‥」
ゴホンと咳払いする。
「やーやー!、我こそは聖騎士アルフレッド、いざ尋常に勝負ぅ‥‥う?」
”うおー”
「‥‥な、何だ?」
盗賊達はドカドカと脇をすり抜けていく。
「おいラバン、待てって!」
顔見知りの男を掴んだ。男は鶏の様に髪を逆立て、チェーンを体に巻き付けている。
「これはこれはアルフレッドさん」
「いやいや、こちらこそ」
丁重に挨拶され、反射的にアルフレッドも頭をさげる。
「って、こんな事をしてる場合じゃないんですよアルフレッドさん!、盗賊なんです!」
「そんなの見りゃ分かるよ。しかし派手な衣装だねー」
遊んでラバンの頭をサカサカと撫でる。
「そうじゃなくて、別の盗賊が町に攻めてき たんですよ」
「別の?そんなに雇った覚えはないけど」
「だから、本物なのです!」
「‥‥本物?‥‥どうやって本物の盗賊を雇えるんだ?」
「あーもうっ!」
ラバンは頭をバリバリとかいた。
「分からん人ですね! 私達とは関係ない本物の盗賊団が攻めてきたんですよ!」
「‥‥何だとっ!」
意味の通じた途端、アルフレッドは顔つきが変わった。
「スーは?‥‥スーはどうした?」
ギリギリとラバンの首を締め付ける。
「‥‥うげっ!‥‥さ、さあ‥‥見ませんでしたけど‥‥こ、ここに来てるんじゃない ですか?」
「‥‥くっ!」
手を離すとドサっと倒れた。
「まさか盗賊に」
通りの向こうをギン!と睨む。
「ひっ!」
その気迫にラバンはビクっと体を震わせる。
「待ってろよ、スー! 今、お兄ちゃんが助けに行くからな!」
「‥‥ア、アルフレッドさん、危険ですよ!」
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
頭に血が登ったアルフレッドには、何も聞こえていなかった。
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