第6話 『久城 征紀』-2
「ユキくん!」
昨日と同じ場所でタバコを吸っているとあの女が話しかけてきた。
「……誰」
「えー!もう忘れちゃったの?昨日友達になったのに。てか、なんで返信してくれないの!」
女はぷくっと頬を膨らませた。
「返信?」
「メール送ったでしょ!」
「みてない」
「なんで!」
「見方わからない」
本当のことだった。
一応スマホは持っているが、誰かと連絡先を交換したこともないからメールの受け取りかたなんて知らない。
「ほんっとおじいちゃんだね、ユキくん」
「なんだ、ユキくんて」
「ユキノリくん、って長いからユキくん」
女は笑顔で答えた。
「勝手に人の名前、略すな」
「あだ名みたいなもんだよ!」
あだ名なんて付けられたことがない。
世間一般では名前を略して、あだ名で呼び合うのが普通なんだろうか。
「ねぇねぇ、今日一緒にケーキ食べにいかない?」
「は?」
「駅前に美味しいケーキ屋さんがあるの!」
「いかない」
俺は即答した。
「なんで!」
「つきまとってくるな」
俺がそう言うと女は不思議そうに首を傾げた。
「なんで?友達でしょ?」
「友達になった覚えはない」
「連絡先交換した…」
「勝手に登録されただけだ」
女は大きくため息をついた。
「なんで、そんなに人を拒むの?」
「……」
「私のこと、嫌いなの?生理的にタイプじゃない?」
「うるせぇな」
「私はゆきくんと友達になりたいなぁ」
女はぐるぐると猫のように俺の周りをゆっくりと歩きまわる。
「……おかしいんじゃねぇの」
「どうして?」
「言っただろ、俺は人を殺してる」
「で?」
また女は表情ひとつ変えずに首を傾げた。
「で…って」
「どうして人を殺したら、友達を作っちゃいけないの?」
「は?」
「私はユキくんに興味があるの。ユキくんを知りたい」
「なんで……」
「気になるからだよ。どうして、人を避けるのか、どうして、人を殺したのか。どうして、左の小指がないのか」
俺はいつの間にか洒落た喫茶店の窓側の席に座っていた。
「どのケーキにする?」
女がワクワクとケーキの並ぶショーケースを見ている。
なんでもいい、と言うと女は勝手に自分の食べたいケーキを2つ選んできた。
「飲み物はコーヒーにしたよ」
そう言って、目の前に置かれたコーヒーカップとゴテゴテとフルーツが飾り付けられた派手なケーキを見て辟易とした。
女はケーキを一口頬張り、満足そうに笑った。
「教えてよ、ユキくんのこと。まずは小指から」
口端のクリームを舐めながら、悪びれもなく女は尋ねてきた。
「お前、デリカシーとかねぇんだな」
「殺人犯からデリカシーなんて言葉出てくるんだ」
「……はぁ」
なんだか、コイツと話していると疲れる。
そもそも人と話すこと自体が久々なのに、コイツは一般人よりもきっと話していて疲れるタイプだ。
「で、なんで小指ないの?」
なんだか、隠すことすらバカらしくなってきた。
コイツも友達いないらしいし、誰に言いふらすわけでもないんだろう。
本当にただの好奇心で聞いてきているんだ。
それならば、全部答えて俺に対しての興味をなくしてくれれば自然と離れていくかもしれない。
「父親に切られた」
俺がそう答えると女の眉がぴくりと動いた。
「いつ?」
「覚えてねぇ。小学校入る前じゃねぇかな」
「……虐待ってこと?」
女は思ったよりも真面目そうな顔で質問を重ねる。
「そういう言葉で表すんだろうな」
「お父さんは今でも、ユキくんにそういうことしてるの?」
「いや、もういない。たぶんどっかで刺されて死んだんじゃね?」
俺がそう言うと、女は少し目を伏せた。
「……そうなんだ。お母さんは?」
「頭おかしくなって入院中」
「そっか」
「あんな男に俺なんか産まされて、母親もバカなんだよ」
つい自虐的に言ってしまった。
俺の言葉に女は何も言わず、またケーキを一口頬張った。
何を考えてるのか全く読めない女だ。
でも、これ以上もう何も聞いてこないだろう。
そんな俺の淡い期待はすぐに壊された。
「で、なんで人を殺したの?」
平然と女は聞いてきた。
「……お前、ロクな人生送ってなさそうだな」
俺がそう言うと、女は目をまんまるにして首を傾げた。
「どうして、そう思うの?」
「雰囲気」
「雰囲気かぁ、それはしょうがないなぁ!」
朗らかに笑う女。
おかしいだろ、あんな話聞いた後にそんなに笑える奴いないぞ。
「……俺も話した、お前も話せ」
俺がそう言うと、女は身を乗り出してキラキラと目を輝かせた。
「なになに?私に興味出てきた?」
「そういうわけじゃない。ただフェアじゃないだろ。俺だけいろいろ情報引き出されて」
「えぇ…んー、じゃあ何が聞きたい?」
女は困ったように、こめかみを抑え悩んでいる素振りを見せた。
「なんで小中不登校?」
「んー、戸籍がなかったから」
女は戸惑う様子もなく即答した。
「戸籍?」
「そう。私が生きているという証明がされたのは一年前。それまで、私は書類上いないことになってた」
「へー、よくわかんねぇ」
「まぁ、色々あるよね。人生ってさ!で、なんで人殺したの?」
すぐに話を戻してきやがった。
「いわねぇって」
「教えてよ」
「しつこい」
「教えてくれるまで聞くよ」
「殴るぞ」
俺は女を睨んだ。
「殴れば?」
女は余裕の笑みを浮かべながら答えた。
