第2話 変な依頼だけど大丈夫かな

「おー、アルフ、客なら早々に来て待っとるで。乗ってきたのはえらい豪勢な馬車やで」

 普段住んでいる家とは反対側に廊下で繋がれたセントバイヤー相談局の事務所があり、

 反対側の通りに面して看板が立っている。スー達が走ってきたその廊下の先の部屋では、ケリガンが金属の工具を片手に、ゴソゴソと何か得体の知れないキカイを作っている最中だった。室内には針金の欠片 や、歯車などが、所せましと散乱しており、スーには分からない金属の箱の様なものが無数に落ちている。

 開け放たれた窓からは心地よい風が入り込んではいたが、室内の乱雑さが、その気分を帳消しにしていた。

「ケリガンたら、また応接室こんなにして!」

スーは両手を握ってプンプンと上下に振って言ってはみたものの、それで何か変わる事がないのが分かっており、半場諦めていた。

 ケリガンはアルフレッドとは十年来の友達であり、現在ではこの事務所の一室で寝泊まりしている。巨体に似合わず手先が器用で、買い出し以外に滅多に外に出る事はなく、いつも何かをいじくってる暢気な男である。そんな変わり者だからこそ、変わり者の兄と友達でいられる訳であり、つまり言った程度で変わるはずも無かったのだ。

「急にアイデアがひらめいたんや」

 サンドイッチを片手に作業を続けている。それはそれで器用と言えなくも無かった。

「アイデアって、今度は何だ?」

 アルフレッドが、屈んでその『アイデア』

 の 一部であろう部品の一つをつまみ上げる。

 タコの脚の様に針金の伸びたそれが何なのか

 ‥‥スーやアルフレッドには見当もつかなかった。

「キカイを動かす時に必要なもんや。完成すれば事務仕事が今より何倍も効率があがる。そもそも蒸気機関‥‥」

「ちょっと待ったぁ!」

 スーは手を広げてストップをかけた。

「待って、それをつくるお金はどうするの? 」

「それが一番の問題なんや‥‥天才の技量がそがいな事で阻害されてしまうとは、実に不幸な事や、いや、実に‥‥」

 一瞬だけ落ち込んだケリガンは、サンドイッチを口に放った次の瞬間には復活して、またネジ回しを手に作業を続けていた。

「‥‥ま、何 だか知らないが頑張ってくれ‥」

 アルフレッドも肩をすくめて、スーと顔を見合わせる。

「お兄ちゃん」

 スーは奥の扉を指さす。

「そうそう、客が待ってるんだった」

 心の底から忘れていたらしいアルフレッドは頭をかいてから、ぼろい扉を開ける。カチリと取っ手を回して開けた向こう側は同じトアとは思えない程立派であった。

籐で出来たテープルを挟んで両脇には豪奢なソファーが置かれ、白塗りの壁には、槍がか立てかけられている。それらの品物は父に頼んで城で使わなくなったものを回してもらった備品であった。

 四人がけのそのソファーには依頼人はいなかったが、視線を移すと車椅子の少女がいた。十七、八歳ほどの華奢な少女か手を組んでうつむき加滅に座っており、その車椅子の側には黒服を着た品の良さそうな中年の男が黙って立っている。

