第五話 あの子との別れ
小学4年へ進級しても生活リズムは変わらず、バスケットボールを中心に日々生活していた。
学校、クラブチームでの練習と忙しく動いていたが一つの変化があった。
「
どこで話を聞きつけたのか龍也と凛絵が入り浸るコートに頻繁に顔を出し、暇さえあれば野良試合をするような関係になっていた。
彼女の技量も最初に会った当初とは格段に上がっていたが、自分も同様に腕を磨いておかげか、彼女との1on1でのゲームは9割がた勝ち越していた。
凛絵とも1on1ゲームをしていたがこちらは凛絵のディフェンス下手が影響し五分五分のゲームとなっている。
その日々も小学5年に上がり、夏休みを目前に控えたある日に僕と凛絵は椎名さんから別れを告げたことで終わりを迎えることとなる。
そして小学5年に上がり夏休みを目前に控えたある日、僕と凛絵は椎名さんから別れを告げられた。
家庭の事情で引っ越すことになり所属していた「相楽タイフーン」も退団することになったそうだ。
「あーあ。結局、飛鳥井を追い越せなかったなー」
いつもの公園のバスケコートで椎名さんが投げやりにそう呟く。
今日が一緒にバスケができる最後の日らしい。
今日も何度かゴールを奪われることがあったが、ゲーム全体としては椎名さんが勝ったことが無いからなのか未練があるような口調だった。
「そう簡単に負けてはあげられないねぇ」
「あんた、今日で最後なんだから少しは手を抜きなさいよ」
「手加減されて勝っても嬉しくないでしょ?」
「そうだけど……」
幾度となくこのコートでバスケをしたが、結局勝つことが出来なかった彼女は無念そうに肩を落としている。
僕はベンチから立ち上がりコートの中央で彼女を誘う。
「最後に思いっきりやろうよ。後悔しないように」
そう椎名さんに言葉を投げかける。
「……」
だが、彼女はベンチから立たず俯いている。
「勢いがやっぱ違うよ。プロを目指してる人には勝てないよ……」
いつもの彼女からは到底出ないような言葉が出てくる。
引っ越しによる不安も重なってこれまでに見たこともないほど弱気な姿を見せている。
「そんなの関係ないよ。全力でぶつかってきなよ、沙綾ちゃん」
椎名さんの隣に座る凛絵も彼女の背中を押す。
「大丈夫。今の沙綾ちゃんの力を全部ぶつければたっちゃんにきっと勝てるよ」
凛絵はやさしく、そして自身に満ちた声で椎名さんに声を掛けた。
その言葉を聞き椎名さんはコートに入り僕と対峙する。
最初に練習試合で会った時と同じ、十字型の赤いヘアピンで髪を纏めた彼女の顔はやる気に満ちたあの時と同じ顔をしていた。
最後の1on1、椎名さんのオフェンスで始まった。
凛絵からボールを受け取りドリブルで僕を躱そうとするが行く手を阻む。
バックチェンジで揺さぶりを掛けてくるが、惑わされず一定の距離を保ちドリブルもロングシュートも出来ないように進ませない。
攻めあぐねる椎名さんだったが、覚悟を決めたようだ。
彼女がボールに触れるタイミングを計り、ボールを奪える絶好のタイミングで手を伸ばした。
その瞬間、僕の手がボールに触れる前に彼女は右手でボールを僕の左側に引っ張って一気に抜き去った。
―――シャムゴット
そう呼ばれるテクニックで僕を鮮やかに抜き去った椎名さんは、鮮やかなフォームでレイアップシュートを決めた。
―――――――――――――――――――――――――――――
結果は彼女が先に3ゴールを決めたことで椎名さんの勝ちとなった。
僕も椎名さんも立っているのが辛いほど疲れが回り、コートの上で大の字に寝転んだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
僕らの荒い呼吸だけが聞こえる。
夕日の赤い空が視界を埋め尽くし、彼女とこうしてバスケをする時間がもう少ないことを自覚した。
息が整ってきた椎名さんから声が掛けられる。
「ねぇ……手加減したの?」
「……したと思った?」
「……してないって信じる」
実際、手加減したつもりは僕にはない。
彼女の動きはこれまで見た中でも鋭い動きを見せ追いすがるのに必死だった。
また新しいテクニックも披露し僕はそれに追いつけずゴールを許している。
このゲームだけは椎名さんが完全に僕を上回っていた。
「今日あんたに勝ったこと、忘れない」
コートで寝転びながら僕を見つめた彼女はそう口にした。
