第六話 新生活

――――4月


新しい生活が始まる。


真新しい紺色のブレザーを着込み、ライトグレーのスラックスを履いた姿見に映る自分の姿を見る。


「……」


小学3年にバスケを始めた直後の自分の姿を思い出しながら、姿見の中に映る自分は四六時中バスケ漬けの生活してきたこともあり一回り以上ガッシリとした体格となった……と思う。

コートを走る両足の大腿四頭筋や下肢三頭筋、シュートを放つための上腕二頭筋、ジャンプで競り勝つための広背筋等全身の筋肉が成長しこれまでのトレーニングの成果を実感した。

だが今の自分には一つの不満がある。


だ。


プロバスケットボール選手を目指したあの時と比べれば大幅に伸びた身長だが、148cmと未だに平均身長すら超えてない。

子供の頃から食生活に気をつけ、スクワット、縄跳び、懸垂などで身長を伸ばす努力をしてきたが未だにその努力だけは実っていない。


伸長促進を謳うサプリに手を出そうかとも思ったが詩音ブラコン凛絵健康優良児の大反対によって敢え無く断念した。

曰く、今はまだまだ成長期だからこれから身長も伸びる可能性があると二人掛かりで説き伏せてきた。


「僕の体のことを思っての事とは思うけど、ちょっと背が高いからって上から目線でっ……」


本気ではないが多少イラつく気持ちが言葉になって口から出てくる。

姉の詩音(163cm)はともかく幼馴染の凛絵(154cm)も自分(148cm)より背が高い。

自分と凛絵の身長差は現在6cm。


小学5年頃までは同じような身長だった筈だが、いつの頃からか追い抜かされ今まではジャンプシュートを防がれることも多い。

ゴール下でのリバウンドも何度か取られそうな事があるが、ジャンプ力はまだ自分の方に分がありボールを取られずにいる。


ただし、僕と凜絵のこれまでの成長過程を見ると身長差は縮まるどころか広がっていき、早晩リバウンド争いでも凜絵の後塵を拝すことになるだろう。

その来てほしくない未来を想像し若干憂鬱な気分になりかける。


「入学早々何度そんなしかめっ面なのよあんた」


自分を呼びに来た姉の詩音が困惑した顔で声を掛けてきた。


「世の不条理を嘆いていただけだよ、詩姉しおねぇ


「どうせ身長のことでしょう?」


「わかってるなら口にしないのもやさしさだと思うよ、お姉様?」


「現実を直視させるのも姉の務めよ」


「そうだね……ときに姉上、春休み前と後でどれくらい体じゅ「ナンダッテ?」……なんでもございません」


詩姉は今年で中学3年、高校受験の年なので気兼ねなく遊べる長期の休みは春休みが最後なので、存分に遊びまわっていた。

カラオケ、買い物、遊園地といったところを友達や部活仲間と遊び周り併せて食も楽しんだらしい。


そして入学式前日、つまり始業式二日前の夜に脱衣所から聞こえた声にならない悲鳴と、その後の脱衣所から出てきた真っ青な顔の詩音によって春休み中の怠惰な生活の代償が体重に跳ね返ったことが家族中に知れ渡ることになった。


「早朝と夜のランニング、また明日から一緒に行く?」


「そうする……」


そう力ない返事をして一階へと降りていった。

必要な物を持ち自分も詩音の後に続いて降りていく。




朝食の後、身嗜みを整えるといい時間だった。

玄関で靴を履いているとトレーニングウェアに着替えた詩音が降りてくる。


「詩姉?その恰好は……」


「みんなが帰ってくるまで少し走ってくる。ちょっとでも痩せないと」


そうして詩音もランニングシューズを履いていると玄関扉が開いた。


「たっちゃーん、そろそろいこ……あれ?詩姉?」


玄関扉を開けたのは凜絵だった。


自分と同じく紺色のブレザーを着ているが、相違点としてブレザーと同じ紺色のラインがアクセントとして入ったライトグレーのスカートを履いている。


そして彼女の後ろにもう一人。


「おはよう、凜。紗季さきちゃん」


「おはようございます龍也さん」


凜絵の妹、春川紗季も訪ねてきていた。


紗季ちゃんは自分たちの一つ下だが、その落ち着き払った立ち振る舞いから年上に見られることが多々ある。

艶やかな黒髪を背中まで伸ばしたロングな髪形、顔つきも凜絵と比べ目尻が若干上がった切れ長の目、顔の輪郭がシャープな所も大人びて見られる要因ではないかと自分は思っている。


「たっちゃんの晴れ姿見たいっていうから連れてきちゃった♪」


「本当は龍也さんの学生服姿を一番に見たかったのですが……」


「それは私の権利だから駄目よ紗季ちゃん」


紗季ちゃんの言動を発端に、毎度の如くちょっとしたいざこざが発生した。

普段は一歩引く感じで遠慮しているのに、他の人の目が無い所では以外にグイグイと距離を詰めてくる。


錠前公園でバスケの練習をしているときでも、周りに人が少ない時は汗を拭こうとするなど甲斐甲斐しく世話をしようとしてくれて、僕から見ても可愛い妹分だ。


だが、その行動に対抗心を燃やすのが我が姉、詩姉こと飛鳥井詩音。


普段はポニーテールにしているが解けば紗季ちゃんと同じくらいの長さの黒髪を持ち、中学3年にしては163cmと割と高い身長と、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるグラマラスな体系から男女問わず羨望の的とされているらしい。

また、生徒会副会長を務めていることもあり教員、生徒双方からの信望が厚い凛々しい優等生という外面を纏っている。


だが、ひとたび家の玄関を潜ればそんな凛々しさなど影も形もなく、弟である僕を全力で甘やかそうとする駄々甘のブラコンに身を変える。

遊ぶにしろ、勉強するにしろ、とにかく行動を共にして常にべったりとくっつき本人曰く愛情を注いでくる。

特に近年はその愛情表現が加速し、中学2年にもかかわらず風呂は一緒に入り、寝る時も弟のベッドに入り込んできたりするなど流石に辟易することがある。

今年は高校受験を控え、個々に部屋を与えられたことで過度なスキンシップは減ってくれるものと願っている。


そんなことを考えていると詩姉が時計を見やり、僕と凜絵に声を掛けた。


「そろそろ出た方がいいんじゃない二人とも。入学式に遅刻なんてしたら笑い者になるわよ」


「大丈夫だよ詩姉ー。まだまだ余裕……あれ?」


「お姉ちゃん……」


「そうだね。そろそろ行こうか」


4人連れ立って門を出て凜絵と二人、中学校へ向かおうとしたところ紗季ちゃんに呼び止められた。


「記念に撮っておきます。二人とも並んでください」


そう言いスマホを構え、僕達をファインダー内に収めようとしている。



飛鳥井家の門の前に並び少し身を寄せ合う。



横目で盗み見た凜絵の表情に少し心がざわめく。



子供の頃から見てきたがあの頃の溌溂とした雰囲気だけでなく、女性らしい柔和な表情を見せている。


こちらの視線に気づいた凜絵も視線を合わせ、いつかの時と同じ言葉を紡いだ。




「たっちゃん」


「うん?」


「中学でもよろしくね」


「……こちらこそ、これからもよろしく」





こうして僕と凜絵の中学生活が始まった。




この時はまだ自分と凛絵の夢が続くものだと思っていた。



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