「……」
「殴らないの?」
こんな人目のあるところで殴れるわけがない。
それをわかっててこの女は挑発している。
「うるせぇな」
「ねぇ、ユキくん。君は何がしたいの?」
「は?それはこっちのセリフ」
「人を殺して、人を避けて、未来もないのに、この先、生き続けて何がしたいの?」
ストレートで配慮のない質問。
だが、本質を突いた質問だ。
「なんなんだよ、お前」
俺は不快そうな顔をしていただろう。
その顔を見て、女はニコニコと笑っている。
まるで招き猫みたいな表情だ。
「私と友達になろうよ」
「だから、なんでそこに繋げるんだよ」
「知りたいんだ。ユキくんのこと。君、何のために生きてるの?大事な人も今までいたことないんでしょ?」
「……大事な人なんているわけねぇだろ、俺なんかが」
「あ、そっか。わかっちゃった」
女は口の端を釣り上げて笑った。
口元から鋭利な八重歯がのぞく。
「ユキくん、死にたいんだ」
女の言葉に、俺はコーヒーカップに伸ばしかけていた手をとめた。
「でも、死ぬ勇気がないんでしょ。だから、グダグダと生きてるんだね」
俺は、いつの間にか詰まっていた息をゆっくり吐き出して大きく深呼吸をした。
「そうだな」
「あっさり認めちゃった」
女は俺の言葉に驚いた顔をした。
「別に、隠しても意味ない」
「手伝ってあげようか?」
女がまたニコニコと頬杖をつきながら、言葉を続ける。
「ユキくんが死ぬの」
「……ははっ。お前が俺を殺すってこと?」
俺は思わず笑ってしまった。
「うん。そうしてあげてもいい。ただ、本当にそうするかどうかは君次第だよ」
冗談っぽく笑うその口元。
確証はなかったが、この女なら本当に俺を殺してくれるかもしれない、そう思った。
「交換条件。ユキくんのお願い叶えてあげる、その代わりに私のお願いをまず叶えてもらう」
「はぁ?なんだよお前の願いって」
「私と友達になって」
「……そんなことかよ」
この女と友達になる。
そうすれば、この女に殺してもらえる。
「そして、私をユキくんの1番大事な人にしてもらう」
「無理だろ」
「そこはゆきくんの努力次第だよ、ほら私って可愛いし」
そう言って女はほっぺに手を当ててニコッと笑顔を見せた。
「普通じゃね」
「目が肥えてるんだね。でも、大丈夫。私も努力するから」
「俺に好かれるように?」
「そう。私がいなきゃ生きられないくらい、ユキくんの中で大きな存在になってあげる」
「……ははっ、ほんと頭おかしいんじゃね?」
心の底から笑いが漏れた。
こんな女初めてだ。
「そして、その時にまだユキくんが死にたいと思ってるなら、私が責任を持って殺してあげる。どうかな?」
簡単なことだ。
俺は殺してもらうために、コイツと友達ごっこをすればいいんだ。
「……わかった」
俺はうなづいた。女は笑った。
「よろしくね、ユキくん。逃げちゃダメだよ」
「そっちこそ、逃げるなよ」
こうして、俺と女の奇妙な友人契約は結ばれた。
「あっ」
女が窓の外を見て、声をあげた。
「なんだ?」
俺が尋ねると、小さく微笑んでケーキを一口分だけフォークに乗せて俺の方へ差し出した。
「はい、あーん」
「は?」
「友達はケーキを一口ずつ分け合うんだよ」
本当かよ。
疑いつつも、口を開ける。
突っ込まれたケーキの甘味が口いっぱいに広がる。
「はい、そっちも一口ちょうだい」
促されて、まだ手をつけていなかった俺のケーキのてっぺんのいちごをフォークで刺した。
「いちごくれるの?」
女は目をキラキラとさせて、口を大きくあけた。
その口にぽいといちごを突っ込む。
「んー!美味しい!」
満足気に女は笑っていた。
そして頬杖をついて窓の外へ目を向けた。
「さっきから何見てるんだ」
俺が尋ねると女は笑いながら答えた。
「ちょっとね。弟がいたんだよ」
「弟?」
「そう。私のことだーいすきでしょうがない弟なんだ」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら、そう語る女。
「姉を好きとかヤバくね?その弟」
「そうだよ、ヤバいの」
女は頬杖をついたまま、窓の外を愛おしそうな目で眺めた。
「だからね、諦めさせようとしてるんだよ」
俺は女の目線の先を追った。
窓の外は繁華街で、何十人もの人が忙しなく行き来していた。
それからと言うもの、女は毎日のように俺を遊びに誘ってくるようになった。
学校終わりに繁華街へ買い物、休みの日に遊園地などに連れて行かれた。
女は子どものように、楽しんでいた。
俺にとって、そんな日々は楽しいわけではないが特に嫌でもなかった。
もし、俺が普通の家に生まれて、普通に生きていたなら、こんな日々をおくれていたんだろうか。
現実にいるのに、なんだか長い夢を見ているようだった。
ある日の夜、女と解散した後にコンビニに夕飯を買いに行った。
その帰り道で、アイツと知らない中年男性が一緒に歩いているのを見た。
父親だろうか?
その割には腕を組んでいて、距離が近すぎる気がする。ただ、あの女の普段の様子からしてみれば父親とあれぐらい距離が近くても違和感はないように感じた。
俺はそれ以上、特に気にすることもなく自分の家に帰った。
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