第4話 いつか私も、あんなふうにお兄ちゃんと町を歩いてみたい!
「そうだよね‥‥」
スーは兄の手に自分の手を重ねて笑い返した。
だんだん顔が赤くなってくる。
「だから時間なんやって~‥‥」
「わっ!」
ヌゥっと、ケリガンが二人の間に割って入る。
「最初に盗賊団が町の外で騒ぎを起こす。彼らはボク達の雇った騎士団やけどな。それで人々は盗賊団に追い立てられる様に町外れへと逃げていく。そこでアルフの出番だ。人々の流れに逆らって一人、盗賊団に向かっていく勇者って設定やから、堂々とやるんや‥‥無人になった街を今度はその偽盗賊達と一緒に箱を探す。城の騎士団がかけ つけてくるのは一時間程だ、その前にボクらは逃げる‥‥ええなアルフレッド‥‥お! 連絡が入った」
ケリガンは、(デンパ)というものを使って、離れていても会話の出来る細長い箱を取り出した。盗賊団の責任者にも同じものが渡してあり、ここにいながら指示を出す事が出来た。ケリガンはここぞとばかりに無尽蔵に支給される金にあかして、今までの発明品を完成させている。
アルフレッドは襟をただして真顔になった。
「ここまで来たらやるしかない!」
途端に道化師だった雰囲気は消え去り、腹に逸物ありげな剣士に変わった。
「じゃ、そういう訳で‥‥:」
ケリガンとスーが同時にうなづき、三人は親指を立てた。
「レッツゴー!」
先陣をきってサクラの役のスーが幌馬車から飛び出した。
町から程近い森の中に、黒い服を着た集団が潜んでいる。
「‥‥お頭‥‥ティージュンとは、でかい山を狙いやすね」
そう言ったのは鉄の錨を打った黒の皮のチョッキを着て、頭をモヒカンにした絵に描いた様な悪党だった。素のままの丸太の様な両手には入れ墨までしている。隣にはさらに大柄な男が腕を組んで腰を降ろしている。
「‥‥しかし、大丈夫ですかね?‥‥こっから王都まで馬ならひとっ走り‥‥騎士団の 奴らに通報されたらマズイんじゃ‥‥」
「ばっきゃ野郎っ!」
頭と呼ばれた大男の土間声に、手下の男は首をすくめた。
「‥‥向こうが騎士団なら、こっちは盗賊団だ‥‥団同士で互角だろうが!」
「全然理由になってない様な気が‥‥」
「心配無いティナル、こっから王都までは馬をとばして小一時間の距離だ。そんだけの時間がありゃ、もらうもんもらってトンズラするのに十分だろうが」
「‥‥さいですかね‥‥」
手下は首をすくめた。
茂みの中をガサガサと誰かが近づいて来た。頭髪を青く染めた手下の一人である。
「たいへんですホルス様!」
「何だ?」
「向こうの林の中に、イカれた格好をした奴等が大勢潜んでいます」
「‥‥イカレた奴ら? どんな格好をしてる」
「へい、それがもう‥‥チェーンを巻き付けた皮ジャン着てる奴とか、頭をキンキンに逆立ててる奴とか‥‥半端じゃないっすよ」
手下は得意げに報告していたが、
「この馬鹿野郎っ! そりゃ俺らと一緒だろうが!」
「‥‥うぎゃ!」
太い腕で殴られた手下は奥へと吹っ飛んでいった。
「たく、どいつもこいつも馬鹿ばかり‥‥つかえねぇ」
「‥‥しかし頭、他の盗賊団もこのティージュンを狙ってるのかもしれません‥‥」
ティナルはホルスにそう進言する。
「冗談じゃねえ、先に目を付けたのはこっちだ。横取りされてたまるかってんだ!」
「‥‥うおっ!」
グワっ!と振り回したホルスの手をティナルは屈んで避けた。
「どうでしょう頭‥‥その盗賊団を先にやってしまった方が‥‥」
「なぜだ?」
「逃げる時に邪魔ですし、向こうがヘマをやったらこっちも危険になるんじゃないかと‥‥」
「ふん!、だから何だ!」
聞く耳を持たないホルスに、ティナルは耳打ちした。
「‥‥分け前が減っちまいますよ‥‥」
「何だとっ!」
ヌオオ!‥‥と、ホルスは感情のままに暴れだす。後ろにいた手下の何人かが巻き込まれて弾き飛ばされた。
「そいつは許さねぇ! 者ども、俺に続けぇ!」
”おおおおおっ!”
