超絶イケメンのポンコツ兄を、妹は独り占めしたい!
@chelsea-milky
第1話 お兄ちゃんを友達に会わせるわけにはいかない
戦乱が終わり、剣と魔法の支配する大陸に 再び平和が戻ったのは今となっては遥かな昔。ドラゴンが舞い、妖精 が踊った空を記憶に止めているものはもういない。
人々は平和の日々を謳歌していた。
そうした中、新たな戦いが幕を上げ様としていた。
王都に程近い場所に位置する海岸沿いに小さな港町があった。丘から真っ直ぐに伸びた白い石畳の道は、三人乗り程度の小さな帆船の浮かぶ港まで続いており、潮の 匂いを含んだ初夏の風が吹き抜けていく。通りに連なる家々は 一様に広い庭を持っており、間隔にはかなりのゆとりがあった。
その道を同じデザインの白い服を着た十五、六歳ほどの三人の少女達が騒ぎながら歩いている。
「こんなに暖かい日が続くと眠くなっちゃうねー」
三つ編みにした髪を、オレンジ色の大きなリボンで束ねて結んでいる真ん中の少女が、そう言って両手を伸ばして、『ふわぁー』と、大き なアクビをした。
少女は、やや上向きのくっきりした瞼と、人形の様なアイスブルーの大きな瞳を持っていたが、顔つきは子供っぽい上に背が低かった。
「そんな事言って、スーったら授業中に本当に寝てたって!」
右の少女は、男っぽい口調で真ん中の少女を『 スー 』と呼んだ。
「だって‥ 」
「そうそう、私達がいくらつついても起きないんだもの‥ ‥‥面倒見切れ ないわ」
左隣の 一番背の高い水色髪の大人びた少女は、ため息をついてスーの頭を上からポコポコと叩く。高低差から言っても、叩くにはスーの頭は丁度良い位置にあった。
「‥‥ う‥‥ あ‥う‥」
カバンを持ちながらスーはしばらく叩くに任せていたが、
「もおっ! メルフィナったら、私の頭叩くのはやめてって言ってるのに!」
スーは『ふん!』と、つま先立って頬を膨らませた。が、その努力にも関わらずあまり迫力は無かった。
三人は王立の学校に通う生徒である。着ている白い服の肩の膨らみはメイド服の様にも見えるが、王立学校指定の制服であり、淡いオレン ジ色のチェックのフレアスカートは、膝が見える程に短く、ゆったりとした白いヮイシャツの上に着ているベストも同じオレンジの模様がある。胸元には濃い緑色の細いリボンで飾られている。
「ごめんね、なんかこうしてると、気持ち良くて‥ 」
『うふふ‥‥ 』と、優雅に笑ってきたのでスーは手を離した。怒ってはみたものの、メルフィナのいつもの行動であり、半ば諦めていた。
茶色の長い髪を結い上げた少女か割って入る。
「まあ、分からなくもないけどさ‥ 」そうしてまた上から叩き始める。
「もう、テア!」
「あ、ごめん 」
テアは笑って手を引っ込める。
「へ え、今日の収穫は 二通 」
引いた手をそのままスーのカバンに入れて、中から二枚の手紙をサっと抜き出した。
「どれどれ‥」
「『愛しのスーシェリエさまへ‥』
‥‥差し出し人は‥一年、クラウス‥ウィトナー‥‥‥‥えー! あの眼鏡の坊やがラブレターなんて!」
「 テ、テアったら! 」
慌てて取り戻そうと伸ばしたスーの手を、テアは楽々と避ける。
「いいじゃない、滅るものじゃなし 」
メルフィナも隣でうんうんとうなづく。
「で、でも、こういうのって人に見せる様
なものじゃ‥‥」
二人に攻撃されて困ったスーは、ハハ‥と、取り合えず笑った。
「いいのいいの、だいたいスーったら、毎日、誰かからこうやって手紙やら何やらもらってるから、少しぐらい読んだって構わないでしょ‥ ‥‥えっと、こっちは‥ ‥‥エルリオル‥ニルベス‥‥‥‥えー! エルリじゃない 」
「‥ ‥‥エルリ? 」
「知らないの? ‥‥‥‥結構、下級生の女子に人気があるのに。ス ーって、ほんとに暢気なんだから 」
「ほ、ほら、私って帰宅部だし‥」
「そんなに早く家に帰っていつも何やってるの?」
「‥‥その‥‥掃除とか洗濯とか食事とか‥‥‥やってる間に時間があっという間に‥ ‥」
「そっか、スーの父さんと母さんて、王都にいるんだよね‥‥‥‥今はお兄さんと二人暮らしか‥‥‥‥所でその兄さん、最近姿を見てないんだけど何してる?」