 スー達が入って来て、少女は顔をあげる。

「突然の訪問、お許し下さい」

 少女は青白い顔で微かに微笑む。声はささやいてでもいるかの様でとても小さい。アルフレッドは頭をさげて腰を降ろすと、スーが後に続いて隣に座った。

「いえ‥‥所 で依頼は匿名の封書だった様ですが」

 アルフレッドは斜に構えて、二本の指だけで上着から一枚の紙を取り出した。少女は腕を伸ばしてその紙切れを手に取ると、顔を曇らせた。

「これは‥‥‥‥何でしょうか?」

 少女は紙をアルフレッドに返した。

「ん?‥‥げっ! ‥‥‥‥庭木の肥料の請求書!‥ ‥ ち、違う‥かな ‥‥あれ、何処 にしまった」

 アルフレッドは体のあちこちをさぐり始める。

スーは『 ‥‥う‥‥』と、頭を垂れた。

「お! これだ、これ‥」

 今度は本物だった様で、テーブルの上に出された紙面に少女は深くうなづいた。

「たいへん失礼とは思いましたが、それでも名を書くのは、はばかられました。私はシルル ‥ グラシィールと申します」

「グラシィール家だってっ!」

 キっとアル フレッドの目か鋭い輝きを放つ。

「お兄ちゃん‥ ‥‥知ってるの?」

恐る恐る聞いてみた。

「い や、多分、もったいつけて言ったからには、それほどインパクトがあるんじゃないか

 って思ってな‥‥‥ はっはっ!」

「‥‥むっ!」

「ぐっ!」

 テープルの下でスーは、後頭部に手をかけて笑いかけたアル フレッドの足を思いきり踏みつける。貴公子然とした金髪の青年の顔か奇妙に歪んだ。

「あの‥‥アルフレッドさんは体の具合でもお悪いのですか?」

 シルルの位置からは死角で見えなかった。

「え‥‥何でもありません 」

 トカゲの様に舌を出したままの兄に変わってスーが『 ハハ 』と笑って話を続ける。

「‥ ‥‥グラシィール家は確か‥‥金融を生業にして巨万の富を築いて有名になった家ですよね」

 スーは『金融』と言 ったが、それはか なり控えめな表現であった。利子を付けて金を貸 す、金貸しである。グラシィールの当主のダルーシャは、それまで貴族のみであった対象を 一般庶民に至るまで広げ、それによって王侯貴族を遥かに凌ぐ財産を築いたのである。グラシィール家の取り立ては苛烈を極め、それによって破滅した者は列挙に暇が無いほどである。とかく悪い噂には事欠かない。グラシィール家の存在は国中の憎悪の対象と言ってさえよかった。そのせいか、人々の恨みのせいか、ダルーシャは先年病死している。

「 ‥‥ このコが‥ ‥‥グラシィールの‥‥ だけど」

 スーは車椅子の少女をじっと見つめる。目の前の少女はとても弱々しく見えた。

「私は‥‥‥‥グラシィ ール家の現当主としてお願いに来ました 」

「まさかお兄ちゃん‥‥ 」

 スーはジロと隣の兄を睨んだ。

「勝手にお金借りたの? 」

「し、知らん! 俺は金なんか借りてない!」

「そんな事、言って!  また忘れてるだけでしょ! この前だって酒場でオレンジジュース飲んでお金払わないで家に帰ってきて‥‥メル フィナ達の前でマスターに呼び止められて、すっごい恥ずかしかったんだからねっ! 」

 スーは両手を握ってポカポカとアルフレッドの胸を叩く。

「い、いや、だからあの時は‥‥たまたまオレンジジュースか飲みたくて」

「そんな事が問題じゃないの! 正直に言ってよ、いくら借りたの? 」

「だから借りてない!」

 車椅子の少女は二人のやりとりをボカンとロを開けて見つめる。

「あ、あの‥‥」

「え? あ! ‥‥‥いや、その‥ ‥‥えへ」

 ハっと我に返ったスーは、真っ赤になる。

「こ、こっちの話です。それで用件て?」

「その前に聞きたいのですが‥‥」

シルルはスーを見て首を傾げる。

「あなたは‥‥この秘書ですか?」

「いえ、私は‥‥」

 のほほんと座っているアルフレッドを横目で見て。

「妹です」

「そうなのですか」

 スーの言葉にシルルは始めて笑った。

「それで依頼の件なのですが‥‥大まかには二つあります 」

 暫く間を置いて話し始める。

「この隣の町のティージュンの町の何処かの家の軒下、その何処かにある 一つの箱   を見つけてほしいのです。そして見つけたら同じティージュンの町にいるリール、アマセテウスに届けてほしいのです‥‥ナール」