引っ越し当日、椎名さんの家の前に「相楽タイフーン」のメンバーと僕、凛絵が集まった。
「相楽タイフーン」の女子メンバーや凜絵は涙を流して別れを惜しみ、椎名さんも同様にその目に涙を浮かべている。
残ったメンバーも思い思いに声を掛け別れの挨拶と共に選別の品を渡している。
最後に僕の、これまでの気持ちを伝える。
「椎名さん、今まで楽しかった。ありがとう」
「私も。飛鳥井は高い壁だったけど最後は超えられてよかった」
「バスケは続けるんだろう?また会ったときはもっと高い壁になってるよ」
「ふふ、なら乗り越え甲斐がある壁になっていてね。じゃあね」
そう言った彼女に刺繍された赤のリストバンドを手渡す。
リストバンドに刺繍された番号を見て彼女は涙を流し、大切にすると言い車に乗った。
離れていく車の後部座席か椎名さんは僕らに手を振り、僕らも彼女が乗った車が見えなくなるまで手を振り続けた。
―――――――――――――――――――――――――――――
「行っちゃったねぇ。沙綾ちゃん」
見送りの帰り道、凜絵がそう呟いた。
椎名さんは唯一の同性のバスケ仲間だったため、彼女が居なり堪えているのが分かった。
「…中学校でもバスケやっていれば全国大会とかで会えるんじゃないかな」
「うーん、結構ハードル高いね」
自分だけではなくチームとして強くなければならないから凜絵の言う通りハードルは高いが彼女だったら新しく出会う人らを引っ張っていけるような気がしている。
「それかプロの試合で出会うとか?」
「女子プロバスケットボール?Wリーグのこと?」
「そうそう、それ」
突拍子もない話になった。
そもそも椎名さんと凛絵がプロ選手を目指すなんて話は一度も出ていない。
「二人がプロ選手を目指しているなんて初めて聞いたよ?」
「私は結構前に決めてたよ。プロ選手になるのを」
「……初耳なんだけど」
「あれ?言ってなかったっけ?でも気付いて欲しかったなぁ。あれだけ動けるたっちゃんに合わせられるように猛練習してた理由を」
確かにクラブチームでの同年代の中で自分の行動に着いてこれているのは凛絵だけだった。
「じゃあ一緒になるか、プロバスケットボール選手」
「うん!目指そう。二人で」
そう二人で約束した。
凛絵の言葉は軽かったがこれまでのバスケの入れ込み具合で本気だと感じ、同じ夢を目指す仲間が出来たことが嬉しかった。
「そ・れ・は・そ・う・と、良いの選んだね」
「ん?」
何時になく満面な笑みでこちらを見てくる。
「…?あぁ、リストバンドのこと?」
「そ。まさか沙綾ちゃんの背番号と同じ番号が描かれたリストバンドを贈るなんてねー。そんなセンスがたっちゃんにあるなんてびっくりだったよ」
「ここで、「相楽タイフーン」でバスケしていたのを思い出せるように、ってだけだよ」
引っ越した先でバスケを続けるとしても同じポジションを任される保証はない。
だからここで、パワーフォワードで活躍していたのを思い出せるように彼女の背番号が描かれたリストバンドを贈っただけだ。
「へーほーーーふーーーーーーん」
だというのに凜絵は軽く流してにやけた顔でウザ絡みしてくる。
「……何さ」
「成長してるなーって思っただけだよ。この分だと私の誕生日も期待できるよね?(小声)」
少し歩みを速め先を行く凛絵はこちらに振り返りそう言った。
その顔からは先ほどよりは寂しさ和らいでいるように感じた。
椎名さんとはこれからもバスケをする友人として過ごしていきたかった。
彼女が居なくなってしまったことは悲しかったけど、いつかまたバスケができるような感じがしていた。
その後、小学6年に進級した僕と凛絵は引き続きクラブチームで変わらぬバスケ漬けの日々を送り、そのころには対戦相手からマークされるくらいには名の知れた存在となっていた。
来年からは僕らは二人ともジュニアクラスに昇格する。
ジュニアクラスでは試合の勝敗に重点を置き、練習内容もよりチームプレイを意識した実践的な物になっていくらしい。
個人技だけでなくチームメイトとの連携プレーも覚えなければならないが、それが出来なければプロバスケ選手など夢のまた夢。
ゴールはまだまだ先なことを再認識し、ボールを手にコートに踏み出した。
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