兄というテアの言葉に、メルフィナはピクリと体を反応させた。
「え! アルフレッド様がどうかしたの!」
メルフィナは瞳をランランと輝かせて、スーに近寄った。
「‥‥うぅ‥‥」
スーは思わず体を仰け反る。
「‥‥ な、何って‥‥‥ハハ‥‥あ、相変わらずだよ‥‥」
「ハハって‥それじゃ分からないでしょ!」
テアがメルフィナに加勢し、押されたスーは更に背中を海老反らせた。
「だ、だって本当に何もないんだもん 」
「‥‥何も無い訳ないでしょ、あれだけ容姿端麗の人の日常が!‥‥今朝は何時に起きて、何を食べたとか‥‥設立した相談局ではどんな大活躍をしてるとか‥‥」
「活躍‥‥えぇーっと‥」
スーは目を空に向けて、兄の行動を思い起こしてみた。
「‥‥ えっと、私が起きた時にはまだ寝て‥‥ううん、もういなくて仕事に出かけてったし‥‥」
「 さすがアルフレッド様ですわ!」
メルフィナはウンウンと納得してうなづく。
それから腕を組んで乙女の瞳を遠くに向けた。その様子にスーは『ハハ』と冷や汗を流す。
「‥‥‥相談局の事は‥その‥‥‥私には難しくて良く分かんない。何だか忙しいみたいだけど‥‥えへへ」
頭をかいてごまかすと、それが効をそうして友人二人はやれやれと向き合った。
「スーったら、あのアルフレッド様の妹なんだから、しっかりしなよね。見かけと内面のギャップがこれほど違うのも珍しいとは思うけど」
「そうです、あの方は学園の女子生徒全員の憧れなのですから、ス ーもそれなりの自覚を持ってほしいものですわ」
「あはははは‥ ‥‥は‥ ‥‥はぁ 」
スーはガクリと肩を落とした。
「そういう訳で今度、遊びに行くか らアルフレッド様に紹介してよね」
「本当、いつ行っても留守で。忙しいのは分かりますけど‥‥」
「‥‥うん‥‥まあ‥何とか‥」
スーは頬をひくつかせている。
「じゃあ、これから早速‥‥」
メルフィナが言いかけたか、
「ま、また明日ね! 」
スーは振り切る様に、タッ タッ‥‥‥‥と駆け出した。
"ちょっと待ってよ、スー!“
「‥ うぅ‥‥」
後ろを振り向く余裕はスーには無かった。
むん! と口を喋み、ひたすら家に向けて走り続ける。
「はあはあ‥」
家の前まで走りきり、スーは近くの並木の陰にダッシュして隠れ、それか ら間を置いてそーっと顔を出した。
「‥‥‥ま、撒いたか?」
やれやれと額の汗を拭う。こんな感じで下校時は毎日が死闘であった。
家の裏手に回ると、横書きの看板 が出ている。
【セントバイヤー相談局】
「う‥‥」
二年ほど前に、兄のアルフレッドが、友人のケリガンと二人で設立した小さな店である。人々の相談にのり、解決したら報酬をもらう。
世のため、人のための立派な仕事というのが建て前であった。が、実際は街の何でも 屋であり、頼みに来るのは庭の草むしりとか、子供のお使いに毛が生えた程度の仕事ばかりであった。王宮の騎士と事務官だった父と母は既に引退し、年金での旅行三昧の生活をしている事から、セントバイヤー一家の家計は一重に兄のアルフレッドの肩にかかっている。
つまりは貧乏であった。それがスーがメルフィナ達を家に呼びたくない理由の 一つであった。
「はあー‥‥」
スーは足元の伸び放題の芝を見てため息をついた。芝を刈る職人を雇う金も無く、庭は日に日に未開の草原の様相を示してくる。
そこから視点を遠くに向けていく。すると水の止まった噴水の向こうに‥‥。
「え?‥‥な‥‥」
見覚えのある人物か、麦藁帽子をかぶって、ガニ股でセッセと芝を刈っている。
「もうっ! 」
スーはカバンを放り出して、カッカ‥‥ と、その人物の側に憤然と近寄っていった。
「やあスーじゃないか。今日は早かったな」
兄のアルフレッドは何処から引っ張り出したのか、ゴム長靴を履いて庭掃除をしていた。
走ってきたスーを見て作業を中断して立ち上かる。
アルフレッドはかなりの長身で脚はスラリと長く、麦簗帽子を取ると、サラサラの金髪が風に靡いて輝いた。切れ長の眺と、スーと同じ涼しげな水色の瞳、そして甘いマスクは少女が夢に見る王子をそのまま具現化したかの様である。
