第四話 夢を自覚した日
そして迎えた練習試合当日。
試合会場となった市営体育館の屋内コートで、試合前のミーティングをしている。
僕と凛絵を含め、今回の試合には8名の新規加入メンバーが参加し、
スターティング メンバーとして僕はシューティングガード、凛絵がスモールフォワードを任された。
男子2名と女子3名が選ばれ、コーチ曰く「
コートに入り自分のポジション、シューティングガードの位置に付く。
自軍ゴールを背に左前方の位置だ。
凛絵が任されたスモールフォワードとは反対の位置になる。
ふと凛絵の方を見ると彼女は緊張からか硬い表情で相手ゴールを見ていた。
見るからに緊張しているのが分かる。
このまま試合が始まれば緊張に囚われたまま実力を出せないと思った僕は声を掛けた。
「凛ちゃん!」
その声に弾かれるようにこちらを見る凛絵。
目を瞬かせる彼女に僕は
サムズアップと呼ばれるハンドサインだ。
何故これをやろうと思ったのかはわからない。
ただ、試合前に言葉以外で緊張を解せる方法はないかと思い、自然に出てきたのがサムズアップだった。
一瞬あっけに取られた表情を見せた凛絵だったが、自分に向けられたサインが分かると彼女も同じように僕にサムズアップを返してくれた。
いつもの調子に戻った表情を見て安心したところで、相手チーム「
男子3名、女子2名が相手のスターティングメンバーで前方のポジション、ポイントガード、シューティングガード、スモールフォワードは男子が務め、後方のパワーフォワード、センターを女子が務めている。
こちらのポジションはポイントガードがもう一人の男子、パワーフォワード、センターは相手チームと同じように残る女子が務めている。
互いのコーチ達の挨拶が終わり、主審から試合のレギュレーション説明も終わるといよいよ試合となる。
ティップオフは僕が任された。
相手はポイントガードの選手が行うらしく、身長は僕より少し高い。
上手くボールを弾けられるか不安だがやるしかない。
そんなことを思いながらティップオフに挑む。
主審がボールを持ち、勢いよく頭上に投げる。
昇りきったボールから力が失われゆっくりと落ちてくる。
自分の脚力を信じ、自分の手が届く最も高い位置、相手よりも先に手が届く位置を想像しコートを蹴る。
そうしてクラブチームでの初めての対外試合が始まった。
―――――――――――――――――――――――――――――
ティップオフでボールをものにしたのは「巖鉄ブレイブス」だった。
僕が弾いたボールは凛絵の手に収まり、彼女はそのまま敵陣に切り込んでいった。
凛絵の強みである瞬発力で正面に立ち塞がるシューティングガードを躱し、一気に3ポイントラインの内側に入り込む。
パワーフォワードを務める女の子が止めようとするが、凛絵はロールターンで彼女をも躱しゴールリング下に到達すると得意のレイアップシュートでボールをリングに放り込む。
ティップオフから僅か1分弱。
鮮やかなゴールにその場にいた全員が衝撃を受けた。
―――――――――――――――――――――――――――――
その後は終始、「巖鉄ブレイブス」の優位に試合は進んでいった。
「相楽タイフーン」側も自陣に切り込んでくる凛絵や3ポイントシュートを狙う僕、その二人にボールを回すポイントガードからボールを奪おうとするが逆にその空いたポジションを狙い、隙を付かれ逆襲を受け点を取られていった。
凛絵が最初に見せた怒涛のドリブルとシュートが「相楽タイフーン」の面々の気勢を抑え、動きを鈍らせていた。
それでもこれ以上の得点を許すまいと「巖鉄ブレイブス」の攻勢に果敢と立ち向かってきた。
特にパワーフォワードを務める女の子が凛絵を食い止めようと果敢にスクリーンを行いプレッシャーを掛けようとしている。
背格好は凛絵とほぼ同等、ボブカットの髪が邪魔にならないように前髪の右側を十字型の赤いヘアピンで止めている。
ドリブルして突っ込んでくる凛絵に正面から立ち塞がるが、凛絵はバックチェンジ、レッグスルーを織り交ぜボールを奪わせず彼女を抜き去っていく。
時には勢いのままショートドリブルで抜き去ることもあり、常に異なる方法で彼女のスクリーンを躱していった。
こうして彼女は凛絵を止めることが出来ず試合は進んでいった。
その後試合は第1クォータを終え、女子メンバー3名はベンチに引っ込んだ。次の第2クォータは僕とポイントガードの男子、そして新人で残る3名を入れ行うようになった。
2分の休憩後に始まった第2クォータでは主に「巖鉄ブレイブス」は守勢に回り、相手の攻勢を凌ぐ形で試合が進む。
入れ替わりで入った選手は凛絵ほどの瞬発力、ボールコントロール力は持ち合わせていなかったため劇的な展開は生まれず、3ポイントシュートを散発的に放つに留まった。
自分も言うに及ばすシュート出来た回数は少なく、他の選手へのパスやカウンターを受けた場合のカバーに入ることが多かった。
第2クォータはそれぞれのチームが僅かに得点を得るに留まり、状況は依然「巖鉄ブレイブス」は優勢だった。