喚声が森に轟き、盗賊達は腕を振り回した。ホルスを先頭に一団は一糸乱れぬ行動で突撃していく。
「‥‥ついてけんな‥‥そろそろ転職、考えよか‥‥」
ティナルはトボトボとその後をついていった。
町はまだ平和であった。通りを歩きながらスーはそれを実感する。道沿いに開いている店の前ではしゃぐ子供、そしてその子供達を連れた母親の姿‥‥誰も皆楽しそうに見えた。
「‥‥ちょ、ちょっと罪の意識が‥‥」
もうすぐ盗賊団が攻め込んでくる。彼らは実際に危害を振るう訳ではなかったが、そうであっても平和な町を騒がす事に罪悪感を感じていたのである。
「‥‥‥‥‥‥」
腕を組んで目の前を通り過ぎていく一組の男女を、壁を背に後ろに手を回して、ずっと目で追っていく。
「楽しそう‥‥いいな‥‥いつか私も‥‥」
少し顔が曇った。
”おーい、ちょっとそこの君”
「‥‥」
”金髪のポーテールをリボンで結んでるコ!”
「‥‥‥‥」
誰かが遠くから大声で呼んでいたが、対象が自分だと気づくまでに時間がかかった。
「?」
”そう、君だよ”
辺りを見渡すと、通りの向こうから見知らぬ青年が近づいてきた。
「‥‥やあ、やっと分かってくれた」
二十歳ほどのその青年は、真っ直ぐにスーの前に立った。
「僕の名はエンバース‥‥このティージュン の東区に住んでるんだ‥‥君の名前は?」
「‥‥え‥‥私は‥‥その‥‥スーシェリエ、セントバイヤ―です」
突然の事にスーは本当の名前を口にしてしまう。
「いい名前だね。よろしくシェリ」
エンバースは背の低いスーに合わせて体を折って手を差し出す。それが握手を求めての事であろう事はスーにもすぐに分かったが、
「‥‥は‥‥はい‥‥よろしく‥‥」
ただ赤くなってうつ向いただけで、間抜けな返事を返しただけだった。
エンバースはニコと笑って手を引っ込める。
「家は何処?」
「‥‥え‥‥ブルーシーガルです‥‥」
「そうか、どうりでこの辺じゃ見かけないと思った‥‥君みたいにかわいいコは一度 見たら忘れないだろうからね」
「‥‥そ、そんな‥‥事‥‥」
スーは握った手を口に添えて下を向いたまま、カチンと固まってしまった。顔は熟れたトマトより真っ赤になっている。
「いやいや、この町は王都に近い事もあって人も多いし、それなりに女の子もたくさんいるけど、君の様な純情で可愛いコは滅多にいない」
「‥‥かわいい?」
「そうだよ、君はかわいい。付き合ってる人はいるの?」
「‥‥い、いえ‥‥私なんて‥‥背も低いし、田舎者だし、貧乏だからあんまり服と か持ってないし‥‥あ、でも料理は上手だってよく言われるけど‥‥だけどお兄ちゃんはカレーとかハンバーグとか子供みたいなもの好きだからいつもそればっかりで、あんまり凝ったものをつくる機会が無くて‥‥」
「‥‥あのー‥‥もしもし?‥‥」
完全に舞い上がったスーは、両手で顔を隠して腰をひねりながら一人で喋り続ける。エンバースはあっけに取られた。
「シ、シーガルの男達には目が付いていない様だな」
動揺しつつもわざとらしくため息をついて、首を振る。
「じゃあシェリ‥‥これから僕とさ‥‥」
エンバースがスーの手を掴んだその瞬間、遠くで人の騒ぎ声が響いてきた。
「‥‥何だ?」
二人は反射的に顔をそちらの方に向ける。通り人々も同じ様に騒ぎの中心を指さしていた。
「‥‥始まった‥‥盗賊団が攻めてくる‥‥」
スーはボソリと小さく呟いたが、
「盗賊団だって!」
エンバースは大声で驚きの声をあげ、『盗賊団』というその言葉は、水を伝わる波紋の様に広がっていく。
”に、逃げろ!”