「いやーさすがに、これだけ伸び放題だと、散歩にも事欠くからな‥ ‥‥はっはっ‥
お兄ちゃんさっき転んじゃったよ 」
「‥‥‥‥」
スーは暗殺者の様に音も無く長身の兄の側に近寄り、
「はっ!」
「うげっ!」
当て身を喰らわせた。
気を失ったアルフレッドを小脇に抱えたままキョロキョロと用心深く辺りを見渡す。
「い、今のうち‥‥」
カサカサと素早く戸を開けて家の中に入る。ドサっと無造作に兄を投げ出してから『フウ』と一息入れる。
「う‥‥‥何だ‥‥ 」
廊下に放られたショックでアルフレッドは目を覚ました。
「もう!『何だ‥‥』じゃないでしょ! あれほど変な格好で外に出ちゃ駄目だって言ってたのに。何、その服! もしそんな姿をメルフィナ達に見られたら終わりじゃない!」
「何か変か?‥‥ゴム長靴というのはこれはこれでなかなか趣が‥‥ 」
「格好悪いの駄目っ、絶対!」
「わ、分かったって!」
思いきり怒られたアルフレッドはそそくさと長靴を脱ぎだす。
「‥‥‥‥全く‥‥‥‥所でお兄ちゃん‥‥仕事の方はどうなってるの?」
腕組みしたまま横目でジロリと脱む。
「ああ、今日は一つ予約が入ってる。もうすぐ来るはずだ 」
アルフレッドは『フン』と鼻を鳴らし、気取った仕草で麦謡帽を壁の取っ手にかける。
それはテアやメルフィナが想像しているであろう姿である。
「仕事ってまさかまた煙突掃除とか?」
「煙突掃除? ‥ ああいうのは仕事にはならないし、だからもうやめたよ‥‥‥‥小金にはなるか俺の趣味じゃない。大人の男は仕事も渋く決めないとな」
さらりと言い捨て、一人で居間の方に歩いていく。スーは後を追いかけた。
「やっとお兄ちゃんも長男としての自覚が出てきた‥‥そうなのよ‥‥機会さえあれば、お兄ちゃんだって立派に‥‥」
頼もしげな兄の背中を見ていたのも束の間、
「何しろ俺は高い所は苦手だからな。だか ら仕事になんないよ‥‥ハッハッ 」
「お兄ちゃん!」
「いやー、参った、参った‥」
何がおかしいのか、アル フレッドは 一人で笑ってテープルについた。座ってもまだ『ほ
ーっほっほ!』と膝を叩いて笑っている。スーは呆れてしばらくものも言えなかった。
「もう笑ってる場合じゃないでしょ! 父さん達にお金の催促するのも何だし、このままだと私もバイドでもしなきゃ生活出来なくなっちゃうじゃない!」
「なにっ! 誰がそんな酷い事を!」
アルフレッドは伝説の勇者の様な形相に変わった。スーは今日何度目かのため息をつく。
「セントバイヤー家は、代々世の人々の為になる仕事についてきたのよ。それなのに、お父さん達に何て言い訳したらいいのよ! 」
「スー‥‥お前‥‥」
真顔になったアルフレッドは、両手をスーの肩に乗せた。小さい上になで肩なので乗せた腕がずり落ちそうになる。
「そんなに背が低いのに、どうして熱血なんだ?」
「むっ!」
気にしている事を言われたスーは、無意識に背伸びをし、無神経な兄を ギロっと脱む。
「わ、分かった、暴力はいけない! 暴力反対! ‥‥時にスー、学校でもそうなのか?」
「んな訳ないでしよっ!」
慌てて腕で顔を守っている兄の姿に、怒る気力もなくしてしまった。
「とにかくね、お兄ちゃん‥‥真面目に仕事してよね 」
「‥‥はいはい‥‥」
嵐は去ったとばかりに、アルフレッドは腕枕でソファーに横になろうとしたが、
「お兄ちゃんっ!」
「‥‥うわっ!」
再ぴ怒った妹を見て、おどけていた顔に再び緊張が走る。
「そ、そろそろ時間か」
わざとらしく時計を見て、事務所の方にすっ飛んで行った。
「う‥‥ 大丈夫かな‥もし何かあったら、セントバイヤー家が‥ ‥‥ううん、それより、お兄ちゃんの正体が皆に‥それだけは阻止しないと 」
スーは握りしめた拳に力を入れてピクピクと震わせる。
「任せてられない! 私も手伝う! 」
そうしてカバンを放り投げて制服のまま、事務所に追いかけていった。
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