その後の20分のハーフタイムの後、第3クォータも同様に一進一退の状況だった。
そして最後の第4クォータで再び、龍也と凛絵、そして第1クォータでパワーフォワードを務めた「相楽タイフーン」の女の子がコートに入っていった。
第4クォータ、相手側からのボールとなるのでこちらは攻勢を受けることとなる。
だが、第1クォータ終了時に点差が大きく離され、第2、第3クォータでその差を縮めることが出来ないまま第4クォータを迎えてしまったため「相楽タイフーン」ではあきらめムードが漂っていた。
ボールを持つポイントガードが前進してくるが、ドリブルで突破しようともせず、他のメンバーにボールを回そうともせず精彩を欠いた動きをしていた。
その状況を見た凜絵はボールを奪おうと前に出た瞬間、予想外の展開が起こった。
「!」「!?」「なっ」
十字型のヘアピンをしたパワーフォワードの女の子が味方のポイントガードからボールを奪い、ゴールを狙ってきたのだ。
相手の作戦ではない。
ボールを奪われたポイントガードの男の子も唖然とした顔で自分からボールを奪った女の子の背中を見ていた。
意表を突かれた凜絵は抜かれてしまい、更にこちらのセンターも対応出来ず立ち止まってしまっている。
いち早く立ち直った僕はコートの反対側へ走るが、あの子は既に3ポイントラインに迫っている。
このままドリブルでゴール下に行くのか、3ポイントシュートを狙うのかは分からないが完全にフリーの状態だ。
背後から凛絵が迫っているのを感じ取ったのか、止める間もなく彼女は3ポイントラインからジャンプシュートを放った。
放たれたボールはきれいな放物線を描きこちらのゴールリングへ飛んでいく。
それを見て僕はゴール下まで走る。
3ポイントシュートを放った彼女、それに凛絵も同じようにゴールへ向かって走る。
放たれた3ポイントシュートは僅かに軌道が逸れゴールリングに当たり跳ね返った。
リバウンドとなったボールを狙い3人が飛びつぃ。
僅かに僕の手が先に届き味方がいるであろう方向にボールを弾き飛ばすがその直後、背中に強い衝撃を受ける。
「うわっと!っと!」
堪えようとするが耐えられずぶつかってきたものと諸共倒れ込んだ。
「いたたた……」「いったー……」
うつ伏せで倒れこんだ僕の背中から声が聞こえる。
どうやら自分はリバウンドボールを取ろうと走りこんできた凛絵と、相手側パワーフォワードの女の子が勢いそのままに僕にぶつかり下敷きにされたらしい。
コーチ達によって助け起こされる中、視界の隅に赤いものが目に付いた。
あれは……
それを拾いつつ、僕にぶつかったパワーフォワードの女の子に声を掛ける。
「待って。このヘアピンって君のだよね?」
赤い十字のヘアピンを女の子に差し出す。
彼女は自分の前髪にヘアピンが無いことに気付き、
「あ、ありがと。それとごめん。」
と、短く礼と謝罪を言いベンチへと戻っていった。
あの子はベンチではラフプレーについて注意されていたが、最後は照れ臭そうに笑みを浮かべていた。
恐らくだが他のメンバーが意気消沈する中、一人諦めていなかったのを評価でもされたのだと思った。
その後の第4クォータは「相楽タイフーン」が逆転することはなく「巖鉄ブレイブス」が勝利する結果となった。
両チームとも加入した新人の実力を測るのが目的だったが、コーチ陣の顔を見るとそれなりに成果を得られたのだと思う。
最後にコートで整列し相手チームと挨拶を交わすのだが、自分の相手はあのパワーフォワードの女の子だった。
自分をじっと見ているが視線がきつい感じがする。
お互い礼を交わし握手をする。
「ありがとうございました。」
「……ありがとうございました。」
……彼女の手が離れない。
隣にいる凛絵も何事かと様子を伺っている。
「………」
「………(グイッ)」
じっとこちらを見つめたまま手を引っ張られる。
顔が近づけた彼女は僕に強い視線と共に、今の彼女の内面を示す言葉を口にした。
「……次は負けないから。」
それだけ言うと手を放しコートを去って行った。
「……負けず嫌い?」
「うん。間違いないね。」
こうして自分を含めた新規加入メンバーの初の対外試合は白星を飾ることとなり、新人達は練習の成果による自身の成長を実感し自信を高めることとなった。
また、今回の試合で凛絵は最多得点を記録し、今後の攻勢の主軸となることが期待された。
龍也もまた同様に試合中に全体を見回し行動していたことが評価されシューティングガードの他、ポイントガードも務められるよう期待を掛けてくれた。
そして公式戦、非公式戦や練習試合を重ねる中で、バスケットボールへ向ける熱意と技量はより一層高まっていくことになり、ある思いを抱くようになった。
プロバスケットボール選手としてコートに立ちたい。
その夢を自覚するようになった。
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