「はいお嬢さま」

 ナールという黒服の男は、硬そうな黒いカバンの中から紙を取り出し、アルフレッドに渡した。

 その紙には箱の形状とリールという人物の住む住所が書いてあった。

「それからアルフレッド様、リール‥‥‥彼女には箱を探している事を知らせないで欲しいのです」

「それはまた、どういう事で?」

 アルフレッドは眉をひそめる。

「申し訳ありませんが、訳は言 えません。ですが、私は‥本当にその箱か必要なのです」

 シルルは本当にすまなそうな顔で頭をさげた。

芝居では なく、本当に困っている様であった。

「その為にグラシィール家の私財を自由にお使い下さい。使い果たしてもかまいません」

「ま?」

 アルフレッドは硬直した。スーは彫像の様に固まっているアルフレッドをガタンと倒し

 て、変わりに訳を尋ねた。

「それは‥‥どういう事でしょうか?」

「報酬はきちんと支払います。訳は聞かないでください」

「それは‥‥」

「引き受けて頂きたいのです。私、私は‥‥」

「まあ、別に商売ですから構いませんが‥‥」

いつの間にか復活したアルフレッドは、真顔でシルルの側に寄る。

「‥ ‥ なぜ私をそれほど信用していただけるのですか? ‥‥‥‥金だけもらって逃げるいう事も考えられませんか?」

 顔面に力を入れたアルフレッドの眉毛がピクピクと引き釣っている。

「そうは思いません‥ ‥‥見た限り、そう‥‥悪い人には見えませんし‥‥」

「ハッハッ! そうでしょう、そうでしょう‥‥‥‥俺以 上の善人はなかなか‥‥げっ!」

 ググっとシルルに近寄ったアルフレッドの襟をスーは後ろから思いきり引っ張った。

「げほげほ‥‥く、首が‥‥」

「ほんっと!、調子だけはいいんだから!」

 二人のやりとりを見ていた黒服の男が、屈んで耳打ちする。

「お、お嬢様、本当に彼らに任せてよろしいのですか?」

「え、ええ‥‥」

 シルルは笑いながらも、わずかに唇をひきつ らせる。

「お兄ちゃん、引き受けてあげようよ、困ってる人は助けなければならないって‥いつもお父さんが言ってるじゃない」

「しかしなあ‥金は欲しいけど、事が事だけに‥ ..」

「お兄ちゃん!」

「分かった、分かったって!」

 アルフレッドは ゴホンと咳払いして体勢を整える。

「いいでしょう、それ ではお引き受け致します。セント バイヤー相談局に不可能はあり

 ません。安んじて朗報をお待ちください」

 アルフレッドはアゴに手をかけて『 フフン 』と不敵な笑みを浮か べた。

「それでは当座の費用としてこれを‥‥ 」

 ナールは別のバックを開けて、中から重そうな袋を取り出す。

「こ、これは‥‥噂 に聞く金袋‥‥ 本物を見る日か来ようとは‥‥うおー! 生きてて良かった」

「何か?」

「いやー‥‥‥‥家の ゴミ袋よりでかいから驚いちゃって、ハッハッ 」

「 ‥ ‥‥む っ! 」

 また余計な事を言い始めたアルフレッドの足を、ス ーは踏みつけた。突然顔を歪めたアルフレッドを見て、執事は再び不安に駆られる。

「ほ、ほんとうに、よろしいのですか?」

「 ‥‥た、多分」

 今度は組んだ手をピクピクと震わせている。

「ティージュンの町のどの家の軒下に隠されているか、何か手がかりのようなものはご存知ではありませんか?」

 アルフレッドは三度復活した。

「申し訳ありません。私には何も‥‥どうかよろしくお願い致します」

 シルルは車椅子に座ったまま深々と頭をさげた。アルフレッドは『はいはい』と二つ返事で承諾し、不安げな妹を見て肩をすくめた。


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