第3話 良い作戦だから褒めてくれるかな
「何だか夢みたいな話ねー‥‥」
スーは山積みにされた『金袋』を見てため息をついた。場所は事務所から、セントバイヤ ー家の居間に移っている。日も暮れ、テーブルの上にはスー手製の料理が並んでいた。
「正確に数えちゃいないげど、こりゃ、一財産所じゃないわな‥‥これで箱を探してほしいってか‥‥ 金持ちの考える事は、さっぱり分からん」
ケリガンはミートパイをかじりながら、縛ってある紐を解いて、中の 金貨を数え始めた。
スーは緑と黒の縞模様の ジャンパースカートに着替え、その 上にエプロンをかけている。
「‥‥妙な話だな」
兄のカップにコボコボと紅茶を注いでいた途中、アルフレッドがぼそりと呟いた。
「知ってて探 させるのにしては条件が妙だ。全財産使ってまで探したい訳で‥ ‥‥シルルにとって中身は金の山より大切なものなのかもしれないな 」
「金貨よりも?」
その金貨を数える手を止めてケリガンが口を挟む。スーも兄の次ぎの言葉を待った。
「さあね、とにかく ‥‥シルル にとってはその箱は、グラシィール家の財産全てをなげうってでも手に入れたいものなんだ。金より大切なものなんて他人には分からないよ」
「そっか‥‥」
スーは納得してうなづき、アルフレッドの正面の椅子に座った。
「‥‥ならアルフ‥‥何でそんな大切な箱をリールとかいう人にあげちまうんや? もったいないやん」
「だからさ‥‥だから価値は箱そのものより、箱をあげる事にこそあるのかも‥‥しれな い」
スーは紙にあるリールの資料に目を通した。
「‥‥リール・アマテウス‥‥女性、十八歳。ティージュンの保育所の手伝いをしている‥‥」
「うーむ‥‥と富豪の少女と保育所の少女か‥‥歳は同じくらいだよな‥‥二人にはど んな関係があるんだ‥‥そのコに悟られない様に探して、そのコにあげる‥‥何なん だ? こうなるとますます中身が気になる な。ま、依頼さえ完遂させりゃ、俺達には 関係ない事だけどな‥‥う!」
入れたての紅茶を口に含んで火傷したアルフレッドは『うげ!』と吐き出す。スーはブツブツ言いながらもテーブルを拭く。
「ねえ、どうやってティージュン中の町の家の床下から、たった一つの箱を探し出すかって言う‥‥ケリガン?」
「んー?」
鳥の笹身を口に入れたまま、ケリガンは顔をあげた。
「もう、何でもないっ!」
その姿を見たスーはプンと怒って横を向いた。
「‥‥あるのは軒下か‥‥さてどうしたらいいのやら‥‥考えなきゃならないな、まっ たく面倒な話だ。引き受けるんじゃなかったかなー」
アルフレッドはデザート変わりのピーナッツを一つ摘んで口にヒョイと放り投げる。スーには、そんな兄が頼りになるのかならないのか、全く分からなかった。首をひねって考えてみたが‥‥。
「ティージュンの町ってそんなに広くはないけど‥‥一軒一軒まわって調べるのってや っぱり無理かな‥‥期限は今日からきっかり一か月か」
アルフレッドは『むむむ』と常になく真剣に考える。先にスーが提案した。
「うーん‥‥そうだ! いくらでもお金が使えるんだったら、町の人に金を渡して自分で自分の家を探してもらえばいいじゃない?」
「駄目だよ、町にはそのリールってコも住んでるんだ。地元の人に協力を得る訳にはいかない」
「そっか、たくさん人を雇って探してもらう ‥‥って訳にもいかないね。家には人も住 んでるし‥‥」
スーはため息をついて、クッキーに手をつけ始めたケリガンを頬杖をついて見つめた。
「そうだね、だけど人を雇うのはいい考えだな。あとは家の住人が一時的にどっかに行ってさえくれたらな‥‥金をやるから退去ってのは不自然だけど‥‥」
「だったらさっ!」
また名案の閃いたスーは、パチンと手を叩いた。
「お兄ちゃんが勇者に化ければいいのよ」
「な、何だって?」
唐突な内容に驚いたアルフレッドは口からピーナッツを飛ばし、スーは後ろ手に組んでヘヘっと笑った。
「どういう事なんだスー?」
「‥‥これが作戦‥‥」
シルルに渡されたティージュンの市街図をバン!とテーブルに広げる。
「シナリオをつくるのよ。ある日突然悪党の集団がティージュンに向けて近づく、そ の情報をいち早く掴んだ勇者アルフレッドは ‥‥」
「おい、待て」
スーは困惑するアルフレッドに構わず話を続ける。
「勇者アルフレッドは、人々にそれを告 げる。町の人達は間一髪で町から脱出して、たった一人、町に残ったアルフレッドは悪党集団と闘い、見事追い払う‥‥」
「そりゃええな」
ケリガンが脇から顔を出す。
「誰もおらん無人の町だったら、探すのも簡単や‥‥そうなると僕のキカイが演出で生かされるって事や、こりゃ腕がなるわ」
そう言って熊の様な大きな背を向け、何かの図面を急いで描き始めた。
「し、しかし‥‥それって犯罪なんじゃ」
アルフレッドは何処までも弱気である。
「平気だって、私も手伝うから」
「でもなぁ‥‥それに何で俺が」
「お兄ちゃんっ!」
頬を膨らませ始めたスーに、アルフレッドはビクっと体を縮こませた。
「‥‥わ、分かったよ‥‥ったく、いつもこれなんだからな‥‥」
「おい、二人ともいつまでそんな事、言ってるんだ。役者の手配その他‥‥これからやる事は山ほどあるってのに‥‥困るなー」
珍しく燃えているケリガンの姿に、スーとアルフレッドは顔を見合わせて笑った。
その日から(V作戦)と名付けられたこの大芝居の準備が精力的にすすめられる。セントバイヤー相談局の周囲はにわかに人で活気づき、慌ただしい日が続いたが、舞台の主役であるはずのアルフレッドはそれでも普段と変わる事はない。
人々が台詞を練習しているその頭上では、アルフレッドが本を開いたままハンモックの上で高いびきをかいている。
「もう、お兄ちゃん!」
「‥‥ん?‥‥ぐわっ!」
ハンモックを結んだ木をスーに蹴られ、アルフレッドは頭から地面に落ちた。
「‥‥まったく!」
「ぬ、抜いてくれ! ぐおおっ、頭が!」
そうして着々と準備はすすめられていく。三人(二人)は忙しい合間をぬって、密かにリールという少女を偵察しに、ティージュンの町にも出向いていた。
”さあ、おやつの時間ですよ”
町外れの小さな保育所に、若い女の子の声が響く。小さな子供達に囲まれている赤毛の少女こそ問題の少女、リールであった。
茂みがゴソゴソと動いている。
「しかしスー、何でそんなにシルルの背後の事情を知りがるんだ?」
「だって、何だか気になるの。シルルはきっと誰にも言えない大きな悩みを抱えてる」
「だからって、ここまでする必要はないんじゃないか?‥‥俺たちはただの業者なんだ。 彼女は客にすぎない。もちこまれた悩みを 解決する。それ以上は口を挟むべきじゃないよ」
「‥‥でも‥‥:」
「まあまあ二人とも」
柵の内側の植え込みの中から両手で小枝を持ったケリガンが顔を覗かせる。
「見た所、別に普通のコやな」
「当たり前でしょ。何だと思ったの?」
スーが脇からぼこっと顔を出す。
「‥‥いや、普通じゃないさ‥‥」
アルフレッドが落ち着き払った顔で、頭を出した。
「ああして子供の世話をやく女の子というの はいいもんだな‥‥クックッ‥‥母性本能 をくすぐられる‥‥いや、可憐とはこの事か」
「どうしてお兄ちゃんに母性本能があるの!」
スーは隠密行動を忘れて肩をいからせて大声をあげた。
「ば、馬鹿!」
「し、しまった!」
やってしまってから、ハっとする。
「ズラかれ!」
逃げる途中で犬小屋の小さな犬に吠え立てられながら三人は退却する。
「そろそろ暖かくなってきたから‥‥ああいう人達が増えてきたのね」
リールはそんな後姿を見て、おびえる子供達の頭をなでながら呟いた。
それから一月後、様々な紆余曲折を経て、V作戦決行の当日になった。ティージュンを覆う初夏の空は、微かに薄い雲がかかっている程度で、何処までも澄み渡っていた。が、それとは反対にアルフレッドの心は、鈍よりと深い海の底の様な暗さで沈んでいた。
「おいスー‥‥どうしてもやるのか? なぁ、考え直さんか? 俺、すっごい嫌なんだけど」
街角の荷馬車の幌の中で、アルフレッドは今日何度目かのため息をついた。細くて長い足を際立たせるピッシリとした服を纏い、肩には髪と同じ金色のフサフサの飾りが、純白のマントを止めていた。腰には細身の剣を差している。知らない人が見れば、アルフレッドは何処から見てもこれ以上は無い程の美剣士であった。
「今更何、言ってるの‥‥うん、似合ってる‥‥お兄ちゃんはやっぱり格好いい! これだったら何処にいっても通用する」
長いスカートをはいた町娘の姿のスーは、兄の姿に、目を潤ませた。
「そ、そうか、いやまいったな、なははははは!」
アルフレッドは調子に乗って後頭部に手を当てて高笑いを始める。幌馬車の中から流れてくる奇妙な笑い声に、道行く人々は皆、足を止めて何事かと振り返った。
「もうっ!」
ガシッと兄の腕を掴んで揺さぶる。アルフレッドはカクンカクンと人形の様に首が揺れた。
「いい? お兄ちゃんは合図があったら、外に飛び出して町の人達に逃げる様に言うのよ。 台詞は覚えたよね?」
「ふふ‥‥完璧という言葉は俺の為にある」
「絶対信用出来ない」
スーは瞬時に言い返した。
「さ、もう一度、目を通して」
バッ!とメモを鼻先につきつける。
「‥‥心配症だな、スーは‥‥ハハ‥‥どれ どれ‥‥うーん‥‥ここから先は‥‥えー っと‥‥危険だ‥‥ここは‥‥あれ?‥‥ そうそう、ここは私に任せて一緒に逃げよ う!」
「お兄ちゃんが一緒に逃げてどうするのよ!」
「‥‥そりゃそうだ、はっーはっはっ!」
「むーっ!」
「‥‥は!‥‥や、やめろ!」
スーの振り上げた拳を見て、アルフレッドは顔を引き釣らせる。
「あー、うるさい」
それまで一人、奥で何かごそごそやっていたケリガンが顔を向ける。もみあげからつながったヒゲと、サングラスの丸顔は、薄暗い場所では不気味であった。深緑色のベストのポケットには、無数の工具が収納されている。
「ご、ごめん」
「まったく、君達には緊張感てものが欠けてるよ。そろそろ時間や‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
スーは幌の隙間から表を覗く。路地裏の通りが真っ直ぐに伸びている。果物を売り歩く行商人や、その客、その他大勢の通行人‥‥人々は普通通りに自分の生活を続けている。
「うまくいくかな」
これから起こす騒動の事を思い、息を飲んだ。
「大丈夫さ」
アルフレッドは暢気に笑ってスーの肩に手を乗せた。
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