篠崎先輩
「本読むのもいいんだが、ちょっとは自分でも書いてみてくれないか?」
彼女は文芸部部長の篠崎綾先輩だ。
声を聞けば、かっこよくてクールな美人のイメージそのもの。上級生らしい落ち着いたトーンと柔らかな口調には、どこか特別な余裕を感じさせる。
──だが、実際の容姿はそれとは正反対。
足元まで届く薄い黒色のロングヘアは、歩くたびにさらさらと風に揺れ、その長さがふわりと影を作る。そのまつ毛は驚くほど長く、瞬きをするたびに可愛さを振りまいているようだ。大きなタレ目が何か言いたげにこちらを見つめると、自然と目を逸らしてしまう。でも──身長はどう見ても小学生並み。華奢な体と長い髪のアンバランスさが、彼女の魅力をより一層際立たせていた。
見惚れていた俺は、つい返事を忘れていたらしい。
「おーい!聞こえてるか?大丈夫?寝不足か?」
「だ、大丈夫です。でも…俺、小説は書けないんです。書こうとすると、汗が出て手が止まって──身体が拒否してくるんです」
先輩の顔に心配の色が浮かぶ。
「そうか…何かあったのか?」
「言えません」
彼女は少し黙り、それから微笑んだ。
「無理に言わなくていい。話したくなった時に話してくれればいいさ」
先輩の言葉は、心にそっと触れるような優しさがあった。
俺はかつて、小説を書くことに夢中だった。
誰からも「天才」と言われた時期があった。
でも──俺は天才なんかじゃない。ただ、ひたすらに努力していただけだ。
「ねえみんな!やばいよ!」
教室の入り口から、騒がしい声が飛び込んできた。
うるさいなぁ…
「何?」
「文芸部が廃部するかも!?」
その言葉に、一瞬だけ心臓が跳ねた。けれどすぐに、胸の中で小さくため息をつく。
──ラノベでよくある展開だな。
「本を読めなくなるのは悲しいけど、まあいっか」
その瞬間、背後から何かが飛んできた。
「まあいっかじゃ済むかぁーっ!」
──ドスッ!
振り向くと、篠崎先輩が仁王立ちで睨んでいた。
「場所を失うってことは、居場所を失うのと同じだぞ。私たちが言葉で遊べるのは、文芸部があるからだろ?」
彼女の強い言葉が胸を刺す。
…確かに、読むことが好きで入った文芸部。だけど、書くことに挑戦するたびに俺は手が止まってしまう。紙の上の世界に言葉を刻めない。
「俺には書けないんです。どんなに頑張っても…」
「そんなの、最初から諦める理由にはならないだろ」
「でも…」
「書けなくてもいい。楽しむことさえできれば、書きたいと思える日が来る。だから、失いたくないんだ」
その言葉に、不思議と心が熱くなるのを感じた。
廃部なんて、やっぱりさせたくない。
読書の居場所も、みんな過ごす日々も、この手で守りたい。
「…わかりましたよ、先輩。俺もやります」
「その意気だ!」
篠崎先輩の笑顔に、不思議と力が湧いてきた。
まだ書けないけど──きっと、今からが始まりだ。
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