たちまちのうちに平和であった町は混乱の渦に陥る。人々は我先にと逃げ出し始めた。
「‥‥何か‥‥揚動なんて必要なかったみたい‥‥」
蜘蛛の子を散らす様に走り去っていく姿を見てスーは盗賊の言葉の効力に自分で驚いた。
「さあ僕たちも逃げよう!」
エンバースはスーの手を掴む。
「‥‥え!‥‥う‥‥うん」
これと言って他にやる事も無かったので、それもいいかなとスーは首を縦に振った。
”おわっ!‥‥盗賊だ!、悪漢だっ!”
そう叫んで逃げているのは、モヒカン刈の男たちである。舌を緑色に染め、黒の皮ジャンを着たその一団は町の方へとに逃げていく。
「なんなんだあいつら‥‥」
ホルスは、肩にトゲのついた皮チョッキをカチャカチャと鳴らして怪訝な顔で傍らのティナルを見た。
「‥‥本当にあいつら盗賊か?‥‥俺らより目立つ格好しやがって‥‥」
「確かに変ですね頭‥‥どうもあの驚き様を見る限り本物とはとても思えませんね‥‥ だだのパフォーマンス?‥‥にしては、そんな事をしても意味がないし‥‥何か裏があ りそうな‥‥」
「何ブツブツ言ってやがる! 奴等にその気がねえなら好都合ってもんじゃねえか。獲 物は独り占めってもんよ」
「‥‥さいですか‥‥」
何を言っても無駄な事が分かっていたティナルは口を噤んだ。
ドン!と、金具付きの靴で地面を踏み鳴らす。
「いいか、野郎どもっ!、てっとり早くすませてとっととずらかるぞ!」
”おおっ!”
と、団結した男達の声が町の一角に轟いた。
「‥‥そ、そうか、盗賊の奴らは南地区から来たのか」
エンバースは逃げまどう人々から情報を得て、南に面した商店街の通りに顔を向けて足を止めた。
「‥‥南?」
予定では東の通りから来るはずであった。
「‥‥どうしたんだろ?」
立ち止まったスーに気づいたエンバースは、引き返した。
「どうしたの?‥‥恐くて足がすくんだ?」
「‥‥い、いえ」
「心配には及ばない。いざという時には私が君を守る」
「‥‥そんな‥‥:」
優しい言葉がスーの罪悪感を煽る。
「とにかくここは危険だ‥‥早く町を出ないと‥‥」
言いかけた矢先、
”助けてくれ!、本物の盗賊だ!”
「‥‥え?」
遠くからスー達の雇った役者達が血相を変えて走ってくる。
盗賊が攻めてくるというシナリオは同じであったが、台詞が違っていた。体格のよさそうな黒馬に乗り、様々な意匠を凝らした盗賊達は、スー達を追い越し、あっと言う間に走り去っていった。
「ほ、本物って‥‥何?」
”やっぱり偽物だったか、俺の睨んだ通りだ!”
「え?」
土間声にスーは、役者達の逃げて来た方向に顔を向ける。
通りの向こうに一目で盗賊の首領と分かる大柄な男が、毛だらけの腕を振り上げていた。手下達の人数は大通りを埋める程である。
スーは去っていく盗賊と、近づいてくる盗賊の集団を交互に見比べる。
「まさか、本物の盗賊?」
明かに雇った役者ではない男達が、奇声をあげて迫ってきている。吹き上がる黄土色の土煙は男達の後ろの町並みをすっぽりと覆った。ドドド‥‥と地響きが大きくなってくる。
「冗談じゃない!」
エンバースはスーの手を離した。
「縁があったらまた会おうね!」
身軽になった所で一人で走っていく。あまりの変わり身の早さに、スーには何が起こったのか分からなかった。
「‥‥置いて‥‥:いかれた?」
理解した途端、長いスカートの端を摘んでタッタッ‥‥と走り出す。周りの人々はスーを追い抜いて我先にと逃げ出す。
「‥‥はあはあ‥‥そっか、本物の盗賊とかち合っちゃったのか‥‥わっ!」
裾を踏んでスーはドタとひっくり返った。
「し、しまった!」
”獲物が転んだぞ!”
打ち所が悪かったらしく、立ち上がった途端にカクンと膝から力が抜ける。盗賊達はすぐに追いついてきた。男の一人が腰の剣を抜いてスーの頬にぺたりと当てた。
「!」
冷たい感触にスーは息を飲んで首を縮めた。
「動くんじゃねえ小娘!」
「‥‥‥‥‥‥」
『げへへ』と下品な笑いを浮かべる男達の一団に囲まれたスーは、両手を握って胸に当てる。
「お、お兄ちゃん」
無意識のうちに空を見上げて、呟